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雑文(29)「死神のせいだ」

 死神のせいだ。
 ばあちゃんが死んだのは死神のせいだ。
 僕は、大手某ハンバーガーチェーン店店舗の窓際の席に座って、向かい側にはそいつが座っていた。
 そいつはストローを咥えて旨そうにコラコーラをちゅるちゅる吸っていた。
「なんで、ばあちゃんを殺したんだよ」
 僕は言った。
 そいつは、喪服の男は言う。
「人違いだ。おれは君のばあちゃんを殺していない」
「じゃあなんで」僕は言う。「ばあちゃんが死んだ日、病室に居たんだよ」
「たまたまだ」
「たまたま?」僕は声を大きくする。「たまたま居て、その日にばあちゃんが死んだ。なんでだよ。嘘つくなよ。嘘つくならもっと本当っぽい嘘をつけよ」僕はそう言って月見バーガーをかじる。
「嘘じゃない」喪服の男は言う。「おれは関係ない。君のばあちゃんは」
「嘘つくなよっ」僕は叫んだ。店内が一瞬静かになってまた騒がしくなる。「コロナな。五類になったんだよ。なんでばあちゃんがコロナで死ぬんだよ」
「五類と云っても弱毒化されたわけじゃない」と言って、喪服の男はコラコーラを飲んだ。
「だから。タイミングだよ。あんたが来た日に、その数時間後にばあちゃんは死んだんだよ。あんなに元気だったのに、あんたが来てから体調が急変したんだよ」僕は昂奮にして両手で掴んでいた月見バーガーがぐちょりと平らに潰れた。
「だから違うって。おれは無関係だ。君のばあちゃんの死とは無関係だよ」喪服の男は言った。コラコーラを飲み干したようで、僕の目を見ながら訴えかけるように言った。
「死神なんだろ?」僕は核心をつく。
「死神?」喪服の男は嗤うよりきょとんとした。「漫画の読みすぎだ」
「小説だよ」僕は反論する。「伊坂幸太郎の『死神の精度』に出てくる死神にあんたはそっくりだ」
「死神に。おれがそっくり?」喪服の男は堪え切れずに大笑いした。店内が一瞬静かになってまた騒がしくなる。
「笑うなよ。死神なんだろ? 嘘つくならまともな嘘つけよ」僕は真っ赤になって喪服の男に言う。
「おれが死神で。だから君のばあちゃんは死んだ。傑作だな、これは」
「だから笑うなよ。死神、なんでばあちゃんの命を奪ったんだ。ばあちゃんにはまだまだお年玉を、僕が社会人になるまでは。あんたのせいだ。あんたのせいで」
「だからおれは無関係だって」喪服の男は肩をすくめて言う。「もういいか? おれは忙しいんだ。君がコラコーラを奢ってくれるって言うから大人しく座っていたが、もういいだろ? おれは行くよ。忙しいんだよ。君とのんびり雑談してる暇はないんだよ」喪服の男は腰を上げようとした。が、僕は、「逃げるなっ」と叫び、喪服の男は溜め息をつきながらまた腰を下ろした。店内はもう静かにならず騒がしいままだった。
「じゃあなんでばあちゃんは死んだんだよ。なんでばあちゃんは死んだんだ」僕は涙ぐみながら喪服の男に訊ねた。喪服の男は視線を上に上げながら頭の中を整理すると、真っ赤に瞳を充血させた僕に言った。
「死神のせいだ」
 喪服の男はそう言うと、僕の肩を軽く叩いて店内から出て行った。

  おわり

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