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児発がなぜSNSで発信を続けるのか

祝1000フォロワーライブしました
こんにちは、大久保です!

創業時から続けてきたインスタグラムのフォロワーが1000人を突破し、昨日は感謝ライブということで、「私たちがSNSで発信を続ける理由」についてお話ししました。(1000人ありがとーというと数名の方がフォローを外し900人代に戻るという…なんかあるあるですよねw)

そんなこんなで本来なら別にやらなくてもいいSNSの発信を業務の一環として行うことには意味があります。まずはたくさんの方に知っていただくということです。
今だに児童発達支援施設とはなんぞや、という質問が多くあったり、「保育園との違いは?」などまだまだ世の中に定着していない体感がございます。療育は、「そういう子がいくところだからうちは関係ない」というのが実際のところ。知らず知らずのうちに境界線をひき、他者と我が子を分けてしまいます。これがラベリングの始まりです。

私たちは子どもたちを国籍や病名・障がい名の有無で判断をいたしません。というもの、人はそれぞれ多様であるという観点を持っているからです。多様であることは豊かなことであり、喜ぶべきことです。もし世界に1種類の動物しか居なかったら?1つの映画しか、1つのアニメしかなかったら?Googleで検索しても「みかん」に対する回答しか出てこなかったら?みなさんはどう思うでしょうか。

昨今「普通」であることに安心し、目立たないように過ごしていく中で、自分自身の個性をしまい込んで苦しくなってしまう思春期の子どもたちをたくさん見てきました。自分、という個を隠し、自分を誤魔化しながら普通に普通の道を歩んでいくことが素晴らしいとされている世の中で「本音と建前」何という言葉も出てきました。
本音だけで生きれたらどれだけ楽でしょうか。やりたくないけど参加して、感想を求められると「楽しかった。」と言う。これは豊かな人生に必要なことでしょうか。

「協調性」という言葉がありますね。
協調性を持って行動できるか?という質問項目があったとしたら、私は直感的に「いいえ」と答えてしまいそう。なんとなくですが〈人に合わせてうまくやる〉という感じがするからです。しかし、実際の協調性という言葉の意味は、

異なった環境や立場に在する複数の者がお互いに助け合ったり譲り合ったりしながら同じ目標に向かって任務を遂行する性質
ウィキペディア

異なった環境や立場が前提となっている、ということです。そこに〈我慢して〉とか〈自分の意見は言わず〉などは含まれていないのです。他者を、傷つけることはもちろん良いことではありません。それとは別にご自身の思いをしっかりと伝えることは時により必要です。人の顔色を気にして自分の人生を生きられない、お子さんにそう育ってもらいたいでしょうか。自分のことを大切に思う気持ちから人のことも大切に思うことができますね。そのようなまずは周りの大人がつくる温かい環境の中で、子どもたちは自己肯定感と自分の意志を持ち育っていただけるような存在でありたいと療保園いろはは誕生しました。
そのためにはまず、子どもたちの周りの私たち職員やご家族の皆さんが自己犠牲というよろしくない見本から脱することです。結局のところ、美学のような自己犠牲の先には何も生まれない、というのが私の今の見解です。

児童発達支援施設として、療保園いろはを立ち上げたのは、上記に挙げたような環境が作れるのではないかと思ったからです。20人の同じ歳の子が集められるとどうしても優劣の視点が入ってしまいます。しかし、年齢別の縦割りで過ごすことにより、年齢すらも個性の一つになると考えています。曜日別に訪れる10名の子どもたちがその日を「楽しかった」と思ってもらえるように、職員一同精一杯取り組んでまいります。

療保園いろはは、楽しかった今日の次には、楽しい明日、そして楽しい未来が待っているよ!ということを伝えられる存在でありたい、そう思いながら子どもたちと毎日を楽しく過ごさせていただいています。

ご家族の皆様、お子様の大切な幼児期の時間をお任せいただきありがとうございます。
そして職員の皆様、たくさんの愛情と笑顔をありがとうございます。
その一部をSNSでの発信を続けることで、園の外にも伝わって微力ではありますが、少しづつみんなが生きやすい世の中になったらいいな、と思っています。

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