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#493 それだけ発話量があれば、少しは正しいことも言うだろう

 先日友人二人(便宜上、A・Bと区別します)と話している時、友人Aが「論破王」として有名になった人物を、「めちゃくちゃなことを言うことも多いけど、めっちゃ的を得ていることもある」と評し、それに対して友人Bは「あれだけ言葉を出してりゃ、そりゃ多少は正しいこと言うでしょ?」と答えていました。

 ある一部の「正しさ」が強調され、その他の「不適切さ」を隠してしまうことがある。それは教育心理における寛容効果(寛大化)としても知られるものです(その逆の厳格化もあります)

 人はある人物の「良い行い」を知ることで、他のあまり望ましくない行動を受け入れることがある。
 もちろん、人間は聖人君主ではいられないし、より良い部分もあれば、改善するべき部分もある。

 ここで気をつけなればならないのは、全体と一部のバランスを見極めること。例えば、ある人物が災害の支援金として10億円寄付したとしても、その10億円の稼ぎ方が人を搾取する形であるならば、その人物への見方は変わるでしょう。

 その人の一部だけを安易に切り取り、過度な寛容化や厳格化することの危険性を私たちは理解することが大切なのかもしれません。

 

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