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八十三話 質疑応答

 新兵五名は、弾かれたような勢いで背嚢を下ろす。
 もう暑さも寒さも関係ない。
 直立不動で自己紹介した。

 自己紹介により、四名が召集兵とわかる。
 いずれも千葉出身。
 志願兵は東京出身の浅井のみだった。

 自己紹介が終わると古兵たちは、しきりに祖國日本の様子を訊きたがった。
 輪の中に新兵一人一人を呼んで座らせ、喋らせる。
 浅井が呼ばれた。
 座るや否や火のような質問が飛んだ。
 「東京に亜米利加アメリカ軍機が飛んで来たって聞いたが、本当か?」
 「はい!本当であります!」
 「それで爆弾を投下されたのか?」
 「ラジオでも新聞でも日本軍は敵機を撃退したと報じているだけです。詳しいことには触れてませんでしたから、被害はなかったようです」
 「だが、その敵機は味方の高射砲にも撃ち落されずに飛び去っているんだな!」
 「はいっ!そのようです」
 「内地の高射砲のウスノロ野郎め!楽して飯を食ってやがる」
 古兵は一斉に毒づいた。
 
 亜米利加アメリカ軍機の飛来日、中学に行くと休校の貼り紙が出ていた。浅井は、これ幸いとばかり、近くにいた連れを映画に誘った。
 映画館は、目黒の大鳥神社付近にある。大鳥神社前の交差点を連れと二人で横断中、突然、空襲警報のサイレンが鳴り響いた。普通、空襲警報の前に、警戒警報がある。しかし、その日は警戒警報なく、いきなり空襲警報が鳴ったのだ。
 緊張が走った。

 「敵機だ!!」
 近くにいた人が叫んだ。東の空を見ている。
 浅井も慌てて見る。飛行機が一機、大井方面上空を南から北へ、都心に向かって飛んでいる。その後方、高射砲弾が次々破裂し、煙が白い雲のよう上っていた。 

 「もっと先を狙えば敵機に当たって射ち落とせるのに・・・」
 浅井は、地団駄踏んで悔しがったのを、まるで昨日のように生々しく覚えている。
 翌日新聞を見ると、高射砲隊のことには一言も触れていない。目撃した都民の心境、推して知るべしだ。

 浅井は、よくぞ訊いてくれたとばかりに、古兵たちに解説した。
 この質問の回答において、自分の右に出る者はいないと思った。
 
 古兵たちは、内地の人の暮らしぶりについても訊いてきた。
 帝都の中心・東京の出は己のみ――浅井はまたしても自分が適任に思え、
指名されてもないのに、おのが知りる限りを熱弁した。
 
 綿布不足で、ステープルファイバーという紙を生地にしたシャツが販売されているが、洗濯出来ないこと。
 配給券を出さなければ、街の食堂でも飯を出さないこと。
 その他、様々な不便が生じているが、「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」と言っておばさん達が頑張っていることなど・・・。

 「そこまでのことになっているのか・・・」 
 古兵たちは皆言葉を失っていた。

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