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「雨強く、君熱く。」 (リーグ第6節・横浜F・マリノス戦:0-0)

 まるで永遠に続くようにも思えた、11分ものアディショナルタイム。

そんな時間の終わりを告げるタイムアップの笛が鳴り響く。次の瞬間、記者席にいた自分の目に映ったのは、その場で一斉に倒れ込んだ川崎フロンターレの選手たち数人の姿だった。

10人で戦い続けた死闘の末のドロー。

彼らの限界は、とっくに超えていたのだ。

ダービーは勝たなくてはいけないものである。

しかし、結果とは別のところで心が満たされるものがある試合もある。

この日の川崎フロンターレの選手たちは1人少なくともピッチで抗い続け、緊迫感を手放すことなく時計の針を進め、全てを出し尽くして勝ち点1を握り締めた。それは、同じ1人少ない戦いでも、反発力を出せぬまま負けた鹿島アントラーズ戦とは、まったく違うチームの姿だった。

 心に熱が残るような感覚があり、いつまでも噛み締めたくなる。そんなスコアレスドローだった。

 試合後のミックスゾーン。
GKチョン・ソンリョンに話を聞こうと思っていた。2試合連続完封を支えた立役者の1人である。この日は前半から何度も際どいシュートを打たれたが、最後までゴールを割らせなかった。

「耐えましたね」と水を向けると、「勝ち点3を取りたかったですが。(1人少ない中でも)最後まで無失点で終えたことはポジティブにつながったのではないかと思います」と、いつものように冷静に感想を述べる。

 そして先発に復帰後、2試合連続完封したことの意味を尋ねてみた。すると寡黙なソンリョンが、珍しくその胸の内を明かし始めた。

「前の試合もそうですけど、グラウンドで死ぬ思いで、覚悟を持って試合をしています。今は手首に黒いテーピングを巻いています。そのぐらい強い気持ちで準備していますし、そういう気持ちが伝わればいいかなと思ってます」

 前節のFC東京戦の試合後、彼は「個人的には今日勝てなかったら命を取られるというぐらいの気持ちで挑んだ」とコメントしていた(クラブ公式HPより)。

 自分はその場にいなかったので、強い覚悟を持った言葉を口にしたのだなと思っていたのだが、今回も「グラウンドで死ぬ思いで、覚悟を持って試合をしています」と、真剣なトーンで語気を強めたことに驚いた。そして「手首に黒いテーピングを巻いている」と付け加えている。

 「黒いテーピング」には、どういう意味があるのか。
いまいちピンとこなかった部分はある。そこで尋ねてみると、喪に服す時は黒だと言い、再びその言葉に力を込めた。

「人間というのは、危ない時、窮地に立たれた時に大きな力が出る。崖っぷちの気持ちでやってます」

単に「死ぬ思いで」、「命を取られるぐらいの気持ちで」というのを言葉だけではなく、黒いテーピングを巻いて、その覚悟を表現しているというわけだ。

 では、なぜそこまで自分を追い込んでゴールマウスに立とうとしたのか。
上福元直人にポジションを奪われていたこととも無関係ではないだろうが、それ以上にチームが連敗したことに責任を感じていたと彼は話す。

「チームが3連敗してましたが、2週間後に向けて、1人1人いい準備する期間があった。4連敗、5連敗というものは・・・(あってはいけない)。チームとしても早く切り替えたかった」

 彼はフロンターレが負け続けることに、極めて強く抗おうとしていたのだ、実際、 多摩川クラシコからのこの連戦、ソンリョンの佇まいには、どこか鬼気迫るものがあった。しかし、まさかそこまでの覚悟を持ってゴールマウスに立っているとは思いもよらなかった。

 そういう覚悟が引き寄せる勝負運もある・・・と思う。

例えば幾度となったピンチの中でも、38分の場面は運が味方したようにしか見えなかった。逆サイドからのクロスに抜け出した宮市亮のシュートがクロスバーに。さらにその跳ね返りが再びバーに当たってゴールラインを割らなかったシーンだ。バーに2回当たって入らない。運が味方したとも言えるが、ソンリョンの覚悟が運を引き寄せたとしか説明できないような気もする。

 2016年に韓国からやってきた彼は、この日、ピッチに立った選手の中では最も長くクラブを知る存在でもある。そんな思いでゴールマウスの前に立ち続けてくれることに感謝しかない。

では、ここからがレビューの本題。たっぷりと振り返っていきます。

※後日取材により鬼木監督に関する約4000文字のコラムを追記しました。ほとんど見たことがなかった試合後のゴール裏に挨拶へ向かった行動の背景と、指揮官が語る応援論。そして中断期間中、鹿島戦を自身の中でのワーストクラスのゲームと捉えて、そこである決断を下した話です。

→■(※追記:4月5日)「心ではいつもありがたみを感じていますけど、なかなかゴール裏に行ってというのはないので」(鬼木監督)。応援されるとはどういうことなのか。普段はゴール裏に向かわない指揮官の行動にあった思い。そして、自身にとってワーストクラスのゲームだった語る鹿島戦を経て決断した、大事なこと。

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では、レビューのスタートです。

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