見出し画像

SS【苦手なあいつ】830字

夕方から深夜にかけての三連勤を終えたぼくは、自分へのご褒美としてポテトチップスを買うために二十四時間スーパーへと足を運んだ。

いつもの通り店内に人は少ない。ただ、その静寂を破るのが、ぼくが苦手なあの装置だった。

あの装置、正式な名前はわからない。ぼくの中では「おしゃべりセンサー」だ。近づくとセンサーが反応し、売り込みの声が店内に響く。あの広告音声は、深夜には心臓に悪い。

今夜もポテトチップスのコーナーに向かう。ぼくは心の中で祈る。「再生するなよ、再生するなよ・・・」しかし祈りは届かない。

「お疲れ様です!! 今夜は新発売のうま辛バーベキュー味はいかがですか?一晩で完売の大人気商品ですよ!!」

思わず、手が伸びる。新しいパッケージのチップスを手にとる。しかし、その瞬間、またあの声が・・・

「その商品、本日特価でお買い得ですよ!!この機会をお見逃しなく!!」

驚きのあまり、手からポテトチップスが落ちそうになる。

これからも夜中にポテトチップスを買うたび、その声に驚くだろうな。それは歓迎できない。そこで、ぼくはある作戦を思いついた。ショッピングカートを手に取り、いつものポテトチップスコーナーから少し離れたところに立った。そして「えい!」と力強くカートを押し出す。カートは店内を颯爽と駆け抜け、ポテトチップスのコーナーへ。

「お疲れ様です!! 今夜は新発売の・・・」

声が響き渡る。しかし、声の主と直接対峙するのは、あのカートだけだ。ぼくは声が止むのを待つ。

ついに声が終わり、カートの役目も終わった。それを合図にぼくは素早く移動。まだ反応していないセンサーの範囲へと進む。ポテトチップス棚に到達し、新発売のうま辛バーベキュー味を手に入れた。

ビールも買って帰路についた。勝利の美酒に酔いしれるつもりだったが、新発売のうま辛バーベキュー味は全然おいしくなかった。なるほど、これが敗北だ。

今ごろおしゃべりセンサーが次の標的に狙いを定めているかもしれない。やはりあいつは苦手だ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?