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【漫画原作】『スノーホワイツポイズンバイト-白雪姫の毒の一噛み』【恋愛】

読切用の漫画原作です。
童話『白雪姫』をオマージュしています。
タイトルはとある洋楽バンドの名前を拝借しています。

複製、自作発言、無断転載、許可なき作画はNGです。
また、作品の一部に性的表現があります。苦手な方はご注意下さい。


ジャンル

恋愛。ほんのちょっぴりホラー。

あらすじ

 農協職員の聖彦は大のリンゴ好きで、大学時代に知り合ったリンゴ農家の雪果の元に婿入りし、リンゴに囲まれた生活をしていた。雪果は新種のリンゴ「スノーホワイト」を開発し、秋の農協祭での販売を控えていた。宣伝の為に味見をさせてくれと頼む聖彦だったが、様々な理由を付けられ断られる。然し、農協祭を前に「スノーホワイト」が盗難に遭う。後日、警察から捜査の報告があり、盗難品のリンゴを食べた人間が次々と意識不明になると言う怪奇現象を聞かされる。

登場人物

上月 聖彦(コウヅキ トシヒコ)
 二十代後半の青年。出身は東京。子供の頃にあるリンゴを食べてから、無類のリンゴ好きとなる。大学時代、雪果と知り合い結婚、婿養子に。職業は農協職員。優しく真面目な性格である一方、「リンゴを食べる」事に異常な執着心を見せ、飲食以外の利用(リンゴ風呂やSNS映え用に加工した装飾品等)には気分を害する。

 上月 雪果(コウヅキ ユカ)
 聖彦と同い年の女性。出身は長野県。「白雪姫」を彷彿とさせる黒髪、色白、紅い唇が特徴。三姉妹の三女、実家がリンゴ農園を営んでおり、幼少期からオリジナルのリンゴを作る事が夢。大学時代、オリジナルの品種「スノーホワイト」を開発、聖彦と共に栽培を始める。聖彦とは結婚以来セックスレスの関係が続き、聖彦の上辺だけの愛やリンゴへの異常な執着に不快感を抱いている。


演出・その他

〇舞台は長野県某市、一部のキャラには訛りや方言がある。作中のリンゴは「スノーホワイト」を除き実在するもので、長野県を中心に栽培されている。
〇雪果の農園では、「スノーホワイト」以外に、リンゴ飴によく使われる「姫リンゴ」(アルプス乙女)の栽培も行っている。

〇スノーホワイト(白リンゴ)
 雪果が開発した新品種のリンゴ。ハート型で、外皮が白、中身が赤と言う通常のリンゴとは逆転した色合いが特徴。特殊な品種故に、栽培方法を始め、木の形状や実のなり方も現実では有り得ない設定(描写)となる。
〈木の形状・実のなり方〉
 黒曜石に似た幹の質感、ガラス細工のように透き通る葉、枝の先が不気味に捻じ曲がる等宛ら童話の挿絵風。高さは二、三メートルほど。各々の木に大小様々な白リンゴが実る。
〈栽培方法〉
 雪果のみが知ると言う設定。摘果せずにいるため実が密集した状態。大きくなった(食べ頃の)ものから収穫する。地面に落ちたリンゴを加工し、肥料にしている。


本編

〇農協・会議室(夏頃・午前)
 〈農業祭〉の打ち合わせ。ホワイトボードに書かれた当日の予定。
部長「担当は資料通り。だが状況に応じてヘルプに回ってくれ。今年は例年よりも混雑が予想されるからな。上月君。どうだ? 例のリンゴは」
聖彦「天候不良による生育の遅れが見られますが、品質には問題無いそうです。収穫量は少ないですが、記念すべき初舞台、可能な限り提供させて頂きます。雪果の〈スノーホワイト〉、是非お召し上がり下さい」
 笑顔で話す聖彦。
 各職員の手元に資料、白リンゴの木を背後に微笑む雪果の写真。

〇自宅と農園(夜)
 金網で囲われたリンゴ園。〈こうづきガーデン〉の看板。
 リンゴ園に囲まれた建物が三棟。〈小人の家〉風の可愛らしい家、シャッターが下りた作業小屋、軽トラと軽自動車が停まる車庫。
 帰宅する聖彦、ワイシャツの上に作業着。
 居間で作業する雪果。砕けた蝋とクレヨン、〈姫リンゴ〉を加工した手製の蝋燭が並ぶ。
雪果「お帰りなさい」
聖彦「何だソレ?」
雪果「キャンドル作ってただわ。ハロウィンやクリスマスにぴったりでねぇか?」
聖彦「さあな。てか、気が引けるな、食べモンで遊ぶのは」
雪果「風吹いて落ちたのだで。ほっといて腐らせるよりはええよ」
 火が点いた蝋燭。蝋が融け、リンゴの皮に火が移る。表面が焦げ、甘い匂いが立ち込める。
 聖彦の傍に寄る雪果。聖彦の上着を脱がせ、耳元で妖し気に囁く。
雪果「夜は、何する?」
聖彦「メディア向けの案内作る。テレビや新聞で宣伝してもらうんだ。…風呂入る」
雪果「ほいだらこれ、リンゴ風呂になるで。ポカポカするしニオイも付くにな」
 ネットに入った乾燥したリンゴの皮。
聖彦「リンゴになりてぇんじゃねぇ~、食いてぇんだよ俺は~」
 若干不機嫌そうな聖彦。雪果を見る事無く浴室に向かう。

*****
〇農協(後日・昼休憩)
 紙皿に乗るカットされた数種類のリンゴ。
 手拭で目隠し、食べ当てる聖彦。見守る数人の職員。
聖彦「〈つがる〉。〈シナノドルチェ〉。これは〈秋映〉、今年は早いなぁ。こっちは百田さん家の〈紅玉〉」
職員「大正解! 地元民でも分からんのによぉ当てるわ」
聖彦「毎日口にしてますからね」
職員「飽きねぇか? リンゴばっか食べて」
聖彦「それが全然。でも昔はダメでした、ボソボソした食感で甘みも無くて」
職員「そりゃ〈ボケた〉ヤツだわ。輸送やら貯蔵やら、昔は不便してたからな。でも都会の衆は美味ぇ美味ぇって食うんだよ」
  「じゃあ何で好きに?」
聖彦「十年くらい前ですか、家族で長野に来たんです。丁度収穫祭をやってまして、リンゴの試食があったんです。泣きました! 美味しすぎて。まさに運命の出会いだ! って」
職員「で、東京飛び出してこっち来たと。大学だっけ? 雪果ちゃんと知り合ったの」
聖彦「はい、農学部で。新品種の開発をしていると聞いて、手伝いたいなと」
職員「あの子もリンゴ好きだしな。将来は自分の作りたいって、本当に夢叶えちまって」
 古い農協の冊子。祖父母・両親らと写る三姉妹。〈わたしのりんごをつくりたい・ゆか〉。
職員「上月の爺さん、会う度言っとるぞ。リンゴしか目が無ぇ跡取りだって」
聖彦「そりゃ大好物ですからねぇ」
 笑う職員達。嬉しそうに残りのリンゴを食べる聖彦。

*****
〇こうづきガーデン(休日・秋晴れ)
 姫リンゴエリア。可愛らしい小振りのリンゴが実る。
 白リンゴエリア。等間隔に並ぶ木、程よく実った白リンゴ。白い外皮、滑らかな表面。日光が当たり、ピカピカと輝いている。
 大袋が乗る一輪車を押す雪果。落下したリンゴを拾っては、袋に入れて行く。
 雪果の後ろを歩く聖彦。カメラを構え、白リンゴや作業風景を撮っていく。
聖彦「イイのか? 袋被せなくて。日に当たれば皮が赤くなるし、虫だって寄ってくる」
雪果「大丈夫でぇじょうだわ、わしみてぇに病気も日焼けもしねぇ子らだで」
聖彦「摘果もしてねぇよな。小さいの放置してたら、栄養奪い合って成長しない」
雪果「順番こに大きくなるんで、兄弟みてぇに」
 リンゴの写真を撮る聖彦。レンズ越しにリンゴを見る。艶やかな皮と膨らんだ実が食欲をそそる。ゴクリとツバを飲み込む。
聖彦「もう…、良いよな」
雪果「ま~だ。お祭りの日が丁度だで」
聖彦「でも要るだろ、宣伝文句。柔らかいだ、瑞々しいだ、病みつきになる甘さだとか」
雪果「秘密のお楽しみじゃ。聖彦さんには一番先に食わしてやるで、待っててな~」
聖彦「……」
 
 特殊な粉砕機。袋に入れた白リンゴを投入していく雪果。粉砕機から出る粉々のリンゴ。スプレーチョコのようなカラフルな粒状のものと混ぜ合わせ、肥料を作る。
 勿体無さそうな顔で眺める聖彦。
聖彦「勿体ねぇ、皮剥きゃ食えるだろ」
雪果「聖彦さん、しょっちゅううとるじゃねぇか。リンゴは丸齧りが一番じゃーて。泥んこまみれじゃ出来ねぇでな」
聖彦「……」
 ムスっとする聖彦、白リンゴが食べられず不機嫌さが募る。ふと何かを見つける。視線の先、金網の向こう側。見物する散歩中の親子連れ。路肩に県外ナンバーのワゴン車、男三人、スマホで動画を撮り、何かを話している。
雪果「珍しいけ、遠くからでも見によるわ。高校生は映える言うて撮ってくで」
聖彦「芸能人じゃねぇっての」
祖父「おーい、聖彦居るかー」

 作業小屋の傍に停まる高齢者マークが付いた軽トラ。小屋の前に並ぶプラスチックケース、出荷出来無いリンゴ(皮が赤くない、斑模様等)が山盛りに。
 笑顔でリンゴを見る聖彦。
聖彦「今日はまた山盛りで」
祖父「お天道てんとさん顔出さねぇで、宅配でも売れんわ。赤くねぇんは不味まじいて返《けぇ》される」
聖彦「大事なのは見た目じゃなくて中身なのになぁ」
 一個手に取る聖彦。袖で皮を磨き、一口齧る。乾いた音。唇を果汁で濡らし、子供っぽく満面の笑みを浮かべる。
聖彦「ん~~~、堪んねぇ~」
 白リンゴエリアで肥料を撒く雪果、遠目で聖彦の様子を伺う。どこか不愉快そう。

*****
〇農業祭(十月初旬)
 広場。野菜や加工品の販売、豚汁の振る舞い、ゆるキャラたちのステージ。
 こうづきガーデンのブース。テントにはサンキャッチャーやハロウィン風の模様が付いたオーナメント等白リンゴの装飾品が並ぶ。大きく貼られたお詫びのチラシ、〈提供延期のお知らせ〉。
 パイプ椅子に座る聖彦、悔し気に新聞を読む。一面に〈相次ぐ盗難〉〈新品種のリンゴ 標的に〉の文字。
聖彦「あの時見てたヤツらだ。クソッ! ナンバー控えときゃ」
部長「根こそぎやられなかっただけマシと思わな。野菜なら土作り直さんといけねぇくらい荒らされるんだ」
聖彦「そうですけど…」
 納得いかない聖彦、怒りの矛先が見当たらずイライラ。
 園芸科の法被を着た女子高生たち。白リンゴの飾り物をスマホで撮る。
女子「これヤバくない? ウチの高校のOGだよ、作った人」
  「へぇ~、中身赤いんだ~、カワイイ~」
  「雑貨屋にありそう、アメリカの置物とか言って」
 興奮する女子高生たち。
 陽気な態度にムカムカし始める聖彦。
 現れる雪果、聖彦とは対照的に明るい。手にはトレー、姫リンゴを漬けた赤い飲み物が入った紙コップ数個。
雪果「わしんとこの〈アルプス乙女〉漬けたジュースだで、お上がり下さい」
部長「こりゃどうも」
女子「これって何の品種を交配したんですか?」
雪果「ごめんな、内緒にしとるで。真似されちまうと困るけ」
聖彦「種さえありゃ何処でも増やせる! 勝手に作られて終わりだ!」
雪果「簡単よいじゃねぇで、育てるんわ。へぇ、聖彦さんも。朝からなんも食ってねぇで」
 紙コップを渡す雪果。
 受け取らず席を立つ聖彦、近くのブースに向かう。
聖彦「一真君、トイレ休憩」
職員「さっき行ったばかりですよ~」
聖彦「なら、ゆるキャラ休憩。子供と観てきな」
 心配そうに見守る部長。
部長「気が気でねぇよな、二人で育ててきたんだ」
雪果「拗ねとるだけだで。初めの一口はワシじゃなきゃヤやもんなぁ」
 どこか含んだ様子の雪果。

*****
〇農協(十月中旬)
 電話応対中の聖彦。デスクに山積みのパンフレット、差出は北海道~沖縄の日本全国、高級レストラン・結婚式場・百貨店等。
聖彦「スノーホワイトの販売でしたら来年を予定しています。試食会の方は、決まり次第ご連絡致します。はい、よろしくお願いします」
 電話を切る聖彦、ふぅと溜息、対応の疲れが見える。
職員「フランス料理に使いたい、百貨店のお歳暮で出したい。想定外の反響ですね」
  「盗難のニュースが良い宣伝になったな。お陰で犯人も堂々と売り捌けねぇ」
聖彦「でも買いますよ、こうづきガーデンから仕入れたって言われたら。訳アリでも安く手に入るなら、売り手が変でも消費者は疑わない。生産者の苦労、もっと考えて欲しいですね」
 静かに怒る聖彦。
 内線、応対する女性職員。
女性「上月さん、警察の方が」

 〇応接室
 向かい合って座る聖彦と私服警官二人。
 テーブルに資料。例のワゴン車と移動販売用の軽トラ、押収された果物(ブドウやモモなど。白リンゴは無い)、粉末状の薬物、三人組の写真。
警官「犯行グループのメンバーが都内で逮捕されました。主に高級住宅街で移動販売をしていたようです。直売所は身分証明が必要ですし、ネットは足が付きやすいので。盗みと転売だけならその辺の泥棒と大差無いですが、どうやら薬物も販売していたようで」
聖彦「何でそんなもの…」
警官「隠れ蓑です。田舎こっちでは数百円で手に入るブドウも、都会むこうじゃ数万の値が付く。都会ではそれが当たり前ですから、薬代を上乗せしたところで不審に思う者は居ません。薬と果物、口に入れたら証拠は残らない、そう考えた訳ですね」
 資料と犯人一人の写真を渡す警官。
 目を通す聖彦、徐々に顔色が冷める。
警官「切っ掛けは自首です。本人も薬物使用の疑いがあり、不可解な発言を繰り返しています。然し、供述通り、数名が意識不明で発見されています。噂では購入者にも同様の症状が出ているらしいと」
聖彦「…スノーホワイトを食べたら、皆起きなくなった…」

〇自宅(夕方)
 夕飯。白米、みそ汁、焼き魚に加え、サツマイモとリンゴのサラダ、輪切りリンゴの素揚げ、瓶入りの果実酒(姫リンゴ)が並ぶ。
 いつも通りの雪果。リンゴジャムを焼き魚に付ける。
 テレビに釘付けの聖彦。箸を持つ手が動かない。断片的に耳に入る報道。
報道「アイドルグループ、メンバーの体調不良により、全国ツアーの中止を発表。公式ホームページで―――。人気俳優、突然の引退に街のファンは―――。自宅で倒れているところを家族が発見、意識不明の重体で搬送され、その後死亡が確認されました。現在、週刊誌で連載中、編集部はコメントで―――」
雪果「みんな具合悪ぅなって、秋だで毒キノコでも食っただか? 山のキノコは当たるで、素人は手ェ出しちゃいかん。…そうじゃ、毒言うたら〈白雪姫〉じゃなぁ」
聖彦「!」
 ビクっとする聖彦。
 特に変わらない雪果、気にせずリンゴ料理を口に運ぶ。
雪果「黒い髪で真っ白い顔のお姫様が出てくる昔話だわ。口聞く鏡が出たり、七人の小人と仲良くしてな。有名だで、聖彦さんも知っとるよな?」
聖彦「…ああ。何だ、急に…」
雪果「〈白雪姫〉言うたら毒リンゴずら。わしのリンゴは〈白雪姫スノーホワイト〉。だで、食ったら死んじまうて話流れたらどうしよて…」
聖彦「死ぬんだよ! 一口齧っただけで!」
 箸を叩きつけ、立ち上がる聖彦。怒りに満ちた顔、雪果に対し不信感。
聖彦「それで窃盗団が死んだ! 客の芸能人だって! みんなやられたんだ、そいつの毒に!」
 動じない雪果。じっと聖彦の話を聞く。
 不安そうな聖彦。雪果に対して恐怖心が芽生える。
聖彦「…何だ、あのリンゴ。土作りから木の世話までお前一人でやって。大学の時だって、俺には何もさせなかった。隠さなきゃいけねぇか? 俺達夫婦なのに…」
雪果「だで、内緒は無しな。わしも言うけ、聖彦さんも話してな」
 真剣な顔つきで聖彦を見据える雪果。

〇作業小屋(深夜)
 半開きのシャッター。地下(貯蔵庫)へと続く階段。
 地下室。淡い蛍光灯に照らされた室内。特注の棚に並ぶ木製の箱、綿が敷き詰められ、白リンゴが等間隔に並ぶ。
雪果「泥棒さんらは食うてねぇ。ヘンなお薬に当たっただわ」
聖彦「雪果がやったのか。どうして…」
 ハッとする聖彦。雪果の腕を掴み、怒鳴る。
聖彦「まさか、盗まれたフリして見舞金騙し取る気か!? んなことさせねぇぞ! 警察行って全部吐け!」
 嬉しそうに微笑む雪果。
聖彦「何がおかしい!」
雪果「嬉しいで、聖彦さんの困る顔見られて」
聖彦「!? それが理由!? 何で!」
雪果「聖彦さん、リンゴばっか見よって、わしの事構ってくれんもん。だで、懲らしめよう思たん。好かんじゃろ? わしの事。結婚して五年も経つに、一回しかしてねぇもん」
 聖彦を見つめる雪果。笑みが消え、冷たく無表情。
 たじろぐ聖彦。
聖彦「な、何言うんだ…。好きだから、結婚したんだよ。美人で頭良くて、俺に見合う…」
雪果「リンゴやってるからだでな? 婿さんになりゃ毎日食えるけ。手伝ううて近付いたんも、一番に食うためやもんなぁ?」
聖彦「……」
 冷たい視線を送る雪果。
 図星の聖彦、口を噤み、雪果から手を離す。
 離れる雪果。奥の棚の木箱を漁る。死角になり聖彦からは手元が良く見えない。
雪果「さぶいとこ置いといたに、あめぇのぎゅっと詰まっとるわ。爺様から教わったボケねぇ保存ちゅうのやっとるで、もぎたてと変わんねぇずら」
 白リンゴを一個取り出す雪果。両手で持ち、聖彦に差し出す。
 雪果「どうぞ。わしも味見てねぇで、正真正銘、聖彦さんが最初だわ」
聖彦「……」
 じっと見つめる聖彦。艶やかな皮、丸みを帯びた形、将に食べ頃。然し躊躇う。
雪果「どうした? あんなん食いてぇ言うとったじゃねぇけ? へぇ、見るもヤになったか? ならみ~んな棄てちまう、木もへし折っちまう。聖彦さんのために作ったんだで、食うてもらわんと困るわ」
 真剣な眼差しの雪果。
 躊躇う聖彦。
聖彦「……、毒リンゴ、じゃないよな…」
雪果「食ってみ? どうせ死んでも生きけぇるわ、白雪姫とおんなじように」
 葛藤する聖彦、食べるか否か。然し食欲と好奇心には逆らえない。
 両手でリンゴを受け取る。恐る恐る口に近付ける、歯を立て、小さく一齧り。カリッと乾いた音、シャリシャリと瑞々しい食感。ゆっくりと咀嚼、ゴクリと喉を鳴らし飲み込む。再度リンゴをじっと見る。毒ではない事を確認、そして襲い掛かる魅惑の味に興奮。二口、三口、大きめに勢いよく齧る。膨らんだ頬、口の中の欠片を噛み砕きながら、更に齧る。完食、芯を投げ捨てる。身近な箱を漁る。片手に一個ずつ、一心不乱に齧る。赤い果汁が衣服や周囲に飛び散り、聖彦の口からも零れ落ちる。自然と両目から流れる涙、あの時と同じ感動が甦る。満面の笑み。こんなにも美味しいリンゴは食べたことが無いと。手が止まらず、尚も齧り続ける。ふと身体に異変。視界がぼやける、鼻血、全身汗まみれ、激しい動機。リンゴを落とす。よろけて棚にぶつかる。むせる。雪果を見る、全裸で妖しく微笑む顔がサイケデリックな模様の中に浮かぶ。宛ら薬物中毒の幻覚。
 雪果「やっぱうめぇかぁ、わしのリンゴは」

*****
〇病院(後日・昼頃)
 大部屋。窓際のベッド。テーブルに〈農協職員〉〈複数のリンゴ園〉からの見舞金。傍に座る雪果、果物ナイフでリンゴを切り、ウサギを作る。
 見舞いに訪れる姉と保育園児~小学校低学年の曾孫三人。姉の手に二つの紙袋。
姉 「雪果! 聞いたよ、リンゴ泥棒にやられたって!?」
雪果「夜に見回りしとったら出くわした言うて」
姉 「ありゃまぁ、こんなになって。一人で立ち向かうのはイイけどね、男だからって無茶するもんじゃないよ」
雪果「そいでも捕まったでな。自分らで食うに盗ってたらしいで、外国人」
曾孫「ひぃ~じぃ~ちゃぁ~ん。だいじょ~ぶぅ~?」
祖父「心配しんぺぇねぇ、毎日牛乳飲んどるで。どれ、盗人懲らしめた話聞かせるわ」
 顔にガーゼ、腕に包帯を巻いた祖父。行儀よく椅子に座る曾孫達。
 紙袋の一つを雪果に渡す姉。
姉 「早いけど誕プレ。冬休み帰るか分からんから。よろしく言っといてな、トシ君に」

*****
〇自宅(朝・聖彦事件から数日後)
 居間。テーブルに二人分の食事。トースト、ゆで卵、姫リンゴジュースとジャム。
 電話する雪果、相手は農協。
雪果「わりぃけぇど、今日もお休みさせてもらうわ。来週には治るかもしれんで。風邪じゃねぇ、毒リンゴに当たっちまっただわ」

〇聖彦の部屋
 ベッドに横たわる聖彦。顔面蒼白、ぽっかり開いた口、宛ら死人。
 傍の椅子に腰掛ける雪果。手には農薬のボトル、哀しげな顔で見つめる。
雪果「三日ぐれぇお腹いてぇの我慢するだけだったにな。リンゴで遊びよってけしからんて、バチ当たったんずら…」
 聖彦を見つめる雪果。怒りや嫉妬は無く、愛する人を想う顔。
雪果「昔な、おかしな子に会ったんで、わしとおんなじくれぇの年でな、泣きながらリンゴ食うんだわ。泣くほど不味まじいなら食うなて親に叱られとるに、あるもん全部平らげちまって。もっとくれ言うてみ~んな買っていきおった。爺様から苗もろうて、わしが初めて育てたリンゴをな、嬉しそうにリュックに詰めとったわ…。まさか年取って会うとは思わなんだで。これが運命の出会いなんだろかね」
 [回想:十年程前の収穫祭。リンゴの販売ブース。十歳位の二人。テーブルに大皿、一口サイズのリンゴを泣きながら鷲掴みにして食べる聖彦。母親の後ろに隠れて様子を伺う雪果、夢中で頬張る聖彦に不思議な感情(幸せや恋心)が芽生える。嬉しそうにリンゴが詰まったリュックを背負う聖彦、両手にもビニール袋を提げる]
 聖彦の冷めた頬に手を当てる雪果、ゆっくりと顔を近づける。
雪果「ヤキモチ焼いてたんだわ、リンゴばっか見よる聖彦さんに。でもな、わしゃ幸せもんだで。わしのリンゴ、うめぇ言うて食ってた人と一緒になれて。ごめんな、聖彦さん。たんと食わせたかったに…」
 聖彦にキス、不慣れ故に下唇を甘噛みする。
 壁のカレンダーを見つめる。〈12/24・25〉(両方平日)に〇印、〈有休〉〈誕生日〉の文字。洗濯ばさみで留められた東京のレストラン・ホテルのチラシと予約の控え。
 雪果「貰えなんだな、プレゼント」

 〇雪果の部屋
 スーツ姿の雪果、片手にスマホ、警察に電話。
 ベッドに置かれたショルダーバッグ、倉庫の鍵、ジップロックに入った証拠品。針の先端にラップが巻かれた注射器、容器には微かに農薬が残る。例の白リンゴの芯、残った果肉が紫色に変色している。
雪果「上月です、先日はお世話になりました。ええ、捕まってホッとしてます、本人も自慢話が出来たと喜んでます。今日はスノーホワイトの件でお話が、でもその前に聖彦さんの事なんですけど…」
 聖彦の部屋から物音。
 様子を見に行く雪果。目を丸める。
 ゲホゲホと激しく咳き込む聖彦。
聖彦「…ゆ…、か…」

*****
〇農産物直売所(十一月下旬)
 特設テントに長蛇の列。紙の小皿にカットされた白リンゴ、提供する婦人会や園芸科の女子高生たち。最後尾に立つ職員、手には看板、〈スノーホワイト 試食会場〉。
 テント前に報道カメラ、レポするアナウンサー。
アナ「見て下さい、この長~い行列。SNSでも話題のリンゴ、スノーホワイトの試食会とあって、大勢の人で賑わっています。早速私も、いただきま~す!」

〇農協・会議室(直売所に隣接する建物)
 白リンゴの試食会。客や職員の手に陶器の小皿とフォーク。大皿に並ぶカットされたリンゴを取り、各々口にする。
 窓際に立つ聖彦。一人だけ皿は持たず、外にいる誰かを見つめている。
男客「このリンゴ、なんとも不思議ですね。肉や魚のような食感に、クセのある甘酸っぱ匂い。特にこの味。長年料理界に勤めておりますが、何と表現したら良いのか」
部長「でしたら担当の上月が。彼の奥様なんです、生みの親は」
男客「では参考までに。この味は一体何でしょう?」
聖彦「…雪果です」
 微笑む聖彦。視線の先、インタビューを受ける雪果。手には白リンゴ、光の加減で外皮に髑髏のような模様が見える。


『スノーホワイツポイズンバイト/白雪姫の毒の一噛み』  終

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