見出し画像

情報処理技術者試験の最年少合格者とご両親の声

本会ではジュニア会員制度や全国大会でのIPSJ KIDSを始めとしたキッズイベント企画からも分かるように,若い子どもたちの活躍にも注目しています.このたび,情報処理推進機構(IPA)より,情報処理技術者試験に最年少(8歳)で合格された方への取材をご寄稿いただきました.情報処理技術者試験についてはVol.64, No.4(2023年4月号)にも解説記事「情報処理技術者試験における実施方式の変革 ─「新たな日常」を踏まえた試験の実現に向けて─」が掲載となっておりますので,本稿とあわせてご覧いただければ幸いです.


奥村明俊((独)情報処理推進機構 IPA)

 IPAは,優れたデジタル人材を育成するために,ITパスポート試験(IP),基本情報技術者試験(FE),情報セキュリティマネジメント試験(SG)といった役割やレベルが異なる計13区分の国家試験を実施しています$${^{1)}}$$.IPは,ITを利活用するすべての社会人・これから社会人となる学生が備えておくべきITに関する基礎的な知識を問う試験です.具体的には,新しい技術(AI,ビッグデータ,IoT など)や新しい手法(アジャイルなど)の概要に関する知識をはじめ,経営全般(経営戦略,マーケティング,財務,法務など)の知識,IT(セキュリティ,ネットワークなど)の知識,プロジェクトマネジメントの知識など幅広い分野の総合的知識が問われます.FEは,ITに関する基本的な知識・技能を評価する,ITエンジニアの登竜門という位置付けの試験です.幅広い分野の知識を問う科目A試験と,情報セキュリティとアルゴリズムの2分野について技能を問う科目B試験で構成されます.IPAに認定された講座を受講して修了試験に合格することによって,科目A試験の受験が免除される制度があります.SGは,情報セキュリティマネジメントの計画・運用・評価・改善を通して組織の情報セキュリティ確保に貢献し,脅威から継続的に組織を守るための基本的なスキルを認定する試験です.

 2023年4月,8歳の小学3年生がFEとSGに最年少で合格しました.この方は,2022年3月にIPを7歳(当時小学1年生)で最年少合格しており,IPの合格をきっかけとして,FEとSGにもチャレンジされたそうです.本稿では,ご本人の受験動機や学習方法での工夫,ご両親から見たご本人の学習の様子についてお話を伺うことができたので紹介します.今後,読者の皆様やお知り合いの方の参考になれば幸いです.


ご本人の声

自己紹介と受験動機について

 都内の公立小学校に通う3年生(男子)です.コロナであまり外に遊びにいけなかった間,プログラミングをやったり,電子ピアノを弾いたりして遊びました.最近は,遊びに行けるようになり,野球が大好きです.好きなプログラミング言語は,スクラッチ$${^{☆1}}$$とC言語です.

 2022 年の1 月のはじめ頃,お父さんとお風呂に入っているときに,「コロナで外になかなか遊びにいけないし,スクラッチもたくさん遊んでいるから,今度,国が作ったITクイズやってみる?」と言われて,翌日,お父さんと近くの本屋さんに「ITパスポート試験の本」を買いに行きました.途中で何度か勉強が嫌になりました.でも,お父さんと一緒に勉強するときに楽しいときもあったし,IPに合格できて嬉しかったので,次に,FEを受けることにしました.少し勉強してみて,やめておけばよかったと思いました.でも,そのあと「次の春(2023年4月)から制度が変わってアルゴリズムが増える」と聞いて,またやる気がでました.アルゴリズムはパズルみたいで好きだからです.SGも制度が変わるし,お母さんもSGを最近とったし,「FEでもセキュリティは出るのでSGも受けてみたら」と言われて,FE と同時に受けてみることにしました.

学習方法や将来の目標について

 厳密な学習時間は分かりませんが,IPとFE科目A免除についてはお父さんの記録,FE科目BとSGについては自分の記録から表-1のような感じだと思います$${^{☆2}}$$ :

表-1 学習期間と時間

 科目A免除の勉強では,IPの記憶がまだ少し残っていて,有利だったと思います.科目A免除が終わって少し疲れたので,遊んだり,Unityをしながら,冬まで以下のような別のことをしました:

  • タブレットで小学6年生までの算数を勉強しました(計算の練習)

  • 論理的思考力パズルの本をやりました(読解の練習)

  • MOS(Microsoft Office Specialist)のWord,Excel,PowerPointをとりました(読解の練習)

 2022年11月にFEの実証試験$${^{2)}}$$を受験して,午後(現在の科目B)の問題がほとんど分からないことが分かったので,少し焦って,お正月ぐらいからまた頑張りました.

 基本的に本で勉強し,分からないことは,お父さんやお母さんに聞きました.練習問題(IPやFE科目Aは練習Webサイト,FE科目BやSGは本屋さんで買った問題集)をたくさんやって,受験の直前は,お父さんと模試を数回やりました.また,勉強を続けるために次のことを工夫しました:

  • 分からない言葉や覚えてもすぐ忘れる言葉は,お父さんと「面白い“ごっこ劇場” 」$${^{☆3}}$$をやりました.また,勉強時間になったら,お父さんと「勉強開始のおどり」をして,おわったら「終了のおどり」をして気分を切りかえました.また,IPで勉強した「プロジェクト憲章」や「WBS(Work Breakdown Structure)」$${^{☆4}}$$を,お父さん・お母さんと作って,リビングの見えるところに置きました.

  • 特に,FE・SGの勉強では,WBSの内容をJIRAのカンバンボード$${^{☆5}}$$にいれて,毎日チケットを動かしたり,バーンダウンチャートやバージョンレポートを見て,進んでいるか,間に合うかを確認しました.また,アルゴリズムを勉強・練習するために,お父さんと一緒に「アルゴリズム入門の本」を書いたり$${^{☆6}}$$ ,練習問題を作って,自分で解きました.

 遠い未来や将来の目標は,想像できていません.でも,同年代の人と一緒に,IT を勉強したり,アプリやゲームを作ってみたいです.

ご両親の声

 結果としては最年少での合格となりましたが,本人はとりたてて勉強大好きというタイプでもありません.「合格できたらいいな」と思いながらも,ついついYouTubeやゲームの誘惑に負けてしまう,そんな「ちいさな挑戦者」のよき伴走者・支援者であれるよう努めました.実際には学習がすいすいと進むこともなく,地味に地道に「必要なこと」を積み上げていく毎日でした.やはり幼い子供には実感がわかない内容や,正直面白くない分野もあったようで,モチベーションの山谷の中で,学ぶ楽しさと学ぶ苦しみに揉みくちゃにされながらも頑張る日々だったようです.ただ,そのようなことも含め,「自分が始めると決めた1つのプロジェクトをやり遂げた事実」は,合否結果や年齢記録に関係なく,彼にとっての大きな自信につながったと思います.この経験を糧にして,今後も自分で“やりたい”と思ったことに果敢にチャレンジしていってほしいと思います.

☆1 スクラッチ(Scratch)はMITメディア・ラボのLifelong Kindergartenグループによって開発されました.詳しくはhttps://scratch.mit.edu/をご参照ください.
☆2 両親注釈:IPの学習時間については,当時小学1年生だったので,学校が午前中や14時などに終わることも多く,午後や夜にコンスタントに時間を確保することができました.
☆3 両親注釈:たとえば RFP(提案依頼書)や RFI(情報提供依頼書)などを学ぶ際,「お客さん役」の⽗親が「ベンダ役」の息⼦に引き合いの電話をする“ごっこ”をして理解を深めたり,印象的なポーズやフレーズによる⾔葉遊びで記憶を定着させました.
☆4 両親注釈:IP受験時,「プロジェクト憲章」「WBS」のイメージがわかなかったために,プロジェクトオーナーとして憲章を書き,⾃分をプロジェクトマネージャーに任命したり,ふせんでWBSをつくったのがきっかけです.FE・SG受験のときも作成しました.
☆5 両親注釈:FE・SGの同時受験(厳密には同⽉受験)のため学習量も多く,終わりが⾒えない不安に⼦供が悩むこともあったため,途中からアジャイル開発⽅法論の進⾏技法やツールを息⼦に紹介しました.各タスクは本⼈が管理⽤Webツールに⼊⼒し,それぞれに概算⾒積をつけました.以後,タスクを進めるたびにカンバン内でチケットを移動させたり,進捗速度実績や学習終了予測日などを確認することで,モチベーションを維持できていたようでした.
☆6 両親注釈:本当の書籍執筆ではなく「本を書く“体”」で,Wikiツールに⽗親と⼀緒に解説⽂や問題を作成していきました.実際には,主要な解説は主に親が作成し,簡単な解説部分や各章の練習問題・正解の作成は主に⼦供が⾏いました.

参考文献
1) 本多康弘,奥村明俊:情報処理技術者試験における実施方式の変革─「新たな日常」を踏まえた試験の実現に向けて─,情報処理Vol.64, No.4, pp166-173(Apr. 2023).
2) IPA:基本情報技術者試験と情報セキュリティマネジメント試験でインターネットによる実証試験を実施(2022年8月),
https://www.ipa.go.jp/news/2022/shiken/topic_2022_ibt.html

(2023年8月28日受付)
(2023年10月16日note公開)

■奥村明俊(正会員)
1986年京都大学工学研究科修士課程修了.同年NEC入社.自然言語処理など研究開発に従事.現在,(独)情報処理推進機構(IPA)理事.本会2008年度喜安記念業績賞,2017年度山下記念研究賞など受賞,本会フェロー,工学博士.


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?