色街乙女™

西暦2073年。とある街に形成された巨大な色街。性風俗業界は遠い昔のようにふたたび閉鎖…

色街乙女™

西暦2073年。とある街に形成された巨大な色街。性風俗業界は遠い昔のようにふたたび閉鎖的となっていた。そんな街で生まれた4人の乙女。出生を明かし消えない烙印を背負いながら人生の悲哀を歌う。

最近の記事

立待月 第十六話

十六〈あやめ〉  今日は木曜日なので雑貨屋アイリスは定休日である。メンバーの都合で木曜会も休みだった。暖かく穏やかな晴天であった。  最近、駅前のロータリーから一本道を入ったところに、一軒の焼肉屋ができた。ひとり焼肉の専門店である。わたしはそこに焼肉を食べにきた。  店員に案内されて席に着くと、斜め向かいの入口付近には先客がいた。やたら美人の女子高校生だった。牛ホルモンを無闇に食べている。わたしはバラカルビ&牛タンセットであった。 「これ焼けた? まだだな。あ、これ焼

    • 立待月 第十五話

      十五〈セイ〉  金曜日の欽ちゃんである。今日はひさしぶりに店にきたエリカちゃんとロックンロール氏が手前の同じテーブルに、カウンターには僕と山崎くんとあやめ、スーツを着たどこかの会社の男五人グループが奥のテーブル席に座っていた。 「ホストに狂ってるか、バンドマンに金使ってるかそんな感じだよね。店じゃまじめな顔してても、遊んでるときはパッパラパーな感じだかんね。風俗嬢とまじめにつき合おうなんて無理無理。絶対彼氏いるし。クソみたいな生活を、たまに会う彼氏で癒して仕事してんだよ。

      • 立待月 第十四話

        十四〈あやめ〉  わたしは管轄の保健所に、衛生管理責任者講習を受けにきていた。雑貨屋アイリス内で、カフェを営業するためである。知らない人も多いが、飲食店を営業するのに調理師免許は不要なのである。  講習は公衆衛生学一時間、衛生法規二時間、食品衛生学三時間の合計六時間を一日で行う。それはもう退屈で、眠気との勝負になった。午前中の講習が終わると昼休みになり、弁当が支給された。弁当を食べながら、講習室の窓から見える必要以上に青い空を見て、こんなことをしている場合じゃないという気

        • 立待月 第十三話

          十三〈セイ〉  美しい月が出ている、十二月にしては寒さの厳しい夜だった。あやめと僕は欽ちゃんを出たあと、そのままお互いの自宅に帰ろうということになっていたのだが、あやめが家の鍵を雑貨屋アイリスに忘れていることに気づき、一緒に電車に乗って取りに来たのである。最初あやめは、勤務先だし慣れた道だからひとりで取りに行くと言っていたのだが、夜も遅いし酔っているしで心配なので、連れ立ってやってきた。家に帰って調べ物をしようとしていた自分の酔い覚ましにも丁度いいとも考えていた。  あや

        立待月 第十六話

          立待月 第十二話

          十二〈あやめ〉  ある木曜日の午後、ちょっと栄えたあたりまで出るので、結構ちゃんとした服装をして、古本屋に文庫本を買いに行った。夏のときと同じく、本屋のおっさんが万引きを警戒しているのか何度もわたしに視線を向けていて気持ち悪かった。  探していたのは太宰治の津軽だった。太宰の作品はいくつか持っていたが、津軽は持っていなかった。太宰が自分のルーツにせまっているという話を文壇バーのお客さんから聞いて、気になって探しにきたのである。個人店なので分類が不完全らしく、探すのにしばら

          立待月 第十二話

          立待月 第十一話

          十一〈セイ〉 「いやあ、いいねえ。めでたいねえ」  日曜日の晴れた昼前、きれいに陳列された商品ときれいに清掃された店構えを見て欽さんがかみしめるように言った。風はおだやかで、入口の一間のれんがかすかに揺れていた。角にあるお店なので、もう一辺にも入口があり、そこにも同じのれんがかかっていた。欽さんはお祝いを置いて、早々と帰っていった。  本日、ついにあやめが店長をつとめる「雑貨屋アイリス」が開店したのであった。アイリスの名は当然、菖蒲から取られた。命名はあやめだ。  レ

          立待月 第十一話

          立待月 第十話

          十〈あやめ〉  ブラジャーはしばらくノンワイヤーを使っていたのだが、前職の後輩から最近のはワイヤーブラのほうがいい! と聞いたのでしばらくワイヤーブラにしていた。しかし痛い。胸を強調する服なんか着ないから、やっぱりノンワイヤーでいいのかなという気がしていた。ちょうど木曜会なので、女子高校生の意見を聞いてみようと思った。  今回の木曜会には三人の女子高校生がきた。話題になったのは香水の話だったので、わたしにはチンプンカンプンだった。そこで例の彼を呼ぶことにした。彼は典型的な

          立待月 第十話

          立待月 第九話

          九〈セイ〉 よく晴れた日の昼頃、ある作業を手伝うために欽ちゃんに行った。 「なんだい、文学少年かい」 会うなり、欽さんが僕の持っている内田百閒の随筆を見てそう冷やかした。 「最近、内田百閒にハマっているんですよ。まとめて五冊くらい買っちゃいました」 「聞いたことない作家だなあ。ちょっとさ、商品の補充とかしちゃうから適当に座って待ってて」 「了解しました。百閒は夏目漱石の門下生なんですよ。独特の文体が面白いんです。頓知がきいていて。ああ、こんな言い回しができたらなぁ

          立待月 第九話

          立待月 第八話

          八〈あやめ〉 「セイくん、今日ガールズバーに行ってるってよ」  欽ちゃんがいつもの調子で言った。わたしは今日も欽ちゃんで飲んでいる。 「はあ? なんで?」  いつもの調子で言ったつもりだったが、攻撃的な口調になってしまった。そりゃ知らない女ばっかりいるところに飲みに行ってたら腹も立ちますよ。 「わからない。さっき飲みにきて、これから行くって言ってたよ。理由を聞く前にさらっと一杯飲んで出ていった」 「なにそれー。それってさあ、気つけで飲んでいったんでしょ。セイがそん

          立待月 第八話

          立待月 第七話

          七〈セイ〉  僕は少し前からベースに興味を持って、どうせやるならしっかりやりたいと思い、毎週日曜日に欽ちゃんでベース教室を開いている、欽さんの奥さんに教えを請うことにした。今日はその第一回目の教室だった。僕はさっき出された基礎練習をひたすらブンブンと鳴らしていた。一本一本の弦の音を切るのがきわめて難しい。 「そこはね、こうやって指を浮かせて――」  奥さんがひとつひとつおろそかにせず丁寧に指導してくれる。  そのとき、外から激しい自転車のブレーキ音がした。どうも欽ちゃ

          立待月 第七話

          立待月 第六話

          六〈あやめ〉  立てこもり事件から一週間ほど経った冬晴れの日、ひとりの若い女性が菖蒲家を尋ねてきた。菖蒲家といっても一戸建てに住んでいるわけではない。鏡合わせの二軒の平屋が廊下で繋がっているめずらしい物件に間借りしていた。  わたしたちは四畳半の畳敷きの部屋で、部屋には似つかわしくない高そうな紫檀の机を挟んで向かい合わせに腰を下ろしていた。座布団は焦茶の銘仙判だった。わたしは客にあたたかいルイボスティーを出していた。 「お忙しいところ突然お邪魔してしまってすみません」

          立待月 第六話

          立待月 第五話

          五〈セイ〉  さて、どこから回るか。僕とあやめは、昔あやめが勤めていた店舗があるアウトレットモールに来ていた。夏にあやめは派遣の仕事で訪れ指導係と対立し、しまいにはケンカをして退職したのである。しかし、アウトレットモールで仕事をするにあたって真由子さんのところに間借りをしはじめたので、いま思えば素晴らしい縁である。 「なつかしいっ。辞めてから一回も来てないんだよね」 あやめはモールのゲートをくぐったところで、ふと立ち止まって言った。首をうしろに傾けて空を見上げたり、その

          立待月 第五話

          立待月 第四話

          四〈あやめ〉  今日から旅行に行った欽ちゃん夫妻の代わりに、店を任されたわたしとセイは、居酒屋欽ちゃんをあやめ仕様にするための作業に取りかかっていた。べつに欽ちゃんのまま営業をすればいい話だが、自分仕様にしないと気が済まなかった。こういうこだわりは一見無駄のように思えるが、必ずいつか役に立つと思っている。 「欽ちゃんが戸車直してからすこぶる調子がいいんだよね。いままでのパワーで引くとそのうちぶっ壊すよ」  わたしは入口の引き戸に、開きやすいので注意と書いた紙を張った。開

          立待月 第四話

          立待月 第三話

          三〈セイ〉  たてこもり事件から数日後の夜だった。立てこもりの件は落ち着き、平静な日常が訪れていた。またいつかぶりかえすかもしれないが、ひとまずの平静を楽しんでいた。  欽ちゃんには金曜日の常連以外の客は少なかった。仕事で溜め込んだストレスを発散しながら酒を飲む人や、学校の先生や行事に対して不満を漏らし、コーラやジンジャーエールをおいしそうに飲む高校生などがいた。 グレープフルーツハイを飲んでいると、ストリートミュージシャンの演くんが、弾き語りを終えて、ギターを背負い、

          立待月 第三話

          立待月 第二話

          二〈あやめ〉  あたしはセイのマンションで酒を飲んでいた。オートロックのすぐれたマンションである。コンクリートで囲まれたマンションはしんしんと冷えて、ファンヒーターの風が届くエリアの外は多少のいら立ちを覚えるほど寒かった。セイの家のなかは相変わらず整理整頓されていて、生活感がなかった。いつか寝たベッドが妙に懐かしく、枕に顔をうずめたときの香りがよみがえってくるようだった。今日もまた、そこに顔をうずめるのかもしれない。安心感があるようで、不安感があるようでもあった。セイと過ご

          立待月 第二話

          立待月 第一話

          居酒屋欽ちゃんを中心に、あやめとの関係を順調に育んでゆくセイ。そこに美人女子高校生の千影があらわれる。セイは千影に振り回され、やがて自分を見失ってゆく。あらゆる出来事につきまとう性欲の影。すれ違う母と娘。性風俗の取材をもとにして野心的に描いた十六夜シリーズ完結編。 一〈セイ〉  ある年の十二月、僕は居酒屋欽ちゃんに遊びに来ていた。欽ちゃんは欽一郎さんとその奥さんのふたりでやっているお店で、はじめたのは十年前。現在の店舗に移転してからは四年が経っていた。  金曜日以外なら

          立待月 第一話