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気候変動をどう伝えるか。vol. 1

気候変動と言われて何を思い浮かべますか?

自分の頭に浮かぶのは、台風・洪水・森林火災とかの報道写真。

シロクマとかツバルの島が思い浮かんだ人もいるかもしれません。

今学期"Imagining Climate Change"(気候変動をどう想像するか)という授業を受けていて、その中で一番印象的だったのが、「科学的な事実だけでは人は説得できない。」ということでした。

気候変動運動の中でも、気候変動の科学はずっと明確に危機を伝えているってグレタも言っている。僕自身も科学が今CO2排出量を減らさなければ、気温上昇によって台風や山火事などの気候変動がより深刻化するという事実に裏打ちされて運動に参加しているが、科学者はずっとその警告を出し続けてきた。しかし人々は問題に気づき行動することができてこなかったのか。科学的な報告の97.1%(1991年〜2011年)が人間によって地球温暖化は起こっていると言う科学的な一致に基づいて書かれているにも関わらず、なぜ人々は気候変動に取り組むことが遅れてしまったのか。

何回かに分けてこの問いへの答えとして学んだことを書いていきたいと思いますが、一番大きい要因はこれです。

それは人々は「自分自身の文化的な背景やアイデンティティに反する事実は受け入れることができない」から。

"How Culture Shapes the Climate Change Debate"(邦訳:文化はどのように気候変動の議論を作り上げるか, 1)では「私たちは自分が科学者のように論理的にデータやモデルを分析しているように思っていますが、実際は弁護士のように先に決められた結論にたどり着くような理由づけをしています。多くの場合その結論は、私たちの価値観や文化的な背景に大きく左右されます。」(Hoffman 16)と語っています。

結局のところ、私たちは自分たちが所属している文化的集団(家族・学校・地域など)の常識や信用に基づいて作られたフィルターを通して、気候変動の事実を受け入れているにすぎないと作者のAndrew Hoffmanは言っています。なので、自分のアイデンティティとそぐわない事実はたとえ科学的に正しくても受け入れることは難しいということになります。

これをとてもよく表しているのが、気候変動に危機感を持っている人と、全く気にしていない/疑っている人たちがどのような集団かを調べた"Six Americas"と言うYale PCCCが出している報告(2)です。

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(写真:Hoffman 11)

2013年当時の報告では、気候変動に危機感を持っている"Alarmed"の層では、大学卒で、収入が比較的高く、平等主義的で政府の規制などによる平等を支持している中高年(55~64才)の女性が多く当てはまっていました。

その一方最も気候変動に否定的だった"Dismissive"の層は、高収入で、大学卒など高いレベルの教育を受けた、キリスト教の信仰心の強い保守的な白人男性が特に多く、政府の介入よりも個人主義的な考えを持っていることが分かっています。

そして危機感を持っている層は政治的に特にリベラル(民主党)、懐疑的な層は政治的に保守的(共和党)が多いと言う結果でした。

結果の傾向は二大政党制ではない日本でやったらそこそこ異なると思います。ただこの報告で面白いのが、必ずしも高い教育を受けていることが気候変動の理解に繋がるとは限らないということです。よく気候変動に懐疑的なのは「科学を十分理解できるだけの教育を受けていないからだ」、という意見がありますが必ずしもそうではないことが分かります。

「私たちはもともと持っている考えに合う議論やエビデンスをより支持する傾向にある。」(Hoffman 17)

気候変動への原因となっているのは化石燃料産業、そしてその産業に依存している私たち自身にままならない。多くの場合、気候変動対策は炭素税やCO2排出の規制などの政府による市場への介入が解決策として多く語られることが多いです。また多くの場合その主張をしているのは、米国ではリベラルな民主党に特に多いことになります。

結果として保守的な人々はたとえ科学を理解する能力があったとしても、政府によるコントロールが強くなることへの抵抗、自分たちが今まで作り上げてきた産業が問題の元凶として否定されることへの拒絶などを起こして、気候変動を事実として受け入れることが出来なくなってしまいます。もし受け入れられても特に問題としては気にしない状況が起きてしまう。

もともと持っている価値観や政治的な立場に大きく左右されることが分かります。

さらに人々がメッセージを信用できない時に影響を与える重要な4つの要素があります。

- メッセンジャーが信用できない
- メッセージの内容が信用できない
- メッセージが生み出された経緯が信用できない
- メッセージで示されている解決策を信用できない

以上の4つの要素が自分の文化や価値観と合う内容でなければ信用を勝ち取ることができないことになります。

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今までの気候変動の議論は誰に伝えられてきたのかを振り返ると、アメリカではアル・ゴア元副大統領(民主党)が一番有名です。これは授業を受けていて驚いたんですが、ブッシュと大統領選で争ったアルゴアはアメリカの保守層からは目の敵にされているそう。つまり保守の人たちからすれば

気候変動=アルゴアがなんか言っている話→敵が言っている話→嘘に違いない。

ということになってしまいます。

他にもメッセージの生み出された経緯などについては、Climate Denier(気候変動否定派)が特に「科学は不確実だ」「研究資金目当ての科学者がわざと作り出した」というアピールを強くしていることにより、科学自体の作り出すメッセージが信頼されなくなってしまったことにも繋がっていると言います。

なので、この視点でアルゴアの「不都合な真実」を見ると気候変動とは関係ない、アルゴア自身に関する描写がとても多いことに気づきます。

幼い頃に農場で射撃をしたりしながら育ったこと、父親として子供を事故で失いそうになったことなどなど。これもアルゴアのメッセンジャーとしての信頼性を高めることに役立っていると授業で話しました。

射撃は銃保持の権利を強く主張しているアメリカの保守層へのアピールを行なったり、父親としての一面を見せることで子供を持っている視聴者が共感しやすくなる。保守的な視聴者に、ゴアも同じ価値観を共有していると示すことで同じグループの仲間だと認識してもらいやすくなります。

映画の構成自体も、プレゼンテーション→経験談→プレゼン→経験談→プレゼン... と言った流れになっていて、見ていく中でかなり感情を揺さぶられるような構成になっているなと思いました。

気候変動はかなり国際的な問題ですが、よくよく見るとアメリカの愛国主義へのアピールがかなり強い映画であることがわかります。ただ科学的な知識を彼が伝えるだけでは拒絶されてしまう。なので、「気候変動は偉大なアメリカにとってのさらなるチャレンジである」というナショナリズムに訴えるようなメッセージを伝えることで、より保守層にも問題を信じてもらうことを意図しています。

今回の話ではかなり、気候変動運動と懐疑的な人たちとのコミュニケーションの対立の話を良く引き合いに出しましたが、メッセージとして伝えたいのは

「ただ科学的な事実を伝えるだけでは人は説得できない。相手の文化的な背景・価値観に合うようなメッセージを作ることが不可欠」

ということです。

個人的に日本では政府が2050年温室効果ガス排出実質ゼロの方針を出したり、小泉大臣が気候変動担当大臣を兼務したりと2020年から社会が気候変動対策に舵を切り始めたと感じています。ただ今後も具体的な気候変動対策を求めて、市民や企業・自治体など様々な集団の人々を巻き込んでいく時や、政策提言をしていく時、事実を事実のまま伝えるのではなく、相手はどんな価値観を持っているのかを踏まえてメッセージを作ることがとても重要になると思います。

アクティビストである自分自身も、自分はどのようなメッセンジャーに見えているのか、自分が提案している解決策は相手の価値観に合うような伝え方になっているだろうか。ということを常に念頭に置いて活動をする必要があるなと思っています。

次はホッキョクグマと気候変動のフレーミングについて書こうかと思っています。

参考・引用文献

"How Culture Shapes The Climate Change Debate" Andrew J. Hoffman

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