ナンセンス

向こうの海岸で火の手があがっている。わたしは目が悪いのでよく見えない。季節外れのどんど焼きだろうか。

横須賀の空と海は変わらず青い。沖には潜水艦と空母が停泊していて、カモメが飛んでいる。近くのショッピングモールからケンタッキーのにおいがする。

母がテレビを見て体調を崩した。朝食のパンを俯きながら食べて、目は落ち窪んでいた。眼鏡をかけている分、わたしより色々なものがよく見える。横浜へ出かけようとしていたが取り止めた、と言っていた。

腹の中の子はぐるぐるよく動き、ニュースやサイレンの音を子守唄にしている。腹を蹴り、細胞を作り出し、うんちをしている。もう少ししたら出て行くから、と言付けを預かる。

海岸通りは潮風でひび割れた。黒い煙羽がもくもくとこちらまで流れてくる。雲の形が何かに似ている。大きい腹を抱えて母と並んで歩いていく。

137羽のカモメが沖の岩礁で羽根を休めているのを、母が眼鏡をかけ直し教えてくれる。あまりよく見えないが、ハマダイコンの薄紫色ならよく見える。

地図を見ながら歩くのは危ないからやめた方がいい。太陽の位置と潮風の向き、自分たちの足跡。それだけあればきちんと進める。本当は。

向こうの海岸であがる火の手が大きくなるにつれ、人がたくさん集まって、黒い人影たちが踊っているように見える。怒っているのか喜んでいるのか、判別のつかない声が波の音に混じって届いて、気になるから行ってみようぜと、子どもたちが走ってわたしたちを追い越して行く。ハマダイコンの花がその度踏み潰され、薄い紫がひび割れたコンクリートに流れていく。わたしも母も歩くのが遅いから、その背中を何度も見送る。

横須賀の空はよく飛行機が飛んでいる。空の水色に線をひくように、ヘリコプターが真っ直ぐ行く。近くの浜辺で犬がそれを追いかけて、子どもが慌てて追いかけている。おーい、そっちへ行ってはダメだってばぁ。

地下では新生児が薄い布団に並べられているらしい。蛍光灯の明かりで生まれた赤ん坊だという。ほああぁ、ほああ。泣き声がコンクリートに響いて、それが地上に届くころにはサイレンのような音になるという。これらはすべて人づてに聞いた話だ。

ところで、この海岸通りをずっと歩いていったとして、火の手の上がる海岸線へ到着するかはわからないのだが、車は全く通らないし、たまに子供たちの笑い声が聞こえるだけで、わたしも母も歩くのが遅いから、ハマダイコンが咲き乱れる中で、気づけば赤ん坊を産んでいるかもしれない。

もうちょっと頑張れよ、とか しょうがねえ応援してやる、とか どれもこれも励みになります、がんばるぞー。