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シリーズ史上最も洗練された『HiGH&LOW THE WORST X』は中本悠太演じる須嵜亮に狂わされる

邦画界に燦然と輝くアクション映画の金字塔。唯一無二の極上エンターテインメント。高橋ヒロシの伝説的不良マンガ『クローズ』『WORST』との一大コラボレーション・プロジェクトにして、『HiGH&LOW』シリーズ最新作。待望の『HiGH&LOW THE WORST X』がついに公開された。鳳仙学園としのぎを削り、集団アクションの革新を見せた前作『HiGH&LOW THE WORST』(2019)から3年。本作ではついに鈴蘭高校が本格参戦。さらにはSWORD地区の不良が集結した「三校連合」が鬼邪高の首を虎視眈々と狙っている。なんてことだ。えらいことだ。そしてこのあらすじに恥じぬ、えらいことになっています。

 本作を観賞したシリーズファンの自分は、衝撃の事実を目撃した。なんと『HiGH&LOW THE WORST X』には無駄がない。今までの邦画の悪いところ(というには癖の強すぎる要素)が完全に脱臭されているのだ。具体的に言うと、突然曲がったきゅうりの話をしない。女性キャラクターに親愛の情として「ブス」と言ったりしない。インターネットに説教しない。執拗で長い回想を挟みながら琥珀さんを殴ったりしない。ノイズが除去され、顔の良い男と顔の良い男が殴り合うドラマにこれまでないほど没入できる。かつてないほど洗練された『ハイロー』。それが『HiGH&LOW THE WORST X』なのだ。
 
……と同時に寂しさを覚えるのが、オタクの難しいところである。突然曲がったきゅうりの話をするのも、執拗で長い回想を挟みながら琥珀さんを殴るのも、確かに『ハイロー』だったからだ。オタクの声を聞いて『ハイロー』を洗練させた平沼紀久監督には申し訳ないが、今では曲がったきゅうりが恋しい。あの灰汁のようなシーンも、『ハイロー』の濃さに一役買っていたのだと今ならわかる。わがままでごめんなさい。でも洗練され、完全にアクションエンターテインメント特化となった『ハイロー』も超最高です。
 
それから『HiGH&LOW THE WORST X』は無駄がないだけではない。本作ではキャラクターコンテンツとしてもあらゆる表現が突出している。『ハイロー』といえば、多数のキャラクターを抱え「全員主人公」を掲げるコンテンツだ。短い尺でキャラクターを魅力的に描写するノウハウが蓄積されており、元からオタクを狂わせるキャラクターを多数排出してきた。それが『HiGH&LOW THE WORST X』ではえらいことになっている。鈴蘭のビンゾーはフレッシュな村山さんで最高だし、バラ商の風神雷神はビジュアルから大好きだ。カマ高のガンジーに関しては明らかに不良につけるべき名前ではないし、ラオウ一派のナンバー2マーシーのキャラクター描写の上手さには舌を巻いた。色んな新キャラクターが流星のように現れてはほとんど一目惚れみたいなスピードで好きになっていく。これぞ『ハイロー』シリーズの醍醐味といったところだ。そんな魅力的なキャラクターの中でも一際異彩を放ち、オタク(a.k.a.自分)の心を掴んでくるのが須嵜亮(中本悠太)の存在だ。

須嵜亮………………………………

須嵜亮。本作を観賞した人間で、その名を聞いて胸が苦しくならはい人はいない。はっきり言って須嵜亮はやばい。いつまでも視線がこの男に釘付けになる。スクリーンに須嵜亮が映る度に、胸を押さえた。寒中水泳と同じだ。あまりの美しさに驚いて、心臓が止まってしまわないように。

須嵜亮は三校連合の一角・瀬ノ門工業高校。通称“血の門”のナンバー2。三校連合でも最強の戦闘力を誇り、不良の間でも知られた存在だ。そんな彼は三校連合を取り仕切り、瀬ノ門工業高校の頭である天下井公平(三山凌輝)に尽き従っている。天下井公平は「天下井グループ」という大企業の御曹司であり、金で人心を集める卑劣漢だ。「お前ほどの男が、なぜそんなやつの下に?」誰もが疑問を呈する。天下井は喧嘩に鉄パイプを使うようなどうしようもない男。須嵜亮なら、一発で殴り倒すことができるだろう。実は須嵜の父親が「天下井グループ」の使用人兼運転手であり、天下井公平と須嵜亮は主従関係にある幼馴染なのだ。しかも強制された主従関係ではなく、須嵜は天下井に対して並々ならぬ感情を抱えている。
 
幼馴染主従関係!それは幼馴染というエモーションの上に主従関係というエモーションを乗せる、カツカレーのようなエモーション。正直『ハイロー』にそのようなエモーショナルな関係性を生み出せるとは思わなかった。 須嵜亮は寡黙な男であり、登場シーンの多さに反してセリフは少ない。それ故に最初はクールな印象を受ける。それが口を開くと、使用人めいた敬語口調を話す。はじめてその口調を聴いたその瞬間、心が「ワッ!」となったのを覚えている。最強の男から出力される子犬系執事幼馴染の属性にスコーンと心が落ちていく音が聞こえた。恐ろしいほど鋭い蹴りを放つ男が、天下井を前にすると途端にシュンとした子犬のような目になるのだ。遠慮がちに敬語で話しかけたりするのだ。このギャップがとんでもない破壊力を持っている。たった一人の男に、「かっこいい」という感情と「美しい」という感情と「かわいい」という感情が同時に湧き上がるのは初めてだ。人類が生み出せる“いい男”の許容値を越えた存在。それが須嵜亮なのだ。

須嵜亮…………………………………………

また、須嵜亮と天下井の関係性は本作の主題といっても過言ではない。『HiGH&LOW THE WORST X』で描かれた様々な感情がやがて彼らの物語へと収束し、クライマックスにて花開く。正直『ハイロー』シリーズはいつもエモーションが上滑りしており、あからさまな「泣き」を誘うシーンで泣けたことはない。だが今回ははじめてエモーションに泣いた。須嵜亮と天下井公平の関係性に泣かされたのだ。それほど二人の感情には爆発力があった。それは『HiGH&LOW THE WORST X』が洗練されたからこそ生み出せるエモーションの爆発だろう。こうして本作の物語を見終えて思う。天下井は卑劣な男だが、自分は天下井になりたい。なぜなら天下井には須嵜亮がいるのだから。なぜ自分には須嵜亮がいないのだろうか?天下井にはいて、なぜ自分には……。
 
そんな須嵜亮を演じるのは、韓国の次世代多国籍グループ「NCT 127」に所属する中本悠太さん。中性的な雰囲気を身に纏い、どこか非現実的な存在感は雪の結晶のようだ。そんな彼が深紅の学ランに身を包み、凄まじい身体能力で鬼邪高の生徒を圧倒する一方で雨に濡れた子犬のような目を天下井公平に向ける。驚くべきことに、須嵜亮を演じる中本悠太さんは本作が俳優デビュー作になる。正直この情報を見た時は目を疑った。何故なら映画本編で見せる中本悠太の繊細な表情はまったく「演技初挑戦」などという代物には見えない。スクリーンに映るだけで視線と心を奪い尽くすスター性。キャラクターの感情をセリフではなく表情で伝える表現力。全てが“素人臭さを感じない”などというレベルではない。これが俳優デビュー作なんてなにかの間違いだ。ここだけ俳優デビューの意味が違う世界にでも迷い込んだのかと思った。だがどんなに調べても中本悠太が演技初挑戦である事実を否定する情報が見あたらず、おまけにこれまた初挑戦だというアクションシーンでは凄まじい切れ味の蹴りを披露する。初挑戦の意味わかってる?

雨宮広斗、ジェシー、スモーキー、村山良樹、轟洋介、小田島有剣。長い『ハイロー』の歴史の中で数多くの男に狂わされてきた。それがここに来て最も狂わされる男が出てくるとは思いもしなかった。世界的に見てもトップクラスに異常なクオリティのアクションを放つ『ハイロー』が、ついにエモーションも制してしまったのだ。思えば、『ハイロー』シリーズは常に進化と革新を目指してきた。だからこそ、エモーショナルで洗練された『ハイロー』を生み出せたに違いない。そう、彼らは常に空を見上げているのだ。須嵜や天下井のように。だから自分も空を見上げようと思う。『HiGH&LOW THE WORST X』を見てしまったからには、そうせずにはいられない。

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