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雑文(98)「ゾンビのあとしまつ」

 手を合わせてやるしかできない。
 献花だって、数が合わない。
 あれから十年経つか。早いか遅いか。若いか老いたか。

 軽トラの荷台に放って、車体に凭れながら俺は、ピースを吸う。煙を吐いた。
 小春日和だ。風が快い。

 風化せずに当時のままだ。復興の目処は立っていない。国の中枢は壊滅した。未だに国は機能不全だ。だから民間に業務が回ってくる。幸か不幸か、忙しさは変わらない。

 街中の至る場所に、それは供養されずに放置されてある。朽ちずに生前の面影を残して。
 勝手に処分できない規定だから、念のため地区の役場で身内照合にかけるが、不合致がほとんどで、身元不明扱いになる。身内の生死が不明な場合、引取り手続きに進めず、機械が自動で判断する。役場は無人だから誰も許可できないのだ。届け出の受理さえ不明確だ。

 区域の除染は完了し、厳重な防護服を着ずとも出歩けるが、いくら除染したといえど完全に菌が死滅したわけではない。いまも体内に潜んで新鮮な宿主を求めている。その証左に、出会した野良犬に変異を認め、先日猟銃で撃ったばかりだ。首輪を嵌めてあった。かつてどこかの家庭で飼われてたんだろう。人懐っこさを失い、犬本来の凶暴さで威嚇し、飢えに苦しんでいた。だから貴重な銃弾で仕留めてやった。

 なんのための録音かわからない。誰のためか自分のためか。正気を保つためだろうか。わからない。けれど、なにか喋ってないと気が狂いそうで、どこかで人だと肯定したいのか。

 施設に着くと荷台から地面に投げ降ろし、ある程度まとめるとキャスター付きの荷車に載せ、何往復か焼却炉まで運搬をくり返す。荷車から直接担ぐと炉内に一体ずつ収容し、流れ作業の手際で焼いていく。そこになんの感情も沸かない。手馴れたものだ。
 炉の厚いガラス窓から燃えるのが窺え、周囲に異臭が漂いはじめる。アマなら逃げ出すだろう。強烈な臭いだ。従順な火夫のように構わず作業を続けるしかない。仕事だから。そう。生き残りの務めだろう。

 休憩がてら屋外に出て、冷えた腰を叩きながら縮こまった背を伸ばすと、吹きさらしの天井から煙突の先端が見えた。そこから黒い煙が勢いよく昇っていた。煙は、潮風に逆らい、海岸方面へ流されてあった。
 なぜだか俺は次の焼却に戻らず、俺の足は消えゆく煙を追って、裸足で浜辺を駆けていた。

 それは、中頃から斜めに砕けた古びた灯台の螺旋階段入り口、鉄筋剥き出しのガレキ前に頽れるように、項垂れて居た。近くには、血で錆びた釘バットが落ちてあった。かなり前に、勇敢な若者に退治されたんだろう。
 色褪せた紺のブレザを着た、頭部の損傷が激しい女子高生だった。

 海が好きだった

 ゆっくり近づいて、背中の下に手を差し入れ、上体を起こしてやる。腕は細かく震え、変異の進んだ彼女の白く茹で上がった目玉を見つめる。所々に痛みはあるものの、十年の侵食はさほど目立たない。十年前の面影は変わっていない。
 迷わずに俺は、干涸びた唇に、唇を合わせる。吸った胞子が肺に取込まれ、血に混じると全身に巡る。自我を奪い、支配する。

 ずっと探してた

 ジャケットの内ポケットから拳銃を掴み出すと、銃口を咥え、なんの躊躇いもなく引き金を引いた。だが、弾は発射されない。なんどか引いて、あきらめた。手から拳銃が滑り落ち、視界が暗くなる。俺の手は最期、彼女の手を探り、掴んだ。

 あとしまつ任せるのは、誰もいない。

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