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記憶に残れない、ともすれば世界をゆるがす超速アクション『HYDRA』

これは渋谷ユーロスペースにて単館上映された園村健介監督によるアクション映画『HYDRA』についての感想だが、筆者がつべこべ言う前にまずこの動画を見て欲しい。

これを見てピンと来た人は……何をしている。既にこの記事に用は無いはずだ。すぐさまブラウザを閉じ、公開延期や上映拡大を求められている本作に備えるのだ。

『HYDRA』を見てまず思ったのは「これを単館上映で終わらせるのはあまりにも勿体ない」だ。
『HYDRA』は11月23日に単館上映で公開されたTOKYOを舞台にしたノワール・アクション映画である。
本作の監督を努める園村健介氏はジョン・ウー監督の『マンハント』でアクション設計を担当した男として知られるが、その筋の人に凄さを伝えるには『HIGH&LOW THE STORY OF S.W.O.R.D.』のシーズン2にて村山VS轟戦を担当した人と言った方がわかりやすいだろう。
強烈なアクションが数多く存在するハイローにおいても村山VS轟の存在感は凄まじく、シリーズでもベストバウトに挙げる人も多いだろう。
そんな園村健介氏が初の監督作品として自身の持ちうるパワーを全面開放してアクションを撮ったのが『HYDRA』である。

村山VS轟は言ってしまえば俳優同士のアクションシーンだ。
LDHのダンサーや俳優が数多く属するS.W.O.R.D.において鬼邪高校は唯一LDH外の俳優しか属していないチームとして知られている。村山役の山田裕貴さんも轟役の前田公輝さんもアクションのバッググラウンドはなく、いかに運動神経がよかろうともできるアクションのバラエティは限られる。
それでもなお村山VS轟はHIGH&LOWにおいて屈指のアクションシーンとなった。それは最高の俳優二人による惜しみない努力と根気と、園村健介監督によるアクション演出の賜物だ。

一方『HYDRA』の主演である三元雅芸氏はゴリゴリのアクション俳優である。放つパンチの一発一発が風を裂くようなスピードであり、幼少の頃より想像すらできないほどの修練を積んだことがわかる。他にも日本の超人スタントマンたちがこの映画では集結し、そしてアクションが爆発した……。

はっきり言うが、こうして自分がどんなに言葉を尽くそうがなにも意味はない。結局アクションなど見なければわからないのだ。
というかそもそもHYDRAのアクションは速すぎで見えない。何をやっているのか全く分からない。分からないものは言語化できない。
交わされる拳、布の擦れる音。男と男の息遣い。ただ言えるのはとにかく凄いということと、全く新しいアクションだったということだけだ。

かつて高速アクションの極致を目指した男がいた。それが宇宙最強のアクションスター、ドニー・イェンだ。
ドニー・イェンは世界的に見ても”スピード感””わかりやすさ”を高い次元で両立させたアクションを撮る男だ。例えばSPLでのウー・ジン戦や導火線でのコリン・チョウ戦などがわかりやすい例だろう。
しかし、そんなドニー・イェンにもとにかくスピードを求めた時期があった。
それが『ドラゴン危機一発’97』である。奇しくも園村健介氏と同様、ドニー・イェン初監督作品だ。
この作品でドニー・イェンは普通にしていても速い自分の動きに、アホみたいな早回しを加えるという狂った暴挙に出た。

そんな狂気を感じるドラゴン危機一発’97は興行的に成功したとは言えず、ドニー・イェンも流石に「速すぎるアクションは普通の観客がついてこれない」と判断し、現在のスピードに落ち着いた(正直興行的に失敗したのはそれだけが原因ではないと思うが)。

だけど、世の中には『ドラゴン危機一発’97』のようなアクションを求めている人間が多くいる。いや、『ドラゴン危機一発’97』でなくとも、とにかく速いアクションが見たい。見れる。早回し一切なしの高速アクションが。そう、『HYDRA』で。
HYDRAはドニー・イェンがかつて断った道を全く新しい次元で成立させてしまったのだ。
カメラアングルが悪いのではない。編集が悪いのではない。ただ速すぎる。だから何が起きているのかさっぱりわからないアクションを。
正直に言おう。HYDRAのアクションを思い出すことはできない。
何が起きているかサッパリなので、記憶することが不可能なのだ。
唯一覚えているのがとにかく速かったことだけ。
記憶に残らないが印象に残る。それがHYDRAアクションなのだ。

公平を期すためにこれは言わなければならないことだが、多くの低予算アクションがそうあるようにストーリーの大半は退屈だ。極彩色でサイバーパンクな照明やチープなメロディなど好感を持てる点は多い。さりとて退屈なものは退屈である。
しかも低予算ゆえだろう。悲劇的なことに本作は退屈なストーリーが大半でありアクションはあまり多いとは言えない。
上映館が世界有数の退廃都市渋谷であったためHYDRAの退廃的な東京はそれなりに臨場感があったものの、ストーリーに興味を引きつける要素はあまりないのが正直な感想だ。
一方、主演の三元雅芸さんは魅力的な俳優だった。失礼ながら本作ではじめて名前を知ったのだが、整っているもののどことなく”普通の人っぽい”顔立ちから鋭い拳が飛び出す様は強烈だった。
例えばRE:BORNの坂口拓さんが狭い路地の前方から肩をぐるぐるまわしながらやってきたら「俺はこれから死ぬんだなあ」と一発で理解するが、三元雅芸さんがやってきたら、何かを考える暇もなく翌日ゴミ置き場に死体が打ち捨てられているだろう。そういう魅力だ。
これは個人的な願望というか欲望なのだが、三元さんは本作の『人間味のない人が殺人マシーン』より『人間味のある男が実は殺人マシーン』のが合うのではないだろうか。というか合う。そういう三元さんを見たい。色んな役柄の三元さんを見てみたい。そう思わせる魅力のある人だった。

HYDRAの低予算っぷりはRE:BORNが潤沢な資金を元に作られた映画に思えるほどだ。サイバーパンクな照明はわざとらしく、物語の舞台は限定的。アクションに至っては物足りなさを感じるほど少ない。おかげでHYDRAは単館上映という規模でBlu-ray,DVD化も危ういラインだ。
されどHYDRAという映画の持つ存在感の鋭さは強烈。ともすればアクション映画史に残りかねないポテンシャルを秘めている。
あまりの速さに記憶に残らないが、印象に強く残るアクション。
もしHYDRAのアクションでザ・レイドものをやった日には間違いなく世界がぶっ飛ぶだろう(既に半ばぶっ飛んでると言ってもいいだろう)。
全編HYDRAアクションを実現するのはこの日本では難しいかもしれない。間違いなく潤沢な資金と応援が必要なはず。
もしHYDRAの上映が拡大したら是非その目で確認してほしい。世界がぶっ飛ぶポテンシャルを秘めたアクションを。
そうすればまた、園村健介氏と三元雅芸氏はぶっ飛んだものを用意してくれるに違いない。

※1月2日追記
地方拡大上映決まったみたいです

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