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韓国文学読書記録【5】20240115-0121

引き続きファン・ジョンウンを読んでいます。『誰でもない』の続きと『野蛮なアリスさん』。

主人公のミョンシルは、何かを書こうとして、ノートと万年筆を探している。ミョンシルは自覚がないけれども年老いていて、今自分がしていることも忘れてしまう。恋人のシリーは、本をたくさん遺してこの世を去った。ミョンシルはシリーと一緒に妹の家に行ったときのことなどを思い出す。 万年筆が好きなので出てくるだけでわくわくするし、とても美しい話だった。登場する生き物は、机と椅子!

主人公は引っ越してきたばかり。ある日、壁紙を貼ったのりでべたべたした床を7時間もかけてそうじしていると、〈上の階の者だ〉という女がドアをノックする。騒音について支離滅裂な話を聞かされた主人公は困惑する。今の家は静かなところが気に入っていたからだ。

それから、寝ようとする主人公の脳裏にさまざまな思いがよぎる。人間嫌いになる原因になった町、主人公の前に住んでいた老人が床につけたけもの道のような跡、お棺みたいな壁棚……。ふっと眠りかけたときに、上の階の人が飼っているという犬の夢を見る。

その後の展開が不条理で怖い。人に悩まされずにすむ権利を持たない、〈手段なき階級〉の苦痛の連鎖。

この夫婦は過去に大きな喪失を経験し、迷子のようになっている。お互いだけが頼りで、懸命に関係を維持しようとしているのに、悲しい記憶はふたりをじわじわと追い詰める。 これからどうしたらいいんだ、という絶望が重くのしかかってくるラスト。 わたしもヘルシンキ経由でプラハに行ったことがあるので、風景を思い出しながら読んだ。

〈DDのことを思うと、僕の顔の前に傘が一本広がる〉という一文でわかるとおり、『ディディの傘』に収められた「d」と設定が一部重なる。 DDが屋上部屋の下の道が見えるところに椅子を持ってきて座り、本を読みながら主人公を待っているくだりが好き。

語り手の「私」は白血病を患った母を看取って、〈人間らしさの条件は余力の有無〉と悟り、けものにならないようお金を稼がなきゃと思っている。デパートの布団売り場で働き、別に笑いたくはないが毎日笑っている。「私」が自らの笑いを〈わらわい〉と名付けるまでの出来事を描く。

従業員がお互いに憎しみ合う様子を「ふるポテ」にたとえたり、「ドゲザ」の本質を考察したり、クレーマーの持ってきた布団の臭いを描写するくだりなど、ファン・ジョンウン流のユーモアが冴える一編。 わたしもときどき書店員として働いているので、共感をおぼえるところが多くて笑ったしゾッとした。店員というのはほんとに、「誰でもない」「何でもない」人々として扱われやすいと思う。

〈そうした「誰でもない」人々の現実は、まぎれもなく二十一世紀の韓国のものだ〉と「訳者あとがき」にあるけれど、まぎれもなく21世紀の日本のものでもある。そしてわたしはファン・ジョンウンの「仮借ない」書き方が好き。

内」「外」「再び、外」の三部構成。「内」を読んだ。

夢のなか。少年アリシアは「コモリ」のどんづまりにある家で、年老いた父と凶暴な母とあまりしゃべらない弟と暮らしている。家の隣には犬のケージがある。犬は食べるために飼われている。母は兄弟に暴力をふるう。 再開発のおかげでコモリに古くから住んでいる人たちは金持ちになる予定だ。より多くの金を得るために、父は新しい家を建てている。

アリシアが寝る前に弟に語って聞かせる話が印象的。グロテスクなんだけれども、弟のツッコミにおかしみがある。

父の〈知ってるか?〉という口癖は、「笑う男」(『誰でもない』収録)の主人公の父の口癖と同じ。父は戦争のとき北から南へ避難して生き残り、コモリで下男になった。元主人が営む焼肉屋に家族で行って嫌がられ、〈命にはみんな価値がある〉と言って陰惨きわまりない話をする。

https://twitter.com/ishiichiko/status/1749058151855583299?s=20

読了。底なしの闇。容赦ない。

コモリの住人は増えていく。ある日、アリシアは母の身体が自分よりも大きくないことに気づき、今なら勝てるのではないかと思う。ずっと勝ち続ける方法を聞くために、友達のコミと一緒に区庁へ行く。家庭内暴力を受けていると相談すると、カウンセラーを紹介される。話が通じないまま終わる。

土地建物の買い取り交渉をめぐるコモリの人々の狂騒が描かれる。アリシアが弟に少年アリスの話を語る。夜と昼がひっくり返るのを待っているアリス。兎穴に落ちて、落ち続ける。やがて事件が起こる。

訳者あとがきで背景の解説を読むと、こういう現実がこういう小説になるのがすごいと思う。生々しいまま幻想的というか。

「パーパースバザー」の表紙がジミンさん!3種類とも買いました。インタビュアーは作家の松田青子さん。一人称「僕」で翻訳されていることが多いので「私」語りするジミンさんは新鮮でした。

「誰にでも内面には明るい面と、暗い面があるのではないでしょうか? そして、誰にでもいいときもあれば、つらいときもあります。 ただ、良い気分のときには幸せを感受し、つらいときは苦しむこと。瞬間瞬間をそのまま受け入れることが私の対処法だと思います」

ハーパースバザー

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