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タコ部屋 in the foot

伊豆見工業は国道から農道に入り急坂をアクセル全開で登らないと辿り着けない、アクセル全開でないと登りきらないのである。入社して間もないころ所長の息子 僕の同級生と日が落ちてから寮に戻った 急坂に差し掛かり「アクセル全開で」と頭で確認してアベニールのアクセルを踏み込んだ、砂利を巻き込ながら頑張るアベニール、頂上付近アクセル全開でここで一気にハンドルきる・・・ことが出来なかった 目の前に所長のコンテナハウスがあるし、こんな狭い未舗装の斜面をスピードを上げながら突っ込むことなど僕には出来ず、タイヤが空回りしてもう上がれない、ここは一旦バックで下り再度試みるしかないが自信はない、同級生にお願いをして下ったら交代してもらう。これまた下りも大変で道幅に余裕は無く左右は畑へ落ちる斜面になっている。

満月の薄明かりに、同級生のニヤついた「やっちまったよ」の顔が僕の引きつった目に映る。僕はバックの運転を誤って車を畑に落としてしまった。入社早々なので、あの「一生懸命やっても上手く行かない」と夜逃げの前日 母に告げた言葉が蘇る またやっちまった。幸い明日は休日なので仕事ない、所長に話をしてユニックで吊って出してもらう段取りを組んでもらった。一月経てばすぐに慣れ アクセル全開で寮の玄関目の前まで滑り込めるようになった、何度か他の人が落としたが、僕はニヤニヤしてやっちまったよって顔をしてる。

半ドンで寮に帰る近づくにつれ木々がワサワサしてる、目を凝らすと猿の群れが畑や寮の屋根を闊歩してる、車から下り寮の玄関に向かうと一匹猿が飛び出してきた。玄関の引き戸は常時開放されているので興味があれば誰でも入れる、しかし普通の人なら集落から離れた山の斜面に建つ古い建物は気味悪がった入ってこないし、集落の人と全く交流も無かった そりゃ近寄りがたいよね。その点 猿は容姿や素性で偏見の目を向けないのでズカズカくる 僕は部屋にあったおもちゃの空気銃を手に持った 猿たちは蜘蛛の子を散らすように退散し始めた、建物の周りを気付かれないようにゆっくり進む 建物の角に待機して一呼吸置いて僕は飛び出した、そこにいたのは一匹の子猿 僕もあまりに近くいたので驚いて飛び上がった、子猿も僕と同じように驚いて飛び上がった お互い接触することなく森に帰り部屋に帰った。

大家から「ここを売却するので出ていってほしい」と所長が言われた。建物と敷地で月10万ほどと聞いていた。当時もいい場所だとおもっていたが、年をとってから思い出しても本当にいい場所だ 山の斜面にあり見晴らしもよい他人は殆ど来ないし水は井戸、昔 料亭だったと言っていたが実際はどうだったのか、各部屋にガスの栓があったので多分そうだったのだろう。出張続きで寮にいる時間も少なかったが、宛もなく彷徨った僕はこの寮に母性を感じていた

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