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脚本・とある飛空士への追憶(3)

○海上(三日目)

朝日が昇る。

○ゴムボート

シャルル、目覚める。

自分がファナの胸に顔を埋めて眠っていることに気づく。

シャルル、木綿のパンツ一枚。ファナは肌着一枚。

シャルル
「(戸惑い)え?」

ファナ、むず痒そうに目をひらく。

ファナ
「(半分寝ぼけて)ん?」

シャルル、ファナの胸から顔を引っ張り上げ、間近のファナを見つめる。

だんだん紅潮していくふたりの顔。


○海上

大海原と朝焼けの空。遙か彼方にぽつんとゴムボートの影。

ファナ「(悲鳴)」


○ゴムボート

ファナ、毛布で体を隠し、シャルルに背をむけ、ぺたんと座り込んで涙目。

その背後、サンタ・クルスの尾翼に立ったシャルル、

シャルル
「(慌てふためき、必死に)まさかそんなとこに!  そのようなものがあると思わず! ですがわたしは誓って、不埒なことなどなにも……」

画面、言い訳と一緒にゆっくりフェイドアウト


○空

曇り空。

○サンタ・クルス搭乗席・中

飛行するサンタ・クルス。

飛行服を着たシャルルとファナ、まだ気まずそうな表情。

シャルル、後席の様子を窺うような、申し訳なさそうな表情。

顔を前へ戻し、遙か前方の大瀑布を確認。

シャルル、いいものを見つけた、と顔をほころばし、伝声管を握る。

ごほん、と咳払いして、伝声管へ話しかける。

シャルル
「(やや裏返った声)お、お嬢さまっ」

言ってからドキドキし、また改めて呼びかけようとしたところで、

ファナ
「(平静を取り繕ったような硬い声で)な、なんでしょう」

シャルル
「(やや硬い声)大瀑布が見えてきました、これから滝を越えます!」

ファナ
「 (硬い声)まあ、そうなのですか。きっと美しい光景でしょうね」

シャルル
「はい、それはもう! 飛行船から見るのとは大違いですよ!」

シャルル、伝声管を戻す。

迫り来る大瀑布。

滝壺まで降りてから、上昇するシャルル。

水飛沫に虹がかかっている。その虹を越えていくサンタ・クルス。

ファナ「(美しい光景に感嘆)」

大瀑布を飛び越えて、西海の上空を飛ぶサンタ・クルス。

シャルル、高度計の針を3000から20へ指で移動させる。

ファナ
「サンタ・クルスだから見ることのできる風景ですね」

シャルル
「お気に召しましたか?」

ファナ
「はい。きっと一生忘れられない光景です」

シャルル
「(笑顔)良かった。あと一時間も飛べばシエラ・カディス群島に着きます。引きつづき後方の見張をお願いしますね」

ファナ「(微笑み)はい。(上空を見て)…………?」

サンタ・クルスの上方に広い雲が立ちこめている。

その雲間が、黒い。

ファナ
「あの、飛空士さん。……これは……報告する必要があるかわかりませんが」

シャルル
「なんですか? なんでも仰ってください」

ファナ
「あの……雲間が真っ黒です」

シャルル
「(後方を振り返る)え?」

ファナ
「(上空の雲を指さし)あの雲間、いまは青ですが、先ほどは真っ黒に……」

示された方角を見上げる髪の毛が、ぞっと逆立つ。

シャルル
「敵艦です、お嬢さま!!」

ファナ「え?」

シャルル「雲の上を敵艦が飛行してるから、雲間が黒いのです!!」

言葉と同時に、サンタクルス周辺の雲が次々に破れる。

サンタ・クルスを中心に、半径二キロメートルほどの円周を描き、飛行駆逐艦八隻が雲を突き破って降下してくる。

シャルルのモノローグ
「(驚愕)ここは敵空中艦隊のど真ん中だ!!」

走らせた目線の先、敵艦の空雷発射管を確認。

シャルル
「空雷!」

敵艦から放たれる無数の空雷。

シャルル、急降下。追ってくる空雷。海原ぎりぎりで機首を引き上げるシャルル。

サンタ・クルス後方、海原へ落ちる無数の空雷。だが四本が残り、サンタ・クルスを追ってくる。

サンタ・クルス、敵駆逐艦を目がけ上昇。敵艦から対空砲火。追ってきた空雷のうち二本が砲火に撃ち抜かれ爆砕。シャルル、駆逐艦のぎりぎりまで接近して、

シャルル
「ごめん」

詫びてから、駆逐艦の脇をすり抜ける。追ってきた空雷二本が駆逐艦に着弾。

爆砕する駆逐艦。後席に座り、それを見るファナ。

ファナ「(驚きと恐怖)」

シャルル、雲に突っ込み、雲中を上昇。

雲の上へ出る。後方、遙か彼方に空中空母。

シャルル、真電が空母を飛び立ったのを視認。

シャルル
「来た」

反対方向へ逃げる。

シャルル
「(自分に言い聞かせる)戦う必要はない。逃げればいいんだ」

スロットルをひらき、加速。

ファナ
「(伝声管を掴み)十四機が追ってきます!」

シャルル
「(ファナを落ち着かせるように)もう見張は必要ありません。荒っぽくなります。頭を低くして、ベルトをしっかり掴んでください」

ファナ
「(やや怯えて)はい」

シャルル
「逃げ切ってみせます。わたしを信じてください」

ファナ
「はい」

機首を下げ、下方の雲に突っ込む。

雲を抜けて機首を引き起こす。高度百メートルほど。下は一面の海原。

雲を突破し、十四機の真電がすぐ背後に現れる。

すさまじい勢いで追ってくる真電。

ファナ「(目を見ひらき、恐怖の呻き)」

胴体部の二十ミリ機銃が発砲。

その瞬間、海面すれすれの横滑りで躱すシャルル。

ファナ「(悲鳴)」

シャルル、後方を振り返る。

接近してくる二機目の真電の動きを凝視。

発砲の瞬間、左フットバーを蹴り込む。

左へ横滑りするサンタ・クルス。

外れた真電の機銃掃射が海面を蹴立てる。

三機目の真電が接近。

シャルル、血走った目を再び後方へむける。

敵機、発砲。

右へ横滑りして躱す。

四機目が迫る。シャルル、後方を振り返って睨む。

ファナ
「(怯えながら伝声管を掴み、なにかを話そうとする)」

四機目発砲。横滑りでかわす。

また後方を振り返るシャルル。

シャルル
「(呼吸が荒くなる)」

右斜め前方の雲が破れる。シャルルは後方に気を取られ、見えていない。

右斜め前方から二機の真電、すれ違いざまに発砲。

サンタ・クルス搭乗席に被弾。

ファナ「飛空士さん!!」

ファナ、前席を振り返る。

頭部から出血したシャルル、虚ろな目で操縦桿を握っている。

有機ガラスが割れ、雨と風が吹き込んでくる。

ファナ、絶望の表情。後方から真電が接近。

必中の距離まで肉薄する敵機。

ファナ、おそるおそる後部機銃のハンドルを握り、敵機へむける。

ファナ
「(震えながら勇気を振り絞る)神さま、わたしのすることをお許しください」

トリガーを引くファナ。しかし弾は出ない。

驚愕するファナ。何度引いても出ない。

敵飛空士の表情が見える。 三十ミリ機銃がすぐそこからこちらをむいている。

ファナ
「(恐怖で両手を顔の前へ持ち上げ)……!!」

刹那、サンタ・クルスの排気孔から青白い炎。

サンタ・クルスが加速して敵機を引き剥がす。

遠ざかっていく敵機。

ファナ、前席を振り返る。

血まみれのシャルルが歯を食いしばり、スロットルを引いている。

ファナ
「飛空士さんっ!!」

シャルル
「まだ終わりません……!!」

全身に機体の破片が突き刺さったシャルル、頭部から出血しながら飛ぶ。

遙か前方に入道雲を見つける。

シャルルのモノローグ
「あそこまで逃げる……!」

変針するサンタ・クルス。真電が後方から追ってくる。

血まみれのまま、後方を凝視するシャルル。

ファナ、伝声管を掴む。

ファナ
「(真剣に)わたしが敵の撃つ瞬間を教えます」

シャルル「ですが……」

ファナ「……右っ!」

シャルルがなにか言いかけたとき、ファナが叫ぶ。同時に敵発砲、

ほぼ同時に右フットバーを蹴り込むシャルル。

右にスライドするサンタ・クルスへ次の敵機が追いすがり、距離を詰める。

ファナとシャルル、ふたりで敵機を睨み、発砲のタイミングを推し量る。

ファナ「左っ」

同時に左フットバーを蹴るシャルル。

左に流れるサンタ・クルス。元いた位置へ敵の射弾が外れていく。

シャルル
「(かすれた声で)お見事です」

ファナ
「二週間、この訓練を受けました。お役に……右っ!」

シャルル、前方をむいたまま、右フットバーを蹴って敵弾回避。

シャルルのモノローグ
「後ろはファナに託そう。ふたりで逃げるんだ……!」

入道雲の下へ辿り着くサンタ・クルス。

雲の下は雷雨。風防の破れ目から搭乗席内へ雨と風が打ち付けてくる。

シャルル
「(いまにも気を失いそう。ずぶ濡れになりながら必死に目を押し開く)」

ファナ「左っ!」

シャルル「……っ!」

残った力で左フットバーを蹴飛ばす。海面すれすれを横滑りするサンタ・クルス。

ファナ
「飛空士さん、がんばって、飛空士さん!」

シャルル、励まされ、自分の目元を腕でぬぐう。

シャルル、いまにも気を失いそう。

ファナ
「左っ!!」

渾身の力で左フットバーを蹴飛ばし、回避。

ファナ
「敵機が少なくなってます、頑張って、飛空士さん……!」

シャルル、忘我の淵にありながら、懸命に飛ぶ。

雨風に激しく打たれながら飛ぶシャルル。

くらっ、と意識が暗転し、海面がそこへ迫っていることに気づき、操縦桿を引く。

シャルルのモノローグ
「寒い。苦しい。このまま落ちたほうが楽だ」

激しい雨。追ってくる敵機。

ファナ
「右っ!!」

サンタ・クルス、右方向へ回避。

シャルル、操縦桿にのしかかるようにして、跳ね上がろうとする機首を抑えつける。

シャルル
「(自分に言い聞かせるように)ぼくだけなら撃ち落とされてもいい……。だがここにはファナもいる……!」

刹那、雷鳴。

ファナ
「(びっくりして、両手を顔の前へ持ち上げる)」

晴れ渡った空、凪いだ海面。ファナの目の前に大きな入道雲。

追ってくる真電はいない。

ファナ
「敵がいなくなりました。逃げ切れたようです……!」

前席を振り返る。

日差しのもとではじめて、傷ついたシャルルを目視し、驚くファナ。

ファナ
「飛空士さん……!」

ファナ、座席ベルトを外し、前席へ腕を伸ばし、

シャルルの身体に突き刺さった機体の破片を抜き取る。

シャルル
「(意識朦朧として)ファナ、ぼくのことはいいから」

ファナ
「お願い、これくらいさせて」

また破片を抜き取るファナ。ファナのひとさし指の先から出血。

シャルル
「ファナ、血が出てる」

ファナ
「あなたのほうが出てる」

シャルル、行く手の海原を見る。

視界は虚ろ。意識が時折、ぐらりと暗転しそうになる。

ファナは座席を降りて、シャルルのすぐ背後から手当をしている。

シャルル、朦朧とした意識のなか、頼む。

シャルル
「お願いがあるんだけど」

ファナ
「うん。なんでも言って」

シャルル
「油断すると意識を失いそうなんだ。島に着くまで、ぼくに話しかけて欲しい」

ファナ
「(動揺)本当に? 世間話していいの? ……あのね、この旅がはじまってからずっと気になっていたことがあったの。わたし、あなたとどこかで会ったことがあるように思う。わたしの気のせい?」

シャルル
「(うれしそうに)もしかして、覚えてる?」

ファナ
「(目をぱちくり)」

シャルル
「(笑って)そりゃ光栄だなあ。いつもいじめられてる庭師の小僧なんて、きみが覚えてるわけないと思ってたから」

ファナ、目をみひらく。

後席から身を乗り出し、シャルルの顔のすぐ近くへ自分の顔を持ってきて、

見ひらいた目でシャルルの顔を覗き込む。

シャルル
「(びっくり)ちょ、危ない、席に戻って」

ファナ
「(ゆっくり、だんだん、驚愕の表情になり)あなた……!! もしかして、いつもいじめられてた庭師の子!?」」

シャルル
「(苦笑い)反応、大きすぎ」

ファナ
「(驚愕のまま)だって! そんな! こんなことって! 神様! こんなことって!!」

ファナ、ぽろぽろ涙を流しはじめる。

シャルル
「(驚き)え、泣く!?」

ファナ
「だって! あぁ……こんな偶然!」

シャルル
「ファナ、落ち着いて。島が見えてきた……」

行く手にシエラ・カディス群島が見えてくる。

高度を落としてゆくサンタ・クルス。

ファナ、しゃくりあげながら、

ファナ
「わたし、子どものころ、部屋の窓からずっと、あなたが働くところを見てた。何回も蹴られたり、殴られたりしてて、でもあなた、いつも一生懸命働いてて……。すごいなあ。偉いなあって、ずっと思ってた……」

シャルル
「(朦朧とした意識で、目だけファナへ動かす)そうなの……?」

ファナ
「(ぐずぐずとすすりながら)わたしも、毎日いつも辛かったから。お転婆なことをするな、人形みたいになれって家庭教師からずっと言われて、毎日イヤでイヤで……。でもあなたがあんなにがんばってたから、わたしも頑張ろうと思って…」

シャルル黙って聞いている。

シエラ・カディス群島の島影が迫ってくる。

シャルル
「(少し微笑み)……謎が解けた。だからあんなふうに言ってくれたんだね」

ファナ
「覚えてる? わたしが言ったこと……」

サンタ・クルス、島を目がけて高度を落としていく。

シャルル
「(苦笑い)もちろん。豚をいじめるな、って怒られたよ」

ファナ
「(少し笑って)だって、あなたにそんなことして欲しくなかったから。思わず部屋を飛び出して……」

シャルル
「(微笑み)ぼくのことを尊敬してるなんて言うから、びっくりした。でも、あの言葉のおかげで今日まで生きてこられたんだ。辛いことや悲しいことはあのあともたくさんあったけど、そのたびにきみの言葉を思い出して……」

ファナ
「(微笑んで、またぽろりと涙がこぼれる)すごいね。負けなかったんだね。あんなに辛い境遇だったのに、飛空士になるなんて」

シャルル
「庭師をクビになってから、神父に拾われて。教会で勉強したんだ。十五才のとき空挺騎士団の練習生になって、三年後に騎士団員になれた」

ファナ
「どうして空を飛ぼうと思ったの?」

シャルル
「空が好きだから」

ファナ
「戦争が好き?」

シャルル
「まさか。ただ空が飛びたいだけ」

ファナ
「そうよね。シャルルにとって、空が宝物なのよね」

シャルル
「(からかうように)その言い方、かっこいいね」

ファナ
「(むくれて)真面目に言ったのに」

シャルル
「長い時間、空を飛んでると、だんだん地上の価値観に興味持てなくなっていくんだ。空の上では身分なんて関係なくて、自由だから」

ファナ
「そうね。わたしもそう思う」

シャルル
「(悪戯っぽく)なにせベスタドと次期皇妃さまが、真面目に語りあっちゃうし」

ファナ「言葉を交わしてはいけないの? ……わたしとあなたは同じ人間よ」

言葉と同時に着水するサンタ・クルス。

海へせり出した断崖の洞窟内へ水上滑走で入っていく。

風防をあけるシャルル。ファナが先に翼に降り立つ。

ぐったりしたシャルル、自力で立てない。

○無人島・砂浜

夕暮れの砂浜。

傷つき、失神したシャルルの肩を支えて砂浜を歩くファナ。

砂浜にシャルルを横たえる。

○同・断崖の洞窟

洞窟内に碇泊しているサンタ・クルスの胴体部から荷物を引っ張り出すファナ。

救急箱、毛布、バケツ、ドミンゴにもらったウイスキーなどを翼の上に置く。


○同・砂浜(夜)

上半身裸のシャルルがシーツの上に横たわっている。

ガーゼにウイスキーを染み込ませ、シャルルの傷口を拭うファナ。

シャルルの頭部と上半身に包帯を巻く。

作業を終え、シャルルの傍らで膝を抱えて座るファナ。

星空と波の音。明るい満月が出ている。

なにか決意したように立ち上がり、服を脱ぐファナ。

裸のファナ、海へ入って泳ぐ。

仰向けに浮き、まっすぐに満月を見上げる。

ファナのモノローグ
「シャルルがいなかったら、わたしは今日で死んでいた。一度死んだわたしなら、明日から好きに生きてもいいのでは」

満月を見上げながら、

ファナ
「生まれ変わろう。……生まれ変わるんだ」

表情に生気がみなぎる。ファナ、砂浜へ戻る。

満月。鳥の声。眠るシャルル。

飛行服を着込んだファナ、結い上げていた髪を下ろす。

髪の毛にハサミを入れ、切っていく。

(つづく)

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