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脚本・とある飛空士への追憶(5)


○無人島・砂浜(五日目)


朝日が差し込む砂浜。

シャルルとファナが向かい合って立っている。

ファナ、真剣な表情。唇をきりりと引き結び、毅然と言う。

ファナ
「わたし、昨日のこと、なんにも覚えていません。(頬を赤らめ)本当よ。全然、なんにも覚えていないわ」

不器用な感じでごまかすファナ。

シャルル、ふっ、と軽く吹き出す。

シャルル
「わたしも、敵機に襲われて負傷したあと、なにを話したか忘れてしまいました。これでおあいこですね」

ファナ
「(悔しそうにシャルルを睨み、ぷいっと顔を背ける)」

シャルル、気持ち良さそうに伸びをして、

シャルル
「朝食を摂って、出発しましょう。最後の飛行です」

ファナ
「(寂しそうに)この島を発つの……?」

シャルル
「ぐずぐずしていると敵に見つかり、上陸される危険があります。そうなる前に、行かなくては」

ファナ、寂しそうに瞳を翳らせる。


○同・断崖の洞窟

サンタ・クルスに乗り込むファナとシャルル。

エンジンスタート。水上滑走で洞窟を出て、飛び立つシャルル。

ファナ、遠ざかっていく島影を悲しげに見送る。

シャルル、伝声管を掴んで、ファナに告げる。

シャルル
「間一髪でした。敵駆逐艦です」

彼方の空に敵飛行駆逐艦が飛んでいる。

シャルル
「レーダーで捕捉されました。ほどなく敵戦闘機が来るでしょう」

ファナ
「また戦うの……?」

シャルル
「逃げるだけです。敵戦闘機は着水できませんから。逃げまくればそのうち諦めて帰ります」

ファナ、黙って目の前の後部機銃のハンドルを見つめ、安全装置を解除する。

雲を切り裂いて上昇するサンタ・クルス。

雲の上へ出る。

シャルル「!?」

敵飛行駆逐艦が横陣を組んで待ち伏せている。

シャルルのモノローグ
「雲に隠れても、敵にはこちらの動きが見えている……!」

対空砲火がサンタ・クルスの周辺に炸裂。

火球が芽吹き、空域が煤煙に染まる。

ファナ「(悲鳴)」

シャルル、急横転しつつ雲中へ逃げる。

雲の下へ出る。

今度は真電十四機が待ち構えている。

シャルル
「次から次に……!」

海面ぎりぎりへ逃げるシャルル。

迫り来る真電。射弾しようとしたそのとき。

ファナ
「右っ!」

右フットバーを蹴るシャルル。

射弾が逸れていく。

すぐに次の真電が追いすがる。

ファナ「右っ!」

右へ避けるサンタ・クルス。

今度は前方から真電が突っ込んでくる。

視認したシャルル、前方からの射弾を回避。

シャルルのモノローグ
「ファナが後ろ、ぼくが前。ふたりで協力すれば逃げ切れる!」

次々に真電の弾を回避するサンタ・クルス。

シャルル
「(呼吸が荒くなる)我慢比べだ。そっちが諦めるまで、逃げまくる!」

懸命に操縦桿を握るシャルル。


○真電搭乗席・中


千々石、少し高い位置から、サンタ・クルスと真電の空戦を俯瞰している。

サンタ・クルスが避弾するたび、不敵に笑う。

千々石
「いい腕だ。次期皇妃を託されるだけはある」

通信機のスピーカーから、仲間の声が響く。

真電搭乗員一
『なんてやつだ。全部ぎりぎりでかわしている!』

真電搭乗員二
「早く仕留めろ、このままでは電力切れでこっちが墜ちる!」

千々石、マイクを手に取る。

千々石
「おれひとりでやる。ほかは誰も手を出すな」


○サンタ・クルス搭乗席・中

突然、追ってきていた真電編隊が一斉に変針。高度を上げていく。

シャルル
「なんだ、諦めた……?」

ファナ「一機だけ残っています。ですが、これは……」

真電、サンタ・クルスの真後ろにつかず、併走するかたち。

シャルル、魔犬のノーズアートに気づく。

シャルル
「くそっ、よりによってお前か……」

併走しながら、千々石、余裕たっぷりにシャルルへ目線を投げる。

シャルル、睨み付ける。

ファナ
「あの、これは……?」

シャルル「相手が一騎打ちを望んでいるということです。下手な十四機より、上手い一機のほうが怖い」

シャルル、息を整える。

シャルルのモノローグ「これが最後の試練……!」

シャルル、表情を引き締め、伝声管を握る。

シャルル
「正念場です、お嬢さま。敵は非常に手強いですが、共に乗り越えましょう」

ファナ
「はい。共に」

千々石機、サンタ・クルスの真後ろにつく。

引き剥がそうとするシャルル。激しいドッグファイト。



○真電搭乗席・中

千々石、楽しそうに操縦をつづける。

サンタ・クルスにぴたりとくらいついて離れない。

サンタ・クルスの後部機銃を視認。

千々石のモノローグ
「機銃を一発も撃ってこない……。お姫さまは撃ち方を知らないか、もしくは失神しているか」

上昇するサンタ・クルスを追う。


○サンタ・クルス搭乗席・中


シャルル、高高度から急降下。ついてくる魔犬。

シャルルのモノローグ
「三千メートルのダイブに、当たり前についてくる!」

海面すれすれで機首を引き起こす。追ってくる魔犬。

シャルルのモノローグ
「この敵は強い。なにもかも自分より上だ。それは認める。だが負けられない。うしろにファナがいる以上、むざむざ撃ち落とされるわけにいかない!」

宙返りの頂点手前でイスマエル・ターンに入るシャルル。

シャルルのモノローグ
「こいつで、引き剥がす……!!」


○真電搭乗席・中

イスマエル・ターンに入るサンタ・クルスを観る。

千々石のモノローグ
「左ひねり込み……。レヴァームではイスマエル・ターンと呼ぶとか。おれ以外にも使える飛空士がいるとはな」

千々石、先ほどのシャルルと全く同じ操作。魔犬、左ひねり込みを開始。

千々石のモノローグ
「楽しかったぞ、海猫」


○サンタ・クルス搭乗席・中

イスマエル・ターンを完遂するシャルル。

右斜め上方を睨む。

シャルルのモノローグ
「どうだ……!?」

目線の先になにもない。

はっ、として後方を観る。

必中の距離に占位し、銃口をむけている千々石。

シャルルのモノローグ
「負けた」

シャルル
「(絶望の呻き)ファナ」


○真電搭乗席・中

千々石、サンタ・クルス後部座席へ照準を定め、引き金に指をかける。

風防ガラスがきらりと光り、ファナの顔だけが一瞬見える。

千々石、一瞬、憐れみがよぎる。引き金にかけた指がためらう。

千々石のモノローグ
「(辛そうに)許せ」

決意して引こうとしたとき、ガラスに反射していた光が消えて、

後部機銃のハンドルを握っているファナの全体が見える。

千々石
「(驚愕)引き付けた!?」


○空

交差する二機の銃撃。

左翼先端に被弾し、ぐらりと傾き墜ちていく魔犬。

サンタ・クルス、無事に飛行をつづける。


○サンタ・クルス搭乗席・中

シャルル、驚いて、墜ちていく魔犬をみやる。

ファナ、おののきながら、魔犬に目もくれず空を見ている。

シャルル
「きみが撃ったの?」

ファナ
「あのひと、死んでしまった?」

シャルル、遙か下方で魔犬が体勢を立て直したのを確認。

シャルル
「左翼先端に当たってます。あれでは空戦はできない」

ふらつきながら飛ぶ魔犬を見下ろし、

シャルル
「挨拶していくか」

呟いて高度を落とし、魔犬と併走する。

シャルル、魔犬の間近から、勝ち誇った顔で敬礼を送る。

千々石、苦そうに笑み、答礼を返す。

ファナ、ふたりのやりとりを不思議そうに眺める。

魔犬をその場に置き去りにして飛ぶサンタ・クルス。

ファナ
「不思議。敵同士なのに挨拶するのね」

シャルル
「生まれた国が違っても、空に生きるもの同士ですから。戦争が終わったら、彼とも友達になれるかもしれませんし」

ファナ
「(微笑む)素敵。そうなるといいわね」

シャルル
「さて、最後まで油断なく行きましょう。日暮れ前には、サイオン島沖に着くはずです」

ファナ、少し寂しそうな表情で空を見渡す。


○岩礁

夕暮れ。

岩礁近くに着水するサンタ・クルス。

シャルル、風防をあけて翼に降り立ち、後席の風防をあける。

シャルル
「お疲れ様でした、お嬢さま。本国に電信を打ちました。迎えの飛空艇が、明日の朝到着する手はずです」

ファナ
「(寂しそう)そう……」

シャルル、胴体部から釣り竿を引っ張り出す。

シャルル
「もう戦闘の必要はありませんし。今夜は楽しく過ごしましょう」

ファナ、翼の上に降り立つ。


○岩礁(夜)


尾翼の上に七輪があり、魚が焼けている。

ゴムボートで焼き魚を食べるふたり。

シャルル
「本当にお嬢さまに助けられました。よくあの距離まで引き付けましたね。普通だと怯えて、遠くから撃っちゃいますけど」

ファナ
「家庭教師のおかげで感情を捨てるの得意なの。だからずっと、恐怖を捨ててた」

シャルル
「……すごい。お見事です。お嬢さまがいなかったら、わたしはいまごろ、魚のエサになってます」

ファナ
「あなたのおかげでここまで来られたのよ? あなたも一緒に皇都へ行って、勲章を受け取るべきだと思う」

シャルル
「(笑って)それは無理です。わたしはここでお別れです」

ファナ
「(静かに怒る)やっぱりそんなの、どう考えてもおかしい! これだけのことをやったのに、誰にも知られず、記録にも残らないなんて」

シャルル
「(笑ってなだめる)その代わり、報酬はたっぷりもらえますし。わたしは文句ありません」

ファナ「でも、せめて一緒に皇都へ行くくらい! (毅然と)……わたし、明日、迎えのひとたちに頼んでみる」

シャルル
「(困ったように頭を掻き、なだめる)お嬢さまと一緒に皇都へ行ったら、報酬をもらえなくなってしまいます。わたしにそれを受け取るな、というのですか」

ファナ、「え?」という表情。

シャルル
「(苦しそうにウソをつく)わたしははじめからおカネが目的で作戦に参加しました。お嬢さまをここまでお送りしたのも、おカネが目当てですし」

ファナ
「(きょとんと)ウソよ。地上の価値観に興味がない、って自分で言ってたじゃない」

シャルル
「(痛いところを突かれ、しかしウソをつづける)このあと一生遊んで暮らせるおカネです。もう戦争に参加する必要はありませんし、田舎に家でも買ってのんびり暮らします。いけませんか?」

ファナ
「いけなくはないけど……でもシャルルはこれから、わたしと二度と会えなくても平気なの?」

シャルル
「(辛そうに)あの……。わたしは……。笑ってお別れができればいいと思っています。この旅を思い出すたび、笑顔になれて、勇気と元気が出てくるような。そんなお別れができたらいいな、と……」

ファナ
「ダメよ、このままお別れだなんて! わたしに任せて。明日、みんなに頼むから。ね? わたしと一緒に皇都に行くのよ?」

シャルル
「あ、あの、この話はもう終わりに……。楽しい話をしましょう。昔のこととか」

ファナ、やや不満そう。まだなにかお願いをつづけて、困った様子のシャルル。

天頂辺りに満月がある。(時間経過演出)

ゴムボートへカメラ戻す。

ファナ
「子どものとき、あなたにドロップあげたの。家庭教師の目を盗んで、あなたが通るのを待って、部屋の窓から外へ投げて……。あなた、いつもおなかすかせてそうだったから……。でも考えてみると失礼よね。ペットじゃないんだから、食べ物を投げるなんて」

ファナとシャルル、楽しそうに会話している。

ふたり、笑ったり、真面目だったり、悲しそうだったり、また笑ったりする。

満月が傾く。

ゴムボートで横になって眠っているファナ。

シャルル、灯りを消して、ファナの身体の毛布をかけ直す。

幸せそうなファナの寝顔を、切なそうに見るシャルル。

シャルルのモノローグ
「ファナがなにを頼もうと、皇家がぼくを飛空艇に乗せるはずがない。別れは明日の朝、必ず来る。……本当にこれでいいのか?」

シャルル、操縦席に戻って毛布をかぶり、満月を見上げる。

シャルルのモノローグ
「……ファナの幸せを考えるなら……笑ってお別れするのが一番いい。この旅を思い出すたび、ファナが元気になれる終わり方ができればそれで……」

(つづく)

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