見出し画像

90年前の小説が現代に蘇る映画『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』

今回はkayserが担当します。
『飛ぶ教室』『エーミールと探偵』『ふたりのロッテ』など数々の名作児童文学を世に送り出したドイツの作家、エーリヒ・ケストナー。彼が大人に向けて描いた長編小説が『ファビアン あるモラリストの物語』です。

今から90年前に書かれたこの傑作が映画化されました。タイトルは『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』。今回は、こちらの作品を紹介します。

ナチスによって焚書となった傑作『ファビアン あるモラリストの物語』

エーリヒ・ケストナーは、児童文学作家として知られていますが、実は大人のための小説や評論、詩集なども数多く残しています。特に彼が生きた時代を風刺した小説や恋愛小説などを発表していました。

『ファビアン あるモラリストの物語』もそのひとつ。1931年、荒廃したベルリンを舞台に、青年ファビアンの恋や行き場のない焦燥感などを描いた物語です。この小説が世界的に発表されると、日本でも織田作之助、吉行淳之介、開高健などの戦後世代の作家たちがこぞって絶賛しました。

ドミニク・グラフが描く混沌とした時代

そんな傑作小説を映画化したのは、ドミニク・グラフ監督。ドイツでテレビ映画を中心に活躍してきた映画監督です。

『ファビアン あるモラリストの物語』の舞台は1931年。この時代を現代にどう表現するのか。非常に興味深いところです。共同脚本にコンスタンティン・リープを迎え、ファビアンと恋人コルネリアのラブストーリーを軸に物語を構築しています。

映画の導入部分が本当に素晴らしく、現代のドイツの地下鉄、ハイデンベルガー・プラッツ駅から1930年代のワイマール共和国へと繋がっていくという演出が施されています。最初は何かのドキュメンタリー映画でも見ているかのようで、カメラが徐々に地上に向かって光を浴びると、そこに広がるのは、1930年代のベルリンなのです。

デジタルでの撮影は全体の80%と語るグラフ監督。意図的にスーパー8で撮影し、ざらざらとした質感により時代感を表現しました。加えて、ベルリンの街並みを映したモノクロのアーカイブ映像も所々に差し込んでいます。

原作小説にもあるファビアン親友ラブーデと夜な夜な訪れるいかがわしいキャバレーなどの妖しく退廃的な様子、原作よりもナチス批判の色濃い様子など独特な世界観を醸し出しています。

この映画をなぜ現代に製作しようとしたのか。その答えは、「現代社会がこの小説が書かれた当時の社会状況に似ているから」ということです。

現在の危機的状況により、ドイツではワイマール共和国への関心が高まっているそうです。政治がマヒした共和国時代。それはドイツだけなく、世界的にも同じことがいえるのかもしれませんね。

原作のファビアンそのもの!主演、トム・シリング

本作にて主人公のファビアンを演じるのは、ドイツで数々の映画賞に輝くドイツ映画界のトップスター、トム・シリングです。ドミニク・グラフ監督は、トム・シリングがこの役を演じたくないと言ったら、この映画は撮らなかったというほど、彼以外のファビアンはあり得なかったのこと。

筆者も原作を読みましたが、まさにトム・シリング演じるファビアンは原作のイメージそのまま。複雑な主人公をトム・シリングの高い演技力で見事に演じています。

ファビアンが恋する相手、コルネリアにはザスキア・ローゼンダールが抜擢されています。彼女は、トム・シリングが主演した『ある画家の数奇な運命』にも出演しました。

ファビアンの親友、ラブーデにはアルブレヒト・シューフ。ドイツで注目の若手俳優です。

映画では特に、ラブーデ、ファビアン、コルネリアの織りなす三角関係が重要になっています。ラブーデとファビアンの関係にある時、コルネリアが入り込むみます。

ファビアンの失業、コルネリアの女優の夢。いずれも2人の未来は、あまり期待できそうにない要素ばかりです。そんな中で、3人がラブーデの両親の別荘で過ごす束の間の幸せなシーンは筆者もお気に入りのシーンです。

3時間もの大作

ケストナーの描く小説『ファビアン あるモラリストの物語』は長編。そのまま映像化するとかなりの長尺になってしまいます。そうでなくとも、この映画は3時間という大作です。原作に登場するエピソードや人物など大筋とは関係ないものは省略されています。

あくまで軸はファビアンとコルネリア。この2人のラブストーリーであるからこそ、3時間という長尺でも飽きることなく楽しむことができます。

特にラストでは、2人のラブストーリーに淡い期待を感じさせる部分も。とはいえ、衝撃なラストには変わりないのですが......。ただ、原作にはラストの2人の部分は描かれていないので、少し救われた気分になりました。

その気になるラストは、ぜひ直接確かめてみてください!

kayser


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?