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短編小説「セレブとイケメン」

 なぜ男は、自分よりもお金を持っている女が嫌いなんだろう。以前、友達のオカマのユミにそう嘆いたら、ケラケラと笑われた。
 
 「それはほら、オトコにとってのお金っていうのは、ペニスと一緒だから。自分よりも大きいか、小さいかっていうのは、彼らの存在理由なわけ。だから牽制し合うし、自信のあるオトコは見せびらかそうとする。理屈じゃないの、おかしなもんよねぇ。だから、あんたぐらいお金持ちの女っていうのは、とっても大きなペニスをはやした女子ってこと。そりゃ、モテなくて当たり前よ」
 
 誇らしげな彼女の顔が脳裏によみがえる。そう。だからこそ今日の私は、万全の備えで挑むのだ。
  
 雑誌の安っぽい広告で見つけたお見合いパーティ。こんなところに来る男なら、誰も私のことを知らないだろう。服装もメイクもなるべく地味にしてきた。プロフィール欄にはウソの年収を書いておいたし、一応念のため偽名にもしておいた。ぬかりはないはず。
 
 古いビルの一室を借り切ったパーティ会場は、およそ50人ぐらいの着飾った男女であふれかえっている。人数の割に狭く、一旦壁際に寄ると身動きが取れない。野暮ったい蛍光灯の下を、時折嬌声が響き合う。
  
 「で、思うんだけどさ。努力して得たものに比べて、生まれ持ってきたものに対する世間の評価って、低すぎると思わない?」

 ”顔のいい男は話がつまらない”とは私の周りでは定説だが、開始から1時間ほどたって声をかけてきたこの男は、女の子みたいに整った顔つきのくせに、意外と話せる。
 
 ペラペラと自分の話ばかりをするところは、そこらへんのイケメンと変わらないが、なにかそこに醒めた視点があって面白い。数分前からは、自分の美しすぎる顔についてヌケヌケと語っている。
  
 「血のにじむような努力をして得られたものだけが素晴らしくて、親からもらったものはズルだの、楽してるだのって、なんかおかしいよね? 僕のこの顔だって、新聞配達のバイトでようやく手に入れたものだったら、やっかまれないのかな。イチローだって、そりゃそれなりに努力はしただろうけど、生まれつき運動神経よかったんだろうし、親の遺伝子のおかげも大きいはずだよね?」
 
 言いたいことは分かる。日本で三本の指に入る資産家の娘として生まれてきた私も、小さいころから何をしても「親の七光り」と後ろ指を指されてきた。若いころは反発して、親と距離を置こうとしたけれど、最近ではもう諦めている。生まれつきお金があるのは、私のせいじゃない。
 
 「あとさ。やっぱり、こんな顔していると、かえって女の子のほうが引け目に感じちゃうらしいんだ。最初は『かっこいい~』とか言ってきたくせに、いざつきあうとなると『かっこよすぎて、自分と比べちゃう』なんて。困るんだよね、実際。過ぎたるは及ばざるがごとしって言うけど、ほんとほんと」
 
 ほんとほんと。私は心の中だけで、激しく同意する。イマドキの男たちは口では「女性も経済力を」とか「自立した女性がいい」とか言っておいて、私の年収を知ると、とたんに手のひらを返して苦い顔をする。
 
 たしかに父の会社を手伝っている私は、普通の会社員よりも給料をもらいすぎかもしれない。それでもなにかと面倒は多いし、自分なりに気を遣ってがんばってる。私としては、そこをほめてほしいのだが、男にとっては「見栄」がすべてだからそうもいかない。ユミの下品な比喩を再び思い出す。
  
 「かといって、露骨に顔が目当てっていうのもイヤなんだよなあ。『一緒に歩いていると、気分がいいの』とか言われてもね。よく本に『美女はけなせば落ちる』とか書いてあるけど、あれ当たってるよね。たまに『その顔って、ムカツク』とか言われると、なぜだかグッと来るし。もう、病気の域だね」
 
 これまで私に近寄ってきた数少ない男たちも、隙あらば、私にお金をせびり、父に取り入ろうとした。数ヶ月前に、約二年半の結婚生活が失敗に終わったのも、それが理由だった。
 
 たまに、「お金があるってのは”呪い”だな」と思う。裕福すぎる家庭に生まれついたせいで、私は30歳を超えてなお、自分に自信が持てないでいる。「これも含めて、全部私だ!」と開き直ろうとしても、ひどい恋愛を経験するたびにどん底の気分になる。
 
 ま、こんなことを人に話しても、自慢や嫌みにとられるのがオチだから、絶対に口にしないけどね。と考えたのと同時に目の前の彼が、
  
 「っていう話をしても、嫌みっていうか、自慢に聞こえちゃうかな?」
 
 と、拗ねたような表情を見せたからびっくりした。
 
 「あ、ううん、そんなことないよ。なんか、変わってて面白い」
 
 「あ、そう? ならいいんだけど。さっきからずーっと黙ってるけど、僕のこと、軽薄な奴だって思ってるでしょ?」
 
 「え? そんな、そんな」
 
 慌てて愛想笑いを顔に浮かべる(最初は思ってたけどね)。
  
 「で、えーと、ワタナベさんは、お仕事は何を?」
 
 名札をチェックしつつ、こういう場での礼儀かなと思い水を向ける。これほどあけすけな物言いをする彼に、興味を持ち始めていたのも事実だ。
  
 「僕? なんだろうなあ、まあフリーでいろいろと。なんとか楽しく暮らしてるよ。イノウエさんは?」
 
 「へ? イノ・・・? ああ、私? 私は、OL的なものを少々、みたいな?」
 
 身分を偽るのは難しい。昔話の「王子と乞食」の気分だ。って、そんな話ではなかったっけ。
 
 「そうなんだ。すごいなあ。俺、定職とか就いたことないから、OLさんとか尊敬しちゃうな」
 
 「え、あ、そう? そんなものかな?」
 
 「でさ、イノウエさん、よかったら、これから抜け出してご飯食べに行かない?」
 
 は?
 
 「え? いま?」
 
 「うん。なんか、イノウエさん、気むずかしい顔してるし、悩みがあるんだったら話聞くよ? ほら、ちょうどお腹も空いたし」
 
 なんだそりゃ?

 「え、えっと・・・」
 
 「正直、この雰囲気にもうんざりしちゃって。男たちはみんな偉そうだし、女の子はみんな売り込みに必死で。なんか、疲れちゃったよ」
 
 「う、うん。いいけど・・・」
 
 「じゃ、決まり。先に出て表で待ってる」
 
 人混みをかき分けてクロークに向かう細身の背中を眺めながら、私は首をひねる。
 
 彼が声をかけてきてからというもの、私は仏頂面で彼の話を聞いていただけだ。厳密に言うと聞いてすらいなくて、彼と自分の境遇を重ね合わせていたに過ぎない。なのに、なぜこんなに積極的に誘ってくるんだろう?
 
 詐欺かなにかの可能性もある。実は私の顔を新聞やテレビで知っていて、狙いすましてアプローチをしてきたのかも。似たようなことが、これまでなかったわけではない。
  
 それでも、私はグラスをカウンターに返してから彼のあとを追った。「運命かも!」とは思わない。けれど、もしかして彼なら、私の正体を知っても「へぇ」ですませてくれるのでは。そんな祈りに似た気持ちが心の中にある。
 
 それになんといっても、あの綺麗な顔! ユミもイケメンにはおおむね寛大で、「顔がいいってことは、それだけで美徳よ。大抵のことはそれで許せちゃうから。逆に、顔が悪いと、もめたときに『てめえ、こんな顔のクセに』とか、心が狭くなっていけないわ。あはは」と、常日頃笑っている。あのイケメンになら、こっぴどくだまされても、ボロボロに捨てられても、ユミは優しく叱ってくれるだろう。
  
 重いドアをぐいっと開ける。冬の冷たい風が、ほてった首筋を気持ちよく通り過ぎた。

photo by Johnny Silvercloud

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