情況についての発言(7)――NHK新会長とCLPについて

 NHKとCLPについて、またかと思われるかも知れないが、最近思ったことを書き記す。今回が最後になることを願うばかりである。


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 今年1月25日にNHK会長が交代した。新たに就任したのは日本銀行元理事でリコー経済社会研究所参与の稲葉延雄氏で、これで6代にわたって経済界からの登用が続くこととなった。前回の「情況についての発言」で、新会長は「現行の改革路線を踏襲するものと思われる」と書いたが、就任記者会見の要旨を見る限り、どうやらその通りになりそうである。
 前会長の前田晃伸氏の「強引な改革」の結果が職員有志一同の告発(「〈紅白打ち切りも〉 前田会長よ、NHKを壊すな」、『文藝春秋』2022年6月特別号)によって明るみになった。前田氏の会長退任の際に、NHK経営委員会委員長の森下俊三氏は、放送業界が大きく変わらないといけない時期に大改革をやったことで前田氏に敬意を表する一方、大改革による副作用も認めている。それゆえ、執行部が現場サイドの調査をし、直さないといけないところを整理しているようである。
 それを受けてか、新会長の稲葉氏は就任記者会見で自らの役割を「改革の検証と発展」とし、次のように述べている。

 実際かなり大胆な改革ですので、若干のほころびやマイナス面が生じている部分があるかもしれません。従って第一に、もしそうであれば、丁寧に手当てをしながら、ベストな姿に持っていきたいと思います。特に人材活用の見地から重要な人事制度改革については私の目から見て検証、見直しを行っていきたいと思います。一人一人が能力を最大限発揮してもらうために、多様なキャリアパスを示して安心して職務に専念できるよう温かみのある人事制度にしたいと考えています。そして、その際には、現場の職員・社員のみなさんの声に耳を傾けて、しっかり対話しながら手当てを進めていきます。

 前田氏の路線の否定とまでは言えないが、修正を思わせるような内容ではある。ところどころ「手当て」や「安心」や「温かみ」といった言葉が見られるが、あくまで経営改革が前提である。先の稲葉氏の言葉は経営改革の二つのプランのうちの一つ目に言及したものに過ぎず、経営改革の本丸は次のようなものである。 

 そして第二に、収支の均衡が表面的に実現したとしても、それによってコンテンツの質や量が落ち込むことがあっては本末転倒です。デジタル技術を活用して質・量ともに豊富に提供していく。これはやり残した部分であり、経営改革の第二弾、本丸として探っていきたいと思います。

 デジタルテクノロジーのさらなる活用としては、例えばメタバース技術の活用による新しい画像表現の探求やデジタルアーカイブの事業展開、あるいは番組の制作から発信までの生産プロセス、職人芸的なものを否定するわけではありませんが、そうした生産プロセスをデジタル的に抜本改革することなどで、これまで以上に高品質なコンテンツを効率的なコストで生み出していけるよう、NHKを前進させていきたいと思います。

 今年の10月からの過去最大の受信料値下げが決まっているが、前田氏の下で多くの貴重な人材がリストラされ、強引なコストカットがなされた後で、コンテンツの質と量ともに豊富に提供できるかどうか甚だ疑わしい。稲葉氏が修正を施したところで、多くの貴重な人材が失われてしまっている。そして、メタバース技術の活用や生産プロセスのデジタル的な抜本改革等々を考えているようであるが、若い視聴者層だけを相手にしさえすれば大資本企業から多額の金が貰える今の民放各局と老若男女関係なく定額の受信料を徴収するNHKとでは事情が異なる。さらに、効率的なコストで高品質なコンテンツの生産というのも、受信料の大幅な値下げが念頭にあるからなのだろうが、無理があるように思えてならない。
 最後に稲葉氏は、「まず日々の報道面では、真実の探求のため時間をかけてもしっかり取材し、NHKらしい真摯な姿勢で、公正公平で確かな情報を間断なくお届けしたい」と述べている。また、質疑応答では、記者から政権との距離や岸田首相側からの打診があったのではないかと問われ、稲葉氏はそれを否定しているが、あまり鵜呑みにしないほうがいいように思われる。前田氏が会長に就任した際に、前田氏は会見で、「どこかの政権とべったりということはない」、「公平中立であることが大切だ」、「権力を持っている政権が報道機関から権力チェックされるのは当たり前」等々述べる一方で、安倍晋三氏を囲む財界人で作る「四季の会」のメンバーだったことを認めたからである。先に言及した職員有志一同による告発文においても、前田氏が会長になってから、以前にも増して政治介入を許すようになり、現場に混乱を招く事態が相次いだことが記されている。
 メタバース技術の活用等々によって若い視聴者層を取り込むことも課題に一つなのはわかるが、先にも言及したようにNHKはあくまで老若男女関係なく定額の受信料を徴収している。受信料が大幅に値下げするなか、最新技術の活用を優先するあまり、情報の正確性等々のコンテンツの質の低下があってはならない。老若男女関係なく定額の受信料を徴収している以上、NHKはすべての人の期待に応えていただきたいものである。


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 今年3月1日、セクハラ問題に取り組む弁護士が依頼者にセクハラと新聞社各社、テレビ局各局が相次いで報じた。その弁護士は馬奈木厳太郎氏で、演劇や映画界のハラスメント問題の他に、原発事故を巡る避難者訴訟の弁護団事務局長も務めていた。
 ハラスメント問題や原発問題に関心ある私ではあるが、恥ずかしいことにこれらの案件をこの馬奈木氏が担当していたこと自体知らなかった。同日、馬奈木氏は自らのブログで、裁判で代理人を務めた依頼者にセクハラを行ってしまったと明かし、謝罪した。その依頼者とは、演出家からセクハラ被害を受けた際に馬奈木氏に演出家との交渉を依頼した俳優の女性で、演出家と和解が成立した際の示談金で演劇や映画界のハラスメント被害をなくす会を設立し、その代表を務めていた。その俳優の女性は、先のセクハラ被害を契機に知人の紹介で馬奈木氏と知り合ったようで、詳細は省くが、先の演出家と和解が成立した後に馬奈木氏によるセクハラ被害を受けたようである。
 昨年末に所属する弁護士会に俳優の女性から懲戒請求書が届き、相手の苦しみを知ったようで、同時期に「体調不良」を理由に原発事故を巡る避難者訴訟の弁護団事務局長の退任を申し出て、今年1月中旬に開かれた避難者訴訟の原告団の合同会議にオンラインで参加し、そこで自らのセクハラの件を明かし、謝罪したようである。また、馬奈木氏は今後ハラスメント講習の講師を行わないようである。当たり前である。
 ところで、この馬奈木氏、先にこれらの案件を担当していたこと自体知らなかったと書いたが、今回の報道が出た時に、どこかで聞き覚えのある名前だなと思った。しばらくして、昨年のCLP問題の際の代表者にとって非常に手厳しい内容の調査報告書の作成者の一人であったことに思い当たったのであるが、だからと言って今回のセクハラの件が許される訳ではない。馬奈木氏はCLP問題の際にCLPのアドバイザーに就任していたが、調べてみたところ、昨年末をもってアドバイザーを辞任していた。これは、馬奈木氏の所属する弁護士会に懲戒請求書が届き、原発事故を巡る避難者訴訟の弁護団事務局長の退任を申し出たのと同時期であり、馬奈木氏はCLPに対して、アドバイザー辞任の理由として「民間企業への移籍」と報告していたようであるが、実際にはセクハラの件が理由だったと思われる。
 馬奈木氏のセクハラ報道の約2週間後の3月14日に、CLPはYouTube上で「3/14 ハラスメント実態、労働環境適正化、日本映画のこれからを考える3」と題したライブ配信を行った。このライブ配信の最後のほうで出演者の一人が今回の馬奈木氏のセクハラの件について言及していたが、CLPとしては何もコメントしていない。馬奈木氏がCLP問題の際の調査報告書の作成者の一人であり、かつ、昨年末までであるがアドバイザーをも務めていた以上、何かしらコメントを出して欲しいものである。昨年末の馬奈木氏のアドバイザー辞任の時点で、CLPが今回のセクハラの件を把握していたかどうかよくわからない。ここのところが少し残念である。
 最後に、今回の馬奈木氏のセクハラについて私見を述べるが、演劇や映画界のハラスメント問題への理解がなかなか深まらないなか、被害を受けた俳優の女性が限られた交友範囲の関係で馬奈木氏に演出家との交渉を依頼したことにより、起こるべくして起こった出来事のように思えてならない。今回の馬奈木氏のセクハラの件を契機に、馬奈木氏の過去の数々のセクハラの件も明るみになったが、被害を受けた俳優の女性は恐らく馬奈木氏の過去の数々のセクハラの件を知らなかったように思われる。昨年は、日本の演劇界や映画界でもハラスメントの事例が相次ぎ、これらの業界でのハラスメントへの理解が浸透したように思われるが、本来であれば依頼者を弁護する立場の人物がその依頼者にハラスメントを行う事例が出てしまった以上、依頼者と弁護人との間の権力関係についても議論を今後深めなければならないように思われる。

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