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「僕らだけの歌」 (リーグ第7節・FC町田ゼルビア戦:0-1)

 小林が入って、わずか数分後の70分。
ゲームの構図を大きく変える出来事が起きる。高井幸大が自陣のエリア前で受けたボールをチョン・ソンリョンに流すと、右サイドに大きく展開。

 その先にいたのは、サイドバックの瀬川祐輔だった。
ジャンプするのではなく、相手との間合いを見ながら胸でトラップ。次の瞬間、相手と入れ替わるような形で素早く前を向くと、瀬川は躊躇せずに前方に走り出していた小林悠にパスを届けた。そしてこれが小林の抜け出しと噛み合う、絶妙なスルーパスとなる。

「自分を見てくれると思った」

スルーパスを引き出したこの場面について小林に聞くと、彼はそう話してくれた。あの動き出しにあったのは、出し手の瀬川祐輔に対する信頼感だ。

セガは自分の良さを引き出してくれる。よく話もしますし、練習試合でも同じ右(サイド)で一緒にやっていたりして、感覚が合うので、やりやすさもあります。あの時はソンさんからのボールをトラップして、(瀬川祐輔が)前に入れるような雰囲気があったので、先に触れたら自分を見てくれると思いました」

 チャン・ミンギュとドレシェヴィッチのセンターバックコンビは、これまで決して中央を空けることのなかった。だが、その門が開いた隙を瀬川と小林は見逃さなかった。

 小林は言う。

「持った瞬間に自分が引っかからないようにセンターバックの間を走るイメージができていました。本当にイメージ通りのパスをくれて、あとは相手のGKが出てくるかどうかのところでした」

 ゴールマウスを飛び出してカバーしようと猛然と詰めてきたのは、GK谷晃生。
オフサイドギリギリに抜け出した小林がボールに触り谷晃生のタックルをかわしたが、次の瞬間、タックルで伸ばしていた谷の右足が小林の右足を払う格好になった。

 転倒する小林。そして山本雄大主審のホイッスルが鳴り、決定機阻止の谷晃生にはレッドカードが提示された。

「足が引っかからなければ(ゴールを)決めれたと思うので悔しいですけど」

 小林が唇を噛み締める。
GKをかわして無人のゴールに流し込む作業を終えていれば、チームが同点に追いつくだけではなく、キング・カズを超えて歴代単独7位になる瞬間だった。

 そこからの約20分は、数的優位となった川崎フロンターレが、自陣で5-3-1システムで守備を固める町田ゼルビアをどうこじ開けていくのか。

 そこが試合の焦点となったのだが、結局、最後までゴールネットを揺らすことはなかった。等々力が沈黙とため息に包まれる中、アウェイゴール裏の一角に詰めかけた町田のサポーターが歓喜の歌で沸いていた。

「個人的に引き分けに持っていかなければならない試合だったと思いましたし、相手が少なくなった時間帯の中で、こじ開けられなかったというところが悔しいです」(小林悠)

 ほんの2年前まで、ほとんど負けることなどなかったホームゲーム。偉大な先輩達は、ことあるごとに「等々力では負けてはいけない」と言い続けていた。しかし、去年からポツポツと取りこぼすことが目立ち始めている事実がある。今シーズンは、すでに公式戦5試合やっているが、等々力ではまだ1度しか勝っていない。

 小林はその現実から目を逸らさずに、しっかりと受け止めていた。

「この流れなら勝てるだろうという試合を今年はことごとくぼしているというか。負けている試合はそういう試合が多くて、そこは自分たちの力のなさだと思います。応援の声が聞こえていて背中を押されているんですけど、勝ち切れない」

 それでも踏みとどまらなくてはいけない理由がある。抗い続ける視線の先に、ゴールと、チームの勝利があるからだ。

「個人としても、チームとしても負けを受け入れちゃいけないと思いますし、練習からもっと厳しくやらなければならないと思います」

では、ここからがレビューの本題になります。このゲームをたっぷりと振り返っていきます。

※オフ明けの4月9日、麻生での公開練習を取材してきました。選手たちがグラウンドに姿を現したのは予定の開始時間から30分後。普段よりも、少し長めのミーティングでした。町田戦の敗戦を受けて、鬼木監督はどういうメッセージを選手たちに伝えたのか。そこが興味深かったので、約2000文字のコラムとして追記しております。

■(※追記)「そういった悪いシーンで使われたのは、自分が来てから初めてかなって思います」(佐々木旭)。オフ明けのミーティングで選手たちが見たのは、マンチェスター・シティやリヴァプールの一流選手たちがミスをしたシーン。それを通じて伝えたかったものは何か。

※4月10日に大島僚太に関する追記その2をしました。右ふくらはぎ肉離れのなどで昨年7月から離脱していましたが、9日からチーム練習に完全合流を果たしています。すでにスポーツ紙などでも報道されており、「大島僚太の復活」に心躍らせたサポーターも少なくないでしょう。彼の存在は、今のチームに欠けているものをもたらしてくれるはずで、じゃあ、それは何なのか。そんなコラムを約3000文字で書いております。

■(※追記その2)「まだ少ない日数ですが、めちゃめちゃ楽しいという思いはあります」。ピッチに戻ってきた大島僚太が、24年の鬼木フロンターレにもたらしてくれるもの。

ラインナップはこちら。


では、レビューのスタートです!!

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