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夏休みのこと嫌いだからね

先日、双子が車内で喧嘩を始めた。仕事を終えて、学童に迎えに行った帰りだった。車用に置いてあるトムとジェリーのDVDのどの話を見るかで揉めており、心底どうでもいい喧嘩ですね?と静観しつつ、すっからかんの冷蔵庫を思う。夕飯の足しになにか買おうとセブンの駐車場に着いてギアをパーキングに入れたときに、その音は聞こえた。

ぼこん!

金属がやわらかいものに強くあたった音。振り返るとひとりが頭を手でおさえ今まさに泣かんと目になみなみと涙をため、もうひとりの手にはミッフィの水筒(柔らかいカバー付き)。まずい、と思った。瞬間、運転席を降りて後部座席ドアを開けた。頭から血が出てないこと、腫れてないことを確認し、汗がどっとわいた。わたしは震えそうなのどをぐぐっとおさえ、低い声で「その水筒が何でできてるか分かっとるか」と殴っただろう子に問うた。首をふる子の目にも涙が浮かんだ。「金属。水筒は金属でできてる。コナンでよく金属バットを使って人を殺すでしょう」うんうん小刻みにうなずく子はもう泣いていた。
「あんた!よっちゃんが死んでいいんかね!!!」
あーあ、セブンの駐車場で小1にキレる30代女性になってしまった。
「いやだ~~~~!」
それは嫌なのかよ。わたしだってこんなの嫌だよ。

夕方の、わりかし車の多い時間帯。海沿いのセブンイレブン。作業着のおじさんたち。エコバッグさげたお姉さん。みんながこっちを見ているのを背中に感じた。ためいきもでない。すっかり興奮し、息の上がったわたしは子に、二度としたらいかん、と小さな声で言った。子がどんな顔をしてたかは見てない。運転席に戻り「もう疲れたので帰ります」と言ってセブンには寄らず発車、トムとジェリーはうるさいので消した。車内は静かだった。帰宅すると冷蔵庫には想像してたより何もなくて、シケた夕飯になった。仕事でくたくたの夫が土鍋でゆでられた豆腐、大根、マロニーとちょこっとの豚肉、つまり具の少ない鍋、をポン酢で食べてるのを見て不憫に感じた。双子の殴られた方はとんでもなく怒ったわたしを見てビビったのか、帰宅してすぐに殴った方と和解。(そういえば、なんか思い出したけど、これに似たのを見たことあるな。悪いことをして警察署にいる息子を迎えに来た父が警察官の前で息子をぼこぼこにすることで結局お咎めなしになるやつ。映画「GO」だね。怒られる人を見ると許したくなるのかな。)

和解した双子は機嫌よくご飯を食べ、風呂で遊び続け、オリジナル曲を作って踊り、やっと22時に寝た。わたしは疲れ果てて洗濯と皿洗いで手一杯になり、もう23時。翌朝の子どものお弁当の仕込みを一切せず、歯も磨けずに寝た。

翌日、明らかに体調を崩していた。わたしが。全然起き上がれないし、やっとのことで歩くと血の気が引く。熱はなく、喉も痛くないからコロナじゃない。Applewatchを見ると、心拍数がいつもより多い。興奮しすぎたせいだ。あの「ぼこん!」が今でも思い出せる。子が子を殺したかも、と思う瞬間は今までで一番怖かった。だらだら起きて、プチトマト以外すべて冷凍食品のお弁当というものを初めて作った。茶色ばっかりでなんだか美味しくなさそう。気持ちが萎える。せめて卵焼きだけでも作ろうとしたけど、冷蔵庫に卵さえない。だってセブンに寄らなかったから…。

仕事中もお腹の中に根拠のない不安が横たわる。もう帰ろうかなと何度か天井を見上げたけど、その日はどうしても帰れない日で、夕方まで頭をぐらぐらさせて過ごす。「頭 勝手に 揺れる」で検索すると「病院に行きましょう」とAIが言う。行けたら行きます。

途中、同僚に「水筒事件」と称して笑い話をする。笑ってくれて助かった。少しだけ、出来事が遠くに行ってくれた。人に話すと起きたことが固定される。もう動かない過去になる。それが救いになることってたくさんある。

帰宅してもまだ体調がふるわず、夫には熱中症かも、と言ったけど、実際は自律神経の調子がちょこっと狂ったんじゃないか、と思う。夫が外食を提案してくれたけど、子に夕飯をリクエストされてたのでさっさと作る。夫がピーマンを切ってくれた。疲労困憊ってこういうことですね、と白目をむきそうになる。22時には寝て、朝3時に地震に起こされて、でも翌朝には元気になっていた。

この話から学ぶことは特にない。

これはきっと夏休みの洗礼だ。子どもたちは学童に行っても外は熱中症の危険があるからとせまい屋内で一日過ごし、外遊びができないストレスが家でのしょうもない喧嘩を増やし、あげく初めての硬い物質を使った暴力になった。そして毎日の弁当含めた家事に疲れ果てたわたしも判断力を失ってセブンの駐車場でキレ散らかした。

夏休み、お前のことを嫌いになりそうだ。いやもうすでにちょっと嫌いだ。夏休み、早く終われよ。早く、速やかに、迅速に、終われ。

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