見出し画像

オールの小部屋から⑰ 直木賞選考会と伊集院静さんのこと

 本年もどうぞよろしくお願いいたします!
 1か月更新が滞ってしまいました。年が明けるとすぐオール讀物2月号の校了、そして第170回直木賞の選考会……と、昨年末から息をつく暇がなかったのです。
 この「オールの小部屋」第1回にも記しましたように、直木賞は年に2回のビッグイベントで、編集部全体、会社全体が独特の雰囲気に包まれます。張り詰めた空気の中でおこなわれる選考会の司会はとても緊張するもので、終わるまではいろんなことが手に付かないんですね。
 とくに今回は3時間をこえる長時間の選考会になったこともあり、河﨑秋子さん『ともぐい』(新潮社)、万城目学さん八月の御所グラウンド(文藝春秋)のダブル受賞が決まったときは、本当に、心の底からホッとしました。
 直木賞の選評は、2月22日に発売されるオール讀物3・4月号に掲載されますので、そちらを楽しみにお待ちください。

左から万城目学さん、河﨑秋子さん、芥川賞受賞の九段理江さん(©文藝春秋)

 毎年、年が明けると心待ちにするものに、成人の日に掲載されるサントリーの新聞広告がありました。伊集院静さんが直筆メッセージを寄せる名物広告、ご存じの方も多いと思います。昨年11月24日に伊集院さんは亡くなったので、今年はもうないのかなと思いつつ、朝刊を広げると、ありました!

2024年1月8日付 サントリー新聞広告(朝刊各紙)

 今年の見出しは「誇り」

「誇りとは何か? それは信念をもって歩いていくことだ。」
「あなたもまた、自信を持ってその道を歩んで欲しい。そこには必ず生きる喜びがある。君の人生の肝心がある。」

2024年1月8日付 サントリー新聞広告「新成人おめでとう」より

 昨年10月にすでに執筆されていたそうです。直後に入院され、ひと月後に亡くなっていますから、もしかしたらこちらが最後の原稿になるのかもしれません。 

山の上ホテルにて。伊集院静さん(©文藝春秋)

 伊集院さんの思い出を書くときりがないので、ここでは、2011年4月1日、東日本大震災の直後、仙台で被災した伊集院さんが、同じくサントリーの新聞広告に寄せたメッセージを紹介するにとどめたいと思います。
 このときの見出しは「ハガネのように 花のように」でした。

「さまざなことが起きている春だ。働くとは何か。生きるとは何か。日本人皆が考え直す機会かもしれない。世界中が、これからの日本に注目している。」
「新しい人よ。今は力不足でもいい。しかし今日から自分を鍛えることをせよ。それが新しい社会人の使命だ。それが新しい力となり、二十一世紀の奇跡を作るだろう。ハガネのような強い精神と、咲く花のようにやさしいこころを持て。苦しい時に流した汗は必ず生涯のタカラとなる。」

2011年4月1日付 サントリー新聞広告「新社会人おめでとう」より

 書き写しているだけで、脳裡に伊集院さんの声がよみがえりますね。ああ、あと1回でいいから選考会をご一緒したかった、あの声をもう一度聞きたかった……。私だけでなく、ほかの委員のみなさんも同じ思いだったのではないでしょうか。
 1月17日、新喜楽で開催された第170回直木賞選考会には、当然ながら伊集院さんの席はありません。ひとり少ない、8名の委員が一堂に会し、最初に伊集院さんに献杯したのち、選考開始となりました。
 異例なほど長びいた選考が終わり、食事が用意されているときのこと。
 新喜楽の大広間の電灯がパシッと音を立てて暗くなる瞬間がありました。古い建物なので、電気系統の具合でも悪くなったのかなと思ったのですが、そのとき、ある委員の方が、
「いま、伊集院さんが来たんじゃないか」
 こうおっしゃって、さもありなん、と座の緊張が一気にほぐれたのでした。
 昨年の7月19日。第169回直木賞の選考会は、永井紗耶子さん『木挽町のあだ討ち』と、垣根涼介さん極楽征夷大将軍の評価が拮抗し、2度目の投票でも同票となって、初めての司会である私はどうしたらいいかわからず、思わず天を仰ぎました。そこに張りのある独特の大声で、
「2作受賞でいいじゃないか」
 と、言ってくれたのが伊集院さんでした。
 いつもと変わらぬ様子に見えましたが、後からご家族に聞くと、すでに肝臓の機能が低下し、強い倦怠感があったようです。たしかに休憩中も、じっとうつむいたまま一歩も席を立たれませんでした。相当、無理をされていたのではなかったかと、今になって思います。
 発売中のオール讀物1月号で「追悼・伊集院静」の特集を組んでいます。阿川佐和子さん、大沢在昌さん、桐野夏生さんに随想をお願いしたほか、次女で女優の西山繭子さんにお父さんの思い出を綴ってもらいました。
 また、かつてオール讀物1991年8月号に掲載された「夕空晴れて」を再録しています。伊集院さんの短編中、私の最愛の作品のひとつです。野球を始めたひとり息子を複雑な心境で見守る母親の物語。自分にも男の子ができて、ますます好きな一編になりました。

山の上ホテルにて、阿川佐和子さんと(©文藝春秋)

「夕空晴れて」を再録するにあたり、いつもタッグを組んでいた画家の福山小夜さんに挿絵をお願いしましたら、「先生の追悼だから」と、絵を2点、描いてくださいました。「好きな方を使って」と言われたのですが、どちらもすばらしくて選びきれず、2点とも誌面に載せています。福山さんの味わいぶかい絵も含めて、ぜひ、楽しんでいただけたらと思います。
 もうひとつ。1月号には、伊坂幸太郎さんが三越創業350年記念のコラボ短編「Have a nice day !」を寄稿してくださっています。ふだん伊坂さんはPRのために自分の顔写真を出すことをなさらないのですが、同じ仙台在住で親交の深い伊集院さんの追悼号だとお伝えすると、快くお写真を提供してくださいました。伊集院さんと伊坂さんのお写真がまるで親子のように隣り合わせに並ぶ、すてきな目次をつくることができました。
 多くの人の思いのこもった追悼特集です。どうか手に取ってご覧くださいますように! そして、今年もオール讀物をどうぞよろしくお願いいたします。

(オールの小部屋から⑰ 終わり)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?