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小説

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自意識と感性。
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アイラブユー

「2人で夜空を見上げてね、 隣にいる人が言うの 『月がきれいですね』って。」 「ほう。そしたら君はなんて言うの?」 「そしたらわたしは 『月は、ずっときれいでしたよ』 って言うの。月は、のあとは 3秒くらい時間をあけるの」 「なるほどね。でもそれじゃあ、 以前から好きだったわけじゃない 相手ならどうする?」 「それは考えてなかったな。 困った、なんて言おう」 「『あなたと一緒に見ているから』なんて どうかな」 「それじゃあ、ありきたりだよ。 そう、たとえば『手を伸

夜に捧げる愛の話②

夜が更けた。時津秀隆は考えていた。 このところ夜になると、思い出が鮮明に蘇る。 朝になればすっかり忘れているのに また夜になると昨日のことのように思い出す。 寝室ではすでに妻が眠っている。音を立てないよう そっと冷蔵庫から缶ビールを取り出す。 喉を流れるビールの音さえも響いてしまうような 静かな夜だ。 「なぁ、お前たちも過去を思い出すことがあるか」 何気なく、目の前の水槽でゆらゆらと泳いでいる グッピーに話しかける。 過去も現在も未来も泳いでいるだけの熱帯魚は 不思議と俺よ

夜に捧げる愛の話①

夜が更けた。桃瀬遥は考えていた。 自分にはもう誰かを愛する力がないのかもしれない。 ないのは力ではなく運なのかもしれないが。 誰かを愛することができるというのは とてもラッキーなことなのだ。 恋人ができることや結婚ができることが 幸せなのではない。 愛する誰かがいるということが とてもラッキーで、幸せなことなのだ。 「ねぇ、あんたは誰かを愛してる?」 膝の上でクークーと寝息を立てるカートに聞く。 わたしが17歳の頃からずっと一緒にいるけれど 彼が誰かを愛しているという話は聞

君は、実は宇宙人なんだよ

と、その人は言った。 わたしは眠い目を擦りながら 「ふうん、それで?」とぶっきらぼうに言った。 「地球を守ってもらわなければならない」 と、その人は言った。 よく見るととてもきれいな男の人だ。 20歳にも、40歳にも見えるような 不思議な雰囲気を持っていた。 「あいにくですが、わたしは 地球を守れるような人間じゃありません。 30年も生きているのに、まだこれっぽっちも 生きるコツが掴めてないんです。 なんの取り柄もなく、 この先70歳か80歳くらいまで 退屈な人生を送る予

トンボ

容赦ない日差しと、それをフォローするかのような 爽やかな風が吹いている。 自転車で塾へ向かう途中、 僕と競うようにして飛んでいるトンボがいた。 汗を流しながら必死で自転車を漕ぐ僕。 涼しい顔でスーイスイと飛ぶトンボ。 「いいなぁ、、、」と僕は思ってしまった。 気づいたら僕はスーイスイと飛んでいる。 トンボになってしまった。 やれやれ、せっかく人間になったというのに。 神様はみんなが本当になりたいものに なるべきだと考えているそうだ。 神様はいつも世界を見ていて、 誰かの「

透明ネズミ

この島には昔から、食べられると 敵の体を透明にしてしまう恐ろしい「透明ネズミ」 というネズミが住んでいる。 いたるところに注意書きの チラシが貼られ、子供たちは親や学校から 固く注意されている。 かつては透明ネズミの増加により 島民の3割が透明になってしまう事態になり 島の知識人たちは「どんなに飢えようとも」 決してそのネズミを食べないよう警鐘を鳴らした、、 * パタン、と本を閉じ、俺は考えた。 表紙には「テイムアヌ島の歴史と神話」 と書かれている。 果たしてこれは本当だ

レモン

卒業式前日、わたしは宿酔いであった。 酒を長く飲んでいると 宿酔いに相当する時期がくるらしい。 まさにそれであった。 辛く苦しい日々も、長く続けば 宿酔いが来る。 学生とはひどく不確かなものだ。 安定した毎日は、約束されていない。 昨日は爽やかな朝であったのに、 今日は暗く重い塊が胸を支配している。 そんな繰り返しなのだ。 それは焦燥とも言える。 教室の中で繰り広げられる探り合い。 他人の明るい未来が時として 自分の心を暗くする。 わたしは解放されたのだ。 あの、焦燥や暗く