ウツ婚!!相手の選び方編

体当たりアリ?〜愛してると言ってくれよ!〜



 婚活してりゃ恋にも落ちる。犬も歩けば棒に当たるんだから、メンヘラが婚活してりゃ棒くらいには当たる。怖いのは棒に当たった衝撃を恋と見誤ることだ。
 プール通いで少し引き締まった私は、次に区民ジムに通い始めた。夏になってプールは混んできたし、荷物も多いし、濡れた髪もめんどくさい。私はまたまた弟の部屋着を拝借し、さも「トレーニングウェアなんでこんな格好なんすよ」って顔して家からジムまでそのまま行った。平日午前の区民ジムはジジババばっかり。金は無いけど暇はあるニートの私は、定年退職後のジジババといく所がいつも丸かぶりだ。



 ジジババは婚活相手にならないし、私は真面目にトレーニングを開始した。自慢じゃないけど「アメトーーク!運動神経悪い芸人」に出られるくらいの身体能力を持つ私は、鏡に向かって己の滑稽さに耐えつつダンスやヨガをやるより、粛々と筋トレをする方がドリルをこなす様で向いていた。ジムの中で鏡を見ないでトレーニングしていると人間観察をすることになる。シルバーパスの話をしているジジババを眺めながら「バスに乗ってジムまで来て、ランニングマシーンで走るなんてマジ謎」とか罪もない老人に心の中で悪態をつきつつ、最軽量の負荷でマシーンを上げたり下げたりしていた。


 そんなやさぐれヒューマンウォッチングをする私の目に、突然パーフェクトヒューマンが飛び込んできた。若くて(周りが老人)イケメンで(周りが以下略)スポーツマンで(みんな筋トレ中)超タイプ!ていうか好き!トレーニングで出たアドレナリンに任せて、私は一目で恋に落ちた。そしてその彼を凝視することで辛い筋トレに耐えることにした。ジロジロ見た。思いっ切り見た。マシーンを上げ下げしながら見続けたので、興奮と負荷で目は血走っていたと思う。そんな私に彼は当然気付き、「何?誰?」と思いっ切り訝しんだ表情をしたけど、筋トレで脳も酸欠状態の私は相手の怪訝な表情を解する余裕もなく、ほぼハラスメントなウォッチングを続けた。


 するとその彼は「どこかでお会いしましたっけ?」と声を掛けてくださったのだ!奇跡!神!いる!急に有神論者になった私は「知っている方かと思ったのですが、お会いしていなければ知りませんよね」と小泉進次郎のような答弁を返し、畳み掛けるように「この近くにお住まいですか」と区民ジムなんだから近所に決まってるだろの進次郎構文をなおも繰り返した。困惑した彼は「ええ。。」と返した後、この全く先に進まない会話を打ち切るためか「終わったらお茶でもします?」と誘いをくださったのだ!神!いっぱいいる!更に多神論者にまでなった私は脊髄反射でYESと答えようと頷いたときに、ふと弟の部屋着が目に入った。ヤバイ。これは無い。焦った私は「ちょっとこの後予定があるんですけど!でも!是非!今度食事でも!」と傍らにあった区民便りに携帯番号を書きなぐった。そして畳み掛けるようにもう一枚区民便りを渡し、勢いで彼の番号も書かせた。筋トレよりも力技だった。




 後日食事は実現し、彼は大手デベロッパーにお勤めなので、空き時間にジムに来ていたこと。趣味はサーフィンで彼女はいないことを聞き出した。彼はちょっと高級で、でも堅苦しくないご飯処を選ぶのが得意で、その後は軽めのバーで少し飲んで「白馬の王子様見つかった?」と夢見心地にさせてくれた。全ての店で領収書を切る姿すら「さすがデベロッパー。。。」と私は盲目のお姫様になった。


 1回目のデートで彼は「周りの友達を見ているとやっぱ結婚っていいなって思う。遊んでたときもあったけど、もうそういうのは飽きた。次に付き合う子は結婚を考えてる」と言って、2回目のデートで「月美のこと真剣に考えてる。家に帰って月美がいたら嬉しいな」と言った。
 あーもう、キタコレ。ゴールインでしょ。付き合うって言われてないけど、帰り道にはキスしてるし。最後までしないでちゃんと家の下まで送り届けてくれるのも大事にされてるからだし。土日に会えないのも趣味のサーフィンで朝から海に行ってるからで、その間車に置きっ放しの携帯が繋がらないのも当然だと思った。


 ロマンスの神様に感謝しながら過ごす日々は最高に楽しくて、不安さえも恋の醍醐味だと信じた。路上での熱烈過ぎるボディタッチも「愛されてる!」って実感に変わった。彼の一挙手一投足が私をハラハラドキドキさせ、彼と一緒にいる時間だけが私にとって生きてる!って思える時間で、それ以外はただの待ち時間。

 こうして私はたった数回のデートで棒に当たった刺激に夢中になり、犬も歩けばどころか、全く出歩かず忠犬ハチ公になってご主人様に尻尾を振り続けた。刺激を恋と見誤る私は、彼の自宅に女が住んでいることが発覚したときが最高に燃えた。一向に自宅に呼ばない彼を疑うこともなかった私だが、彼の方が嘘をつき続けるのが面倒くさくなったか、私を舐めきったのか白状した。
 でも私はそれを聞いても「変な女に居着かれてるなんて可哀想!」と、そんな風に考えるお前が一番変な女だというツッコミには耳を塞いで突っ走った。そして自分の武器を発揮すれば、彼は私を選ぶと企んだ。つまりSEXしちゃえばこっちのもんだと思ったのである。当然、SEXなんて武器でもなんでもないし、私には全然違う魅力が他に沢山あるって今なら思えるけど、「メンヘラ・ニート・まだまだデブの三重苦を抱えている私にはそれしかない」って当時は本気で考えたのだ。


 メンヘラの暴走が想定の範囲内で収まるわけはない。彼といつも通り食事の約束をした私は、待ち合わせの時間まで大忙しで準備をした。まず、近くにあるラブホテルを検索し電話をかけて予約を取った。次にスーパーに行ってお惣菜を買って弁当箱に詰めた。彼の好きなハーゲンダッツの苺味を買って、保冷剤をギュウギュウに詰めたクーラーボックスに入れた。そして念入りに風呂に入り、こってりと化粧をして、髪をグルグルに巻いた。下着にも香水をかけて、ムンムンだかモンモンだかしながら待ち合わせ場所に向かった。やけに大荷物で鬼気迫る形相の私に、彼は自分に危機迫っていることを感じ取ったようだが「今日は行きたいところがあるの❤︎」と無理やりタクシーに押し込まれた。どうやらホテルに連れ込まれるということがわかると彼は「いや、飯食おうよ!俺腹減ってるし!」と必死のSOSを出したが「大丈夫❤︎お弁当作って来たから❤︎」とこの夏一番怖い話を聞かされ、今乗っているタクシーはドナドナであると悟った。



 結局、ラブホテルで弁当とハーゲンダッツを食わされた彼は、しっかり私も食った後に「ごめん。思ってたタイプと違うみたい」と想定外月美を振って、私は無神論者に戻った。
 どちらが棒で殴られたのかわからない話になってしまったが、この怪談には後日談もあって、彼はそれでも私をいわゆるセフレとして呼び続けたのである。お気付きの通り、一緒に住んでいる女は彼女じゃないけど妻だった。忠犬ハチ公も流石に目が覚め、今度こそは木偶の坊に当たりませんようにと祈りながら、また歩き始めるのであった。マジで愛するよりも愛されたいものだワン。



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