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オペラティック・アクション映画『レイジング・ファイア』には香港映画の全てが詰まっている

クリスマス・イブの日にひとりで映画を見ている人がいたとする。ポップコーンは買わず、ドリンクホルダーに置かれたMサイズのコーラの紙コップには水滴が浮かんでいる。その人は、物寂しい人に見えるかもしれない。孤独な人に見えるのかもしれない。しかしひとつ確かなのは、悲しい人ではないということだ。何故なら、その人はほぼ間違いなく『レイジング・ファイア』を見ているからだ。そう、『怒火 レイジング・ファイア』を見ているのだ。

あらすじ

ドニーさんはキレた!
だが闇堕ちしたニコラス・ツェーはもっとキレていた!!

感想

ALL TIME BEST宇宙で一番おもしろい

レイジング・ファイアには香港映画の全てがある

まず目を瞑ってほしい。そして香港映画のことを思い浮かべてほしい。そうすると、暗闇の中であなたの考える香港映画が徐々に像を結んでくる。それでは目を開けてください。そのとき、目の前に見えるものが『レイジング・ファイア』です。
映画『レイジング・ファイア』には香港映画の全てがある。
そもそも、香港映画とは何なのだろうか。過度な爆発があれば香港映画なのだろうか。苛烈な銃撃戦があれば香港映画なのだろうか。それとも、壮絶な格闘アクションがあれば香港映画なのだろうか。あるいは人命の軽視および公共物の破損こそが香港映画なのかもしれない。
はっきり言って、そんなこと考える必要もない。なぜなら『レイジング・ファイア』には香港映画の全てが詰まっているからだ。考えるだけ無駄である。
序盤にあるショッピングモールの銃撃戦では過度な爆発がスナック感覚で人体を吹き飛ばし、尖沙咀チムサーチョイでの銃撃戦では例によって市民が巻き込まれる。
そして“宇宙最強”の異名をほしいままにする現役最高のアクションスター・ドニー・イェンは衰え知らずの蹴りで悪党を吹き飛ばす。
しかもそのクオリティと熱量が異様に高い。全てが年間ベストどころかALL TIME BEST級であり、あまりの凄まじさに見ている間ずっと涙を流していた。
「これが香港映画だ!」思わずそう叫びたくなる。『レイジング・ファイア』はそんな映画だ。

『レイジング・ファイア』の監督を務めたのは、惜しくも本作完成直後に亡くなられたベニー・チャン。この人の作風は「苛烈な銃撃戦」「壮絶な格闘」「男たちの友情」「熱血ドラマ」「過度な爆発」を、まったく奇を衒うことなくド直球でやることだ。
『香港国際警察/NEW POLICE STORY』では強盗団に同僚を殺された刑事のジャッキーが再起する熱いドラマとニコラス・ツェーの友情を描き、過度な爆発が廃工場を吹き飛ばした。
『インビジブル・ターゲット』ではインビジブルすぎる強盗団にしてやられた三人の警官の熱い友情を描き、過度な爆発が警察署を吹き飛ばした。
『新少林寺』では光堕ちしたアンディ・ラウと闇堕ちしたニコラス・ツェーの愛憎を描き、過度な爆発が少林寺を吹き飛ばした。
とにかく観客の喜ぶこと(≒爆発)をド直球に描き切る映画監督なのだ。大衆娯楽作というものを、本気で作り切る唯一無二の映画監督なのだ。
そして上記にあげた要素を見ればわかるとおり、『レイジング・ファイア』はベニー・チャンの遺作にして集大成となった。
強盗団にしてやられた警察、闇堕ちしたニコラス・ツェー、人が死にまくる銃撃戦、熾烈な格闘バトル、そして過度な爆発がショッピングモールと尖沙咀チムサーチョイを吹き飛ばす……。
人生には、「アクションが凄すぎて思わず泣く」という瞬間が幾度かある。『レイジング・ファイア』もそのひとつだ。マジでアクションのひとつひとつが凄すぎて泣く。
しかも全部乗せ。ド派手な銃撃戦もブッ飛んだカーチェイスもスリリングな武器バトルも壮絶な格闘アクションも全部ある。
まさにベニー・チャンのサービス精神の賜物だ。サービス精神が極まりすぎてドニーさんとニコラス・ツェーがカーチェイスと銃撃戦と格闘を同時にこなすというわけのわからない(しかしメチャクチャおもしろい)アクションシーンもある。言葉では伝わらないと思うが、とにかく全部やって全部楽しませる。そういう香港映画マインドが伝われば良いと思う。
そして「アクションが凄すぎて泣く」という経験がないという人は、『レイジング・ファイア』でそれを知ることができるはずだ。

ドニー・イェンVSニコラス・ツェー 掟破りの大激闘

『レイジング・ファイア』という素晴らしい大傑作を語る上で、この二人の存在は欠かすことはできないだろう。
本作の白眉は言うまでもなくドニー・イェンとニコラス・ツェーの二大スター共演だ。
ドニー・イェンこと我らがドニーさんについては説明不要だろう。50代後半にして現役最高のアクションスター。『ジョン・ウィック4』でもキアヌと双璧を成すメインキャラクターとして出演することが決定している。
対するニコラス・ツェーは超絶イケメンの二世俳優ながら『インビジブル・ターゲット』ではジャッキー・チェン並みに体を張る(ここでいうジャッキー・チェン並みとは、文字通りジャッキー・チェン並みということです)スタントをこなし、アクションにかける情熱が異常をきたしていることを証明したアクションスターだ。しかも香港電影金像奨で主演男優賞を受賞している演技派だ。
この二人はウィルソン・イップ監督のカンフー映画『かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』で兄弟役として共演したことがある。この作品でアクション監督も務めたドニーさんは、まだ当時若手スターだったニコラス・ツェーをシゴきにシゴきまくったそうだ。実際に彼のフィルモグラフィをみてみると、「かちこみ!」を契機にアクションのギアが一段と上がっているのがわかる。
その二人が時を経て、互いにキャリアを積み、ついに脂の乗り切った状態で激突したのが『レイジング・ファイア』である。
アカデミー賞にはなぜかキャスティング賞というものが存在しないが、あったとしたら受賞するのは間違いなく『レイジング・ファイア』だ。
どこまでも正義を貫く熱血刑事のドニーさんと、正義を信じながら警察に裏切られ悪に堕ちたニコラス・ツェー。満を持してくりひろげられる二人の激闘はもはや荘厳さすらある。それはアクションだけではなく、取り調べ室での演技対決も含め、静と動の対決があり、そのどちらも厳かな美しさがある。

取り調べするだけでこの美しさだ

全編にわたり、二人のどちらかが映っているシーンはだいたい宗教画であり、ベニー・チャン作品でも屈指の映像美となっている。
そして終盤に訪れるラストバトルは、香港の中心部に忽然と現れた廃教会を舞台にし、ステンドグラスの光が差し込む退廃的な空気のなか、二人の男が殺し合う。
映像美と壮絶なアクションが交差したこの映画は、まさにオペラティック・アクション・スペクタルの名に相応しい大傑作だ。

※ドニーさんは自分大好きなので自分が褒められてる記事をTwitterでシェアする習性がある

闇堕ちしたニコラス・ツェーはマジでヤバい

まず、このビジュアルポスターを見て欲しい。

“完璧”そう呼べるものはあまり多くはないが、このポスターは“完璧”呼べるもののひとつなのは間違いない。このポスターを見たとき、この映画の成功を確信した。これは間違いなく名作になるぞと。
本作はドニー・イェンとニコラス・ツェーのW主演映画だが、その存在感の凄まじさはドニー・イェンのオタクである自分から見てもニコラス・ツェーに軍配が上がる。
正義を信じながら、所属していた警察と兄貴分のドニーさんに裏切られ愛憎を募らせた歪な笑みは、老若男女問わず心を鷲掴みにされる。自分はされた。見ている間ずっとドキドキしてた。そして即落ち二コマ的な分かりやすい闇堕ちビジュアルも凄く良い。

これが(画像左)
こうです

はたして自分が闇堕ちしたとして、ここまで綺麗に闇堕ち感を出せるだろうか。きっと無理だ。ベニー・チャンとニコラス・ツェーのド直球香港マインドのなせる技だろう。
そしてそのビジュアルだけでなく、幾重にも折り重なった複雑な感情を覗かせる繊細な演技もすこぶる良い。実際に先日マカオの映画祭で主演男優賞を受賞したことからも、彼の演技が絶大な評価を受けていることが分かる。
とにかくこのビジュアルにピンと来た人は今すぐ劇場へと向かって欲しい。そのビジュアルから期待しうる以上のものが見れるはずだ。

『かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』では最終的にニコラス・ツェーの見せ場を全てかっさらい、カンフーナルシストの名をほしいままにしたドニーさんだが、幾星霜の時を経て鍛え直して来たニコラス・ツェーを『レイジング・ファイア』では対等な存在として……いやむしろ自分を越えうる後継者として(ドニーさんは自分の後継者としてマックス・チャンとニコラス・ツェーを指名している)とびきりの見せ場を与えている。
それは自身の出演しないシーンでも現場に駆け付け、アクション監督として演出を振るっていることからも明らかだ。
実際、アクション面でもニコラス・ツェーはドニーさんに迫る身体能力を見せている。
ドニー映画の七不思議として「アクション俳優がドニー映画に出ると他の映画に出た時より1.5倍動きがキレキレに見える」というものがある。本作でもそのドニーマジックは健在。“格闘スキルはあるけど本格派に比べると動きが一段と落ちる俳優”というイメージだったニコラス・ツェーは本作で完全に格闘アクション俳優として覚醒している。
『レイジング・ファイア』はニコラス・ツェーの最高傑作だ。それは演技、ビジュアル、アクションが最高峰だからだ。そしてそれを支えるのがともにニコラス・ツェーをシゴいてきたベニー・チャンとドニーさんというのは、もはや必然だったとしか言う他ない。
ちなみにニコラス・ツェーの存在感が凄まじいとてドニーさんの存在感が劣るということはない。ギラギラしたニコラス・ツェーを50代後半とは思えぬパンプアップした肉体で迎え撃つ様はまさに宇宙最強の名に相応しい。
結局この映画はドニーさんとニコラス・ツェーという二大スターがぶつかり合うことで生じる壮大な小宇宙Operatic Action Spectacleなのだ。

熱い男たちの物語

勘のいいかたはお気づきだろうが、本記事では今のところほぼアクションの話しかしてない。そうなってくるとストーリーのほうが不安になる人もいるだろう。
本作はド直球な大衆娯楽作である。一応警察における正義とは…悪とは…というテーマを真面目に語っているが、ものすごくわかりやすい上にエンディング主題歌「對峙」で全部歌っているので真面目に考える必要はあまりない。

※『レイジング・ファイア』主題歌MV。ニコラス・ツェーがギターをかき鳴らし、ドニーさんがピアノを弾くという凄い内容になっている。

では本作のストーリーは薄味かというとそんなことはない。むしろ特濃である。なぜなら香港映画の、ベニー・チャンの十八番である男同士の複雑で壮大なる感情を描いているからだ。
かつてドニーさんの背中を追って刑事となったニコラス・ツェーは、警察に裏切られたことによって悪に堕ちざるを得なくなる。一方のドニーさんも、正義を信じるが故に、かつての相棒であるニコラス・ツェーを断罪せざるを得なくなる。
お互いどうしてこうなってしまったんだろうなと思いつつ引くに引けない、いや引くわけにはいかない二人が本気で殺し合う悲哀。この男同士の感情の衝突。この特濃すぎる男たちの物語は、老若男女問わず涙を流すだろう。そう、この特濃さこそ、まさに香港映画である。

レイジング・ファイア、それは純粋なる香港映画の結晶

ベニー・チャン監督は巨匠ジョニー・トーに師事し、90~0年代のジャッキー映画に携わり、そして様々なジャンルの香港映画を撮ってきた。
こうしてフィルモグラフィを見返してみると、多くの香港映画人が大陸で撮影するなか(それが悪いわけではないが)、最後まで香港という土地、香港の俳優、そして香港の物語にこだわっていたことがわかる。
実際に香港映画の生き字引のような映画監督であったため、本作が香港映画の純粋なる結晶となったのは必然だったと言える。
そんな彼の生み出す美しい輝きと過度な爆発をスクリーンで見れるのはこれで最後。本当に悲しい気持ちになるが、本作を見ている間、ずっと幸せな気分でいられた。
ここで本作におけるニコラス・ツェーのインタビューを引用したいと思う。

私とベニー監督は間違いなく心残りはありません。この映画を見た皆さんがこう思ってくれることを願っています。「これこそ香港アクション!」と。

ニコラス・ツェー 命がけのアクション映画「レイジング・ファイア」(インタビュー映像より)

「これこそ香港アクション!」まさにこの記事で繰り返し述べていた言葉だ。過度な爆発。苛烈な銃撃戦。壮絶な格闘。熱い男たちのドラマ。人命の軽視および公共物の破損。今や危機的状況にある香港映画だが、彼らの意地と誇りがこの映画に詰まっている。
もちろんすべての香港映画の例にもれず、この映画も中国の検閲に晒されている。だがそれも悪のニコラス・ツェーが警察の体制批判を一身に背負っているおかげで、うまい具合に誤魔化せてたと思う。
是非、この純粋なる香港映画の結晶をスクリーンで見て欲しい。そうしたらこう思うはずだ。「これこそ香港アクション!」と。

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