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人がたくさん死ぬ映画はおもしろい-アンディ・ラウ×ルイス・クー大激突『ホワイト・ストーム』感想

突然ですが皆さん人が死ぬ映画は大好きですか?
わたしは、大好きです。
それでは、ホワイト・ストームの感想です。

香港最後の残虐暴力映画職人ハーマン・ヤウの新作が日本にやってきた。それは怒り狂った実業家と麻薬王と香港警察の三つ巴の争いを描いたバイオレンスノワールアクション『ホワイト・ストーム』だ。これは、今年のベスト映画となった。何故なら、人がたくさん死ぬからだ。

香港は世界的に見ても最も熱い映画を撮る灼熱の映画大国である。爆発的なエンタメ精神を秘めており、面白いアイデアがあればできない理由よりどうやるかを模索するエネルギー溢れるクリエイティブ集団だ。
そのため時に倫理的に危ういこともしでかすが、だからこそパワフルな面白さに満ちあふれている。

本作はまず物語の走りが「ドラッグで息子を失った実業家(元ヤクザ)が怒り狂い金の力を使って麻薬組織に私刑を開始する」なので倫理観がマジ0。バットマンみたいに「拳を鍛えてバット自警行為をする」とかではなく、「金の力で私設軍隊を設立して殺戮の限りを尽くす」なのでメチャクチャ殺意が高い。ちなみにその実業家が本作の主人公だ。
さすがに本編でも「倫理的にどうなの?」とツッコまれるが、香港映画の主人公なのでその無慈悲さが特に揺らいだりすることはない。
映画の柱である主人公自体に倫理観が無いので、当然映画そのものも倫理観がなく、とにかく人がたくさん死ぬ。
じゃあ物語は雑なのかと聞かれれば決してそんなことなく、上映時間99分という短い時間ながら的確な描写と適切な時間管理で壮大な物語をハイテンポに語り切り、アクションシーンが豊富ながら異様に濃密な鑑賞体験となっている。その細やかで丁寧な仕事は、映画史に残るゴアを描きながら軽やかでコメディチックですらある『八仙飯店之人肉饅頭』を撮ったハーマン・ヤウらしい手腕を感じる。

物語のクライマックスは、(予告編にもある通り)地下鉄でのカーチェイスだ。走るべきでないところで車が走っているのはもうそれだけで視覚的に面白いが、それが効果的なアクション演出と異常なカースタントで開いた口が塞がらない壮絶なカーチェイスとなっている。屋内空間でありながら車が横転し、人の合間を縫うように走る様は強烈。
本作のキャッチコピーに「ラスト15分、映画史を塗り替える大激突!」とあるが誇張0。本当の本当に映画史を塗り替える大激突となっており、前代未聞の異常な映像の連発で思わず茫然自失としてしまうほどのものとなっている。
そもそも「地下鉄で車を走らせよう」となっても普通なら「あほか」と誰か止めるはず。しかしわざわざ壮大な地下鉄のセットを作り、たくさんのスタントマンを配置して車を走らせるのは香港の「できない理由よりどうやるかを模索する」精神の発露と言える。
この創作者の「オモロいこと思いついたからやったれ」的な熱量が映画そのものの熱量となっており、過剰なカタルシスを呼び起こす。
また、クライマックス以外のアクションシーンも超凄い。画面に映る車は全部横転し、スタントマンはえげつない轢かれ方をする。もはや放送事故一歩手前のアクションが、かなりのボリュームで盛り込まれている。
仮にストーリーが合わなかったとしても、アクションシーンだけで「なんか凄いもの見たな」と満足できるのは間違いない。

ちなみに本作、人が死ぬ人が死ぬと言っているが実際どれくらい人が死ぬかというと、登場人物の9割くらいが死ぬ。誇張表現ではなく、本当にそれくらい人が死ぬ。
それで重くなりすぎず、一種の爽やかさすら感じるのはハーマン・ヤウが完全に人の死をエンターテインメントと捉えている暴力エンタメ職人だからだろう。
ハーマン・ヤウの代表作であるカルト的名作映画『八仙飯店之人肉饅頭』は、凄惨な実話ベースのストーリーに対してあまりにも勢いよく人が死ぬので一周まわって笑いが起きる不思議なスゴ味の映画だった。ちなみに子供も容赦なく死ぬ。倫理的にアウトだが、だからこそメチャクチャおもしろい。
やはり、やっちゃいけないことをやるってのは、メチャクチャおもしろいのだ。
本作でも主人公のアンディ・ラウは金の力を使って麻薬王のルイス・クーに戦争を仕掛ける。そんなこと誰が考えてもやっちゃいけないし、しかも市民も警察もガッツリ巻き添えをくらうので大迷惑だ。
しかしその暴走っぷりから、他者を顧みぬほどの怒りと殺意を感じることができる。
クライマックスのアクションが壮絶なのはアクション演出が異常なだけではない。そこに至るまでのドラマの熱量がある。その熱量の積み重ねは死体の数と比例している。
これは個人的意見だが、人が死ぬ映画というのは普遍的な面白さを獲得していると思う。試しに世界歴代興行収入TOP10のページを見て欲しい。多分、ほとんどが人が死ぬ映画のはずだ。恐らくハーマン・ヤウも人の死が普遍的なエンターテインメントであると知っているだろう。
実際、本作は全世界興収200億円を突破している。日本で言えば『君の名は。』級の興行収入だ。このことからも、本作がより多くの人が楽しめる映画であることが明らかだ。
さすがに第92回アカデミー賞で本作を香港代表作品として出品したのはちょっと一旦落ち着いてほしいが、イップ・マンあたりにしておいて欲しいが、それくらいのポテンシャルが認められた作品であるのは確かだ。
久しぶりに爆発的な熱量と過激なアクションが過剰なほど詰まった香港映画らしい香港映画が見れた。ハーマン・ヤウはやはり、唯一無二の残虐バイオレンス映画職人だと思う。明らかにやりすぎだが、それこそが香港映画なのだ。その壮絶なカーチェイスは、間違いなく今年ナンバー1のアクションシークエンスである。
その過剰で濃密な時間は、是非映画館で体験してほしい。それだけの価値がある映画なのは、間違いなく保証できる。

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