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SS【浄化の炎】1105文字


地上が見渡す限りの銀世界になる季節。

地の底にある奈落の住人たちは寒さに苦しんでいました。

陽の光の届かない奈落とはいえ、とうの昔に肉体を失い、意識だけの存在となった彼らが苦しむのには理由があります。

肉体を持って生きることへの執着が、あるはずのない苦しみを生み出しているのです。


彼らが棲む暗闇の世界を照らすのは、炎が生む灯火。

それは彼らが灯した炎ではなく、遥か昔から無数に点在します。

まるで油でも染み出ているかのように、決して消えることはない炎。

地底から勢いよく吹き上がるその炎は、奈落に光と熱の恩恵を与えてくれることから、彼らはそのすぐそばを生活の拠点にしていました。


お互いを決して信用せず、欲望と損得感情だけで動く彼らであっても、何があっても消えることのない炎にだけは敬意をはらっていました。

それがなければ彼らは寒さと飢えに苦しむことになるからです。


しかし年が経つにつれて炎の勢いは弱まり、奈落が完全な暗闇に包まれるのも時間の問題ではないかと噂されるようになりました。

すでに死んでいる彼らは、奈落が暗闇に包まれても存在することはできます。

ただそれでは身動きをとることもできず、暗闇の中でジッとたえることになるのです。

彼らには食欲も残っているので、生きるために闇の中でお互いを狩り始めるかもしれません。


まさに地獄です。



そんなある日、さいきん奈落にやってきた女がこんなことを言いました。


「炎の勢いが弱くなっているのは、きっと地上の人間どもが、私たちにとって貴重な原油を発掘し続けているからよ」と。


そのことを耳にした奈落に棲む者の中でもかなり古株の男がこう言いました。


「これは地上の奴らと我々との生存をかけた戦争だ!! だが悪くない。奴らがくみあげる油と一緒に地上へ脱出する好機でもあるからな」と。


暗く居心地の悪い奈落に閉じこもる彼らにとって、地上へ脱出するための唯一の可能性だと男は住人たちにうったえました。


そして男の思わく通り、一部の「勇気ある」者たちは、真っ黒な原油とともに地上に出ることに成功したのです。

しかし地上の人間たちは、生産工程で発生したガスをそのまま大気中に放散すると危険であるため燃やしていました。

それらは、いえ、「彼ら」は余剰ガスや廃ガスなどと呼ばれています。

巨大なロウソクのように高い煙突から燃える炎。



奈落は一度落ちると容易に抜け出すことはできません。

ただ一つだけ方法があるとすれば、炎によって魂が浄化された時です。


それからしばらく経って、奈落では以前のように地底から無数の炎が勢いよく吹き上げています。

地上に出て燃やされた一部の者たちの魂がどこへ行ったのかは、誰にも知るよしはありません。


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