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SS【北へ】811字


ぼくは徒歩でただただ北へ向かって歩き続けた。目的地なんてない。ぼくの中に巣食うよく分からない虚しさを消し去りたかっただけだ。

海辺の寂れた公園で一休みしていると、見た目がぼくと同じ三十半ばくらいの旅人が、近くに宿はないかとたずねてきた。

ぼくはここに来るまでに目にした宿を教えてあげた。 

彼は目的もなく、ただただ徒歩で南へ向かって歩いているという。彼はぼくが同じような旅をしていることを知り驚いた。


運命の出会いとはこういうことを言うのかもしれない。意気投合したぼくたちはお互いの心の中に巣食う虚しさや苦しみを打ち明けた。この世界のルール。意図的に善と悪を作り出そうとする醜い争い。そしてどこへ行っても逃れられない人間関係の苦しみ。

別れ際、彼はぼくに言った。「ぼくはもう疲れたよ。この世界で生きることに疲れたんだ。じゃあ・・・・・・またいつか」と。

ぼくは返した。「おそらく二人とも帰りは電車に乗って帰るんじゃないかな。疲れ果て電車の中で眠ると思う。で、自分と同じような男がいたなと夢の中で笑うのさ」と。


ぼくはベンチに座り、手ぶらだけど心には重い荷物を背負いながら去っていく彼の背中を見つめていた。

彼の姿が見えなくなりそうになった時、ある熱い衝動がぼくの中に生まれた。


「生きるんだ!!」


ぼくは心の中で叫び、走り出した。そして彼に追いつくとこう言った。

「どうだい、今夜は二人で一杯やらないか?見ろよ、もうすぐ陽が沈む。早く例の宿へ急ごうじゃないか」

「じつはお金を持ってきていないんだ。何も持ってきてない。水も食料も。ただ最後に誰かと話したくなったんだ。この辺境の地で」


ぼくは笑った。心の底から笑った。


「よし!! それならなおさら急ごう。今夜の宿代と飲み代はぼくの奢りだ。新しい友人だから特別だぞ!! ぼくたちの旅は、たった今始まったばかりだ」

ぼくたちは予約も取っていない宿へ向かって意気揚々と歩き出した。

「きっと今夜は酒がうまい」


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