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Young VANGUARD ~Draco~②


3. 仲間 - 下 -

「権力の前では名前を呼び合わないように。勿論、ドラコの名前もだ」
 警察署に向かう飛行船の中で、レオンは十数人の“有志”たちに指示した。
 ドラコの逮捕から10日ほどが経つが、伐採作業はまったく進んでいない。委員会が萎縮せずに座り込みを続けていることそのものに警察は圧倒され、遠巻きに警告を発するばかりで強制排除に踏み切れないのだ。
「でも正直、意外だな」トリトンは隣の席の仲間に声をかけた。「まさか、オリオンが来てくれるなんて」
「見張っておかないと、何をしでかすか分からないからな」腕を組んだオリオンは溜め息を吐いた。「特に、そこで偉そうに指図しているレオンは」
「お前に見張られたからって、やることは変わらないけどね」レオンは一蹴した。
「はい、はい。喧嘩しない」トリトンは2人を宥めた。「もうすぐ、到着だよ。現場で仲間割れするのが、一番だめだからね」

 留置場の独房の中で、ドラコは外の仲間たちに思いを馳せていた。
 昨日の弁護士接見で、工場反対集会が成功を収めたことを聞いた。警官隊が物々しく“警備”し記録を取る中、普段は大人しいトリトンが大声でドラコの即時釈放を訴えたという。
 今日は、弁護士が請求した勾留理由開示公判。数日ぶりに、仲間の顔を拝めるはずだ。裁判所が指定した勾留期限も今日だが、おそらくそれは延長されるだろう。
「102番」房の扉を開けて、看守がドラコの留置番号を呼んだ。「裁判所から、通達が来た」
 ドラコは一枚の書面を見せられた。そこには、検察が請求していた勾留の延長を却下する旨が記載されていた。
「開示公判は」ドラコは尋ねた。
「中止だ」看守はぶっきらぼうに答えた。「早く出ろ。向こうの部屋で、所持品を返還する」

 警察署の門前で抗議していたトリトンたちに、釈放の報は伝わっていなかった。ドラコは驚きと歓喜をもって出迎えられた。
「裁判所は、開示公判をやりたくなかったんだろうね」
 ドラコを乗せて会館に向かう飛行船の中で、トリトンは言った。
「まともな“勾留理由”なんて、あったはずがないから」
「みんなが怯まずに闘ってくれたお陰だ」ドラコはトリトンやレオンに謝意を述べた。「今日から、また座り込みに行ける」
「そのことなんだけど」トリトンは告げた。「実は昨日、工場計画が白紙撤回されて」
「本当か。やったじゃないか」
「それが、“やった”とも言えないんだがな」オリオンは釘を刺した。「撤回の理由は、“予定地が夜襲を受けて作業が困難になった”からだと」
「夜襲?」
「シバマツの発表を見て、俺たちも現場を確かめに行ったんだけど」レオンは説明した。「フェンスはおろか、道路も滅茶苦茶だった。勿論そんなことをした委員はいないし、そもそもあれは人間業じゃない」
「問題は、自然にああなるわけもないということだ」オリオンは眉を顰めた。「政府は既に、“テロを許さない”という声明を出している。ネットでは憶測が飛び交って、会館の電話にも問い合わせ殺到だ」
「欲しいくらいだけどね」レオンは微笑した。「大資本(シバマツ)をねじ伏せるほどの力なら」
「力、か……」ドラコは考え込んだ。
「冗談でも、マラトンの前では言うなよ」オリオンは頭を抱えた。「ただでさえ、ノイローゼ気味なんだから」
「とにかく、帰ったらゆっくり休みな」トリトンはドラコの肩に手を置いた。「その後、みんなで飲もうよ」

《陛下は憂えておられるのだぞ》
 その夜、オリオンは自宅で、電話越しにカニスから叱責を受けていた。
《火星処分では、系民の反感を買い過ぎたと》
「心得ております」オリオンは内心、火星で機獣の襲撃に巻き込まれかけたことを思い出した。「ですから、“地球は内側から崩せ”との仰せのままに——」
《その結果が、この体たらくか》カニスは追及した。《裁判所はあっさりドラコを釈放、工場計画も水の泡。これでは、委員会(やつら)が勢いづくばかりではないか》
「夜襲の件は、委員会にも影を落としておりますが」
《大地(テラ)の仕業に決まっておろう。奴は、必ず委員会の中にいる》
「承りました。早急に、正体を突き止めます」
 カニスが電話を切ったことを確認すると、オリオンは舌打ちをした。
「なんで、あの軍人が俺の司令塔なんだ」

4. 孤立

 今から思えば、オリオンが勝利感に水を差したのはきわめて意識的だった。民衆に変革の力を自覚させないこと、それが支配というものの基本戦略だ。
 とはいえ、地球民の団結とは無関係の“夜襲”が委員会(おれたち)を混迷させたことも否定できない。当時はまさかレオンの仕業だとは思わなかったが、民衆を束ねるべき委員の行動としては無責任だったのだ。

回顧:After the Revolution

 奪還されたドラコが初めて出席した会議で話し合われたのは、“夜襲”についての委員会声明だった。
 議題の提起者はマラトンだ。読み上げられた声明の草稿は、“自治委員会は夜襲に関知しておらず、違法な暴力行為を奨励するものでもない”という内容だった。
「何だ、これは」ドラコは異議を挟んだ。「こんな言い訳がましい声明で、誰が獲得されると思う」
「言い訳も何も、本当に濡れ衣じゃないか」マラトンは声を荒げた。「お前こそ、テロ組織だと思われてる委員会に誰がついてくるっていうんだ」
「死の商人に怒りの鉄槌が下るのは当然だ」ドラコは言い切った。「先頭で旗を振るはずの委員会が、後れを取った。あまつさえ、“テロ非難”の側に付くなんてありえない」
「意味がわかんねえよ」周りの委員たちがざわつく中で、マラトンは首を振った。「あれを、委員会(おれたち)でやるべきだったっていうのか」
「まあ、それは現実的じゃないと思うけど」レオンが割って入った。「帝国法を価値判断の根拠にするのは、惑星自治の自殺でしょ。関知してないってことは言ったらいいけど、抗議すべきなのはネガキャンであって夜襲ではないんじゃない?」
「今の意見で、落とし所が見えたかと思いますが」ウェスタは議事をまとめようとした。「つまり、『違法な暴力行為を奨励するものではない』という部分を書き換えれば……」
「“まずもって、工場建設こそ許しがたい暴挙だった”」トリトンは発言した。「これは今までも言ってきたし、今回も言うべきだと思う」
 レオンとトリトンが加筆した声明案は、賛成多数で採択された。ドラコとマラトン、そしてオリオンは棄権した。

「トリトンは、あれでよかったのか」
 中庭のベンチに腰を下ろして、ドラコは尋ねた。
「帝政支配が崩壊の兆しを見せてるという時に、あんな中途半端な声明で」
「まあ、今の委員会ではあれが精一杯かなって」トリトンは隣で苦笑した。「レオンの提案でまとまっただけでも、進歩してる方だよ」
「確かに、みんな“警察がひどい”とは言うようになったけどな。それが帝国秩序の本性なのに、いつまで“違法”だの“暴力”だの言ってるんだ」
「どんなに出鱈目でガタガタでも、体制を覆すことなんて思いもよらないのかもね」
「だとしたら、反戦も反軍も据わらないはずだ」
 ドラコは工場反対運動の課題を想起した。
「帝国が帝国でありながら、兵力だけ手放すなんてことはないからな」
「それで思い出した、オリオンのこと」トリトンは珍しく、仲間である自治委員——この時はまだ、ドラコもトリトンもそう思っていた——への憤りをあらわにした。「ドラコが捕まってる間、何て言ってたと思う? “アンタレスが攻めて来た時のために、軍備も必要なんだ”って」
「トリトンの前で、そう言ったのか。それは、一線越えてるだろ」
「その時は、レオンもマラトンも窘めてくれた」
そのこともあって、トリトンはそこまでマラトンに苛立っているわけではなかった。
「でも正直、委員会(ぼくら)だけで工場計画を止められた自信もないんだよね」
 トリトンは続けた。
「もし、例の夜襲がなかったらって思うと……」
「警察が牛蒡抜きを始める前に、ウェスタが撤収の合図を出してたろうな」ドラコは想像した。「だけど、皇帝(エンペラー)が負け犬の声明(とおぼえ)一つで幕を引くはずもない」
「こっちの声明も、弾圧(たま)除けにはならないだろうしね。仮に、マラトンの案のままだったとしても」
「弾圧そのものより、内側から崩れるのが心配だよ」ドラコは俯いた。「いずれにせよ、このままじゃ火星の二の舞だ」

Epilogue

 一連の事件から、2年が経過した。
 その間、地球の委員が逮捕されるほどの波乱はなかったが、火星では基地建設が急速に進行していった。計画が白紙化されたシバマツの工場も結局は火星で建設が開始され、騒音に怒る住民が押し寄せると現場監督が「恨むなら地球委員会を恨め」と言い放つのだった。
——もっと、力があれば……——
 ドラコは焦燥と無力感に苛まれ、眠れない夜が続いていた。

 ある晩、ドラコは不思議な夢を見た。
 まるでミニチュアのような山林に囲まれて、ドラコは背中の翼を拡げた金ピカのロボットと対峙していた。ドラコの肢体も空色の光を放ち、体表はよく見えないが何やら普通の身体とは違うようだった。
 ドラコが左腕のブレスレットに右手をかざすと、ブレスレットはドリル仕様の武器に変化した。ドラコは回転するドリルを金色のロボットに突き付けたが、直ちに跳ね返されてしまった。
 地面に膝をついたドラコの前に、空から虹色に輝く透明な結晶がゆっくりと降りてきた。ドラコが結晶に手を伸ばすと、虹色の強い光がドラコの視界を覆った——。

——英雄(ヒーロー)なんて、何処にもいない
明日は僕らが創る——
 ドラコは不機嫌そうに目を覚まし、アラームの音楽を止めた。
 起きなければ、という義務感はあるが、身体が動かない。額に押し当てた左腕には、青と白の糸で編まれたミサンガが通してあった。

『VANGUARD: Power Titans』に続く)

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