見出し画像

「ゆずれない願い」(天皇杯準決勝・アビスパ福岡戦:4-2)

割引あり

選手入場時、等々力陸上競技場をフロンターレブルーで染め上げたコレオグラフィーは圧巻だった。「絶対に勝つ」という、サポーターからの強烈なメッセージだ。

 普段とは違い、揺れていたビッグジャージ2つ。
1つは今年のユニフォーム型だが、もう1つは2020年度シーズンのものだ。そう、天皇杯を初制覇した時のユニフォームである。

今大会は三笘薫が大会アンバサダーなので、試合前のビジョンには三笘薫のインタビューと過去大会の映像がよく流れている。筑波大学時代に活躍したベガルタ仙台戦と川崎フロンターレで優勝した第100回大会での決勝ゴール。あそこで並んで揺れているのは、あの初優勝時のユニフォーム型ビッグジャージなのである。

そこに込められている思いはいうまでもないだろう。「この天皇杯を絶対に獲る」ということだ。

 試合開始5分。
まだゲームの流れが落ち着かない時間帯で獲得した最初のコーナーキックだった。

キッカーの脇坂泰斗がキックする瞬間、「グイッ!」と鋭くゴール前に飛び込んでいく31番の選手に目を奪われた。

 山村和也である。
セットプレーで「強い動き」をする選手は、相手のマークを引きつける役割になることが多い。本当の狙いは、引きつけて空いた場所に味方を飛び込ませるためで、いわゆる囮役のようなものである。

 しかし、このときは違った。
脇坂泰斗の繰り出したボールは、ジャンプした山村和也の頭にピンポイントで合い、そのまま綺麗にゴールネットに吸い込まれていった。

 セットプレーにおける囮役をめぐる駆け引きというのは面白いもので、最初はあえてそこに合わせることで、相手に向けて囮役であることを印象付ける狙いがある。いわゆる、その後のための「布石を打つ」というやつだ。同時に、囮役と見せかけておいて実は本命だった、なんてこともある。

 詳しい配球に関する内訳は企業秘密だろう。
ただ一つ言えるのは、囮役というのはセットプレーにおける怖さを出せる選手が担うということ。それはそうである。相手に怖さを与えられない選手がやっても、囮にはならないからだ。そして去年まではその役割がキャプテンの谷口彰悟だったと、試合後の脇坂泰斗が明かす。

「去年はショウゴさん(谷口彰悟)がいて、グッと動いてそこに(相手も)釣られる。今年は一番目の強い選手がいない。そこをヤマくんが担ってくれました」

 この日の脇坂泰斗はボールフィーリングが良かったようだった。山村和也に合わせる予感もあったと微笑んでいる。

「ここ最近、ヤマくんが出ていて入りそうだなって感覚はずっとありました。試合前にヤマくんと話したんですけど、僕の感覚で『今日は合いそう』って言っていたので(笑)。本当に合って、ビックリして喜びも倍増しました」

 ダメ押しとなる4点目もコーナーキックだ。
脇坂泰斗のキックに、ファーサイドでジャンプしていたターゲットは、またも山村和也である。ただこのボールはGK村上昌謙と高く競り合う山村の頭上を超えていく。

 その後ろから現れたのは、より高くジャンプしていたレアンドロ・ダミアン。このときの山村和也は囮役でもあったわけである。まさにハンマーヘッド。空からボールを振り落とすような豪快な一撃が決まった。

「自分が押し込むだけのボールでした。たくさんのサポーターが後押ししてくれたし、自分もあのようなゴールが嬉しかった」

 あまりに久しぶりとなった等々力でのゴールに、ダミアンは感情を抑えきれなかったようだった。お馴染みのヒゲのゴールパフォーマンスもやらずに、ユニフォームに加えてアンダーシャツも放り投げて、ベンチに向かって走って喜んでいた。

 PKを外した分は、自らのゴールで絶対に取り戻す。なぜなら、自分はストライカーだから。長らく味わっていなかった等々力でのゴールの味を噛み締めると同時に、強烈なプライドも感じられた振る舞いだった。

 これで勝負あり。
たくさんのことが起きた90分だったが、終わってみると川崎フロンターレは4ゴールをあげた。得点はセットプレーで始まり、セットプレーで終わったとも言える。

 キッカーの脇坂泰斗は2アシストを記録。

「コーチのミツさん(戸田光洋コーチ)が毎試合(セットプレーを)やってくれていて、僕はその通り蹴るだけです」と本人は謙遜していたが、一発勝負のトーナメント戦でセットプレーを確実に得点に結びつけることができるキッカーがいるのは、実に心強い。もちろん、それを決めることができる山村和也やレアンドロ・ダミアンというターゲットがいることも含めて。

 選手たちと同じように強い気持ちで臨んでいたのが、鬼木達監督である。試合後の監督会見では「まずはホッとしています」と安堵感を口にしている。

「何がなんでもタイトルを取りたいという思いはずっと変わらないので、まずはホッとしています。ファイナルへ行けたことのホッとした気持ちもあれば、すごくうれしい気持ちもあります。ただ、まだ何も成し遂げていません。最後、そこに向けてパワーを使っていきたいと思います」

 等々力でのACL・蔚山現代戦と天皇杯・アビスパ福岡戦。
鬼木監督は、この2試合を今年で最も大事な一週間だと位置付けて臨み、そしてどちらも勝ち切った。絶対に落としてはいけない試合における指揮官としての勝負強さはさすがである。

 チームはいかにこのセミファイナルを戦い抜いたのか。

※10月11日の練習後取材を経て、追記しました。クラブの歴史を長く知り、シルバーコレクター時代も黄金時代も過ごしてきたノボリこと登里享平に、福岡戦の90分を詳しく振り返ってもらいました。前半のPK失敗場面では、リバウンドに詰めていなかった味方に向かって強い口調で訴えています。そしてカップ戦決勝で勝ち、タイトルを取ることの重要さも語ってくれています。全部で約3000文字のボリュームですので、ぜひどうぞ!

(※追記:10月11日)「例えば鹿島だったら、絶対にああいうところは人数をかけて突っ込んでくると思いますし、ああいう積み重ねが勝敗を分けるので」(登里享平)。当たり前をやれていなかった。PKのリバウンド問題に関するノボリの見解。そしてカップ戦決勝は負けて得るものより勝って得るものの方が遥かに大きいという話。

※追記その2です。この試合を象徴するゴールといえば、やはり橘田健人のミドルシュートです。あのゴールは、地面に叩きつけたバウンドを利用して入ったように見えました。実際には、必死にシュートブロックに行っていた奈良竜樹のスライディングタックルに当たって角度が変わったものですが、本人の狙いはどうだったのか。「ミドルシュートの軌道と狙いはどうだったのか」を本人に後日取材で尋ねてみると、いくつかのことがわかりました。そんな追記です。

(※追記:10月12日)「本当にああいう形で、ずっと攻め続けたいなっていうこと」(橘田健人)。ミドルシュートに乗せていたものと、理想とする形で出来ていた攻撃とは?


ここから先は

13,448字
この記事のみ ¥ 400〜

ご覧いただきありがとうございます。いただいたサポートは、継続的な取材活動や、自己投資の費用に使わせてもらいます。