【緊急批判】野党議員さんへ、あなた方は報復核攻撃を是認するのですか?―日米プログレ議連共同書簡は何を実現しようとしているのか―

市民連合、安保法制撤回やめるってよ

ロシアのウクライナ侵攻を利用し、核シェアリングを主張する政治家が出てくるなど、近いうちに日本も戦争に巻き込まれることを前提にした空気感が出てきています。

市民連合は4月6日、次の参議院選挙に向けた政策提言の方針を発表。従来の方針を修正し、安保法制の白紙撤回を盛り込まないことを関係者が明らかにしました。

この関係者は、誰のことか厳密にはわかりませんが、メディアのコメントなどから、これまで市民連合の顔としての役割を果たしてきた、山口二郎(法政大学法学部教授・新外交イニシアティブ評議員)の可能性が高いと思われます。

市民連合は、安保法制に反対する市民運動の高まりの中で、2015年12月に「総がかり行動実行委員会」「立憲デモクラシー」の会などが集まってできた市民団体です。

実際、正式名称は「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」です。それが、一般市民に諮ることなく、安保法制の廃止を求めないと言いだしたのです。もはや、市民連合の存在価値はありません。

「野党共闘」のために市民連合が打ち出した共通政策を受け入れるなら、野党の存在意義もまた消滅するということを、すべての野党議員は理解しなければならないでしょう。

野党と「核兵器先制不使用」と共同書簡

米「核兵器先制不使用」宣言を支持する日米プログレッシブ議員連盟共同書簡の概要

市民連合の問題点については、さしあたり他の論者に任せることとします。

今回のnoteは、より知られていない、しかし、さらに深刻な問題を取り上げます。

4月1日、「米『核兵器先制不使用』宣言を支持する日米プログレッシブ議員連盟共同書簡」が、日米両政府に提出されました。4月5日、議連事務局がある新外交イニシアティブが公開しています。

https://www.nd-initiative.org/research/10501/

この共同書簡は、バイデン大統領が公約に掲げてきた「核の先制不使用宣言」(核兵器の唯一の目的を核攻撃の抑止とする宣言)が、3月末に発表されたNPR(核体制の見直し)に含まれなかったことを受け、同宣言をするよう促す目的でバイデン大統領と岸田首相に宛てたものとされています。

署名者は、アメリカ側は米プログレッシブ議員連盟を中心にバーニー・サンダース、エリザベス・ウォレン、オカシオ・コルテスら大物議員・著名議員ら35名。日本は、立憲民主党を中心に、泉健太・立憲民主党代表や逢坂誠二・同代表代行、福島みずほ・社民党党首ら39名が含まれています。(日本側の議員名簿は末尾に記載)。

上記リンク、すなわち新外交イニシアティブの公式Webサイトで公表された書簡についての説明文を、便宜上「プレスリリース」と呼びます。ですが、どういうわけかこの共同書簡は、現在のところほとんど日米の大手ニュースメディアで取り上げられている節がほとんどありません。

共同書簡全文

この共同書簡について、米バイデン大統領が「核の先制不使用宣言」をするのは良いことだ、と素朴に思う人も多いと思います。

しかし、実際の書簡を―とりわけ日本側の視点から―読むと、報告において説明された主旨とは異なる、かなり深刻な問題が孕まれているように思われます。

以下、全文引用します。

米「核兵器先制不使用」宣言を支持する日米プログレッシブ議員連盟共同書簡

ジョセフ・バイデン大統領 殿
岸田 文雄 内閣総理大臣 殿

私たちは、日米両国の国民の代表として、両国政府に対し、いかなる時も、いかなる状況下においても、核兵器の先制使用に反対すると宣言するよう要請致します。

核の先制不使用は、すでに日米同盟の事実上の政策となっています。実際、これまで両国政府は、米国の核兵器の先制使用が必要となる、あるいは、望まれる具体的なシナリオを示してきませんでした。

そもそも核攻撃に対する防衛は、米国の核の先制使用能力ではなく核の報復能力の保証に基づいており、先制不使用宣言によって米国の日米両国への防衛能力が低下することはありません。むしろ、核の先制不使用宣言は、不信や誤認、偶発的核発射の可能性を低下させ、核攻撃に対する防衛力を高めることになります。

日本の支持の下、米国から核戦争を始めることは決してないとする核の先制不使用宣言は、核戦争の危険性を低減させ、最終的にはその危険性を完全に根絶するための国際的な努力に新風を吹き込むことになるでしょう。これは、核保有国間、とりわけ米中間の緊張が高まっている今だからこそ特に重要な取り組みです。

米国政府は先般、「核態勢の見直し(NPR)」を終えましたが、核の先制不使用の宣言は今からでも遅くはありません。米国の核兵器についてのこの賢明な政策変更は、日米両国の私たち国会議員、および、私たちが代表する市民から圧倒的な支持を得ています。

真摯かつ公正にご検討いただきますようここに要請致します。

2022年4月1日

https://www.nd-initiative.org/wordpress/wp-content/uploads/2022/04/CPC-NPT-letter-USJP.pdf

共同書簡の主旨は、日米同盟における「核による報復攻撃宣言」

この書簡の本文には、「プレスリリース」では前景に出てきていない、非常に重要な文脈が詳細に描かれています。

それが「日米同盟」です。この書簡は、日米同盟における「核の傘」についてもっぱら書かれたものだと言って過言ではありません。

「核の傘」とは、核を持たない同盟国に対して、核保有国の核兵器による抑止力を拡大させるということです。日米同盟の文脈において核の傘が存在するということは、日本が他国から攻撃されたときに、米国が核兵器を使って報復攻撃を行うということなのです。

つまり、この共同書簡がバイデン大統領と岸田首相にお願いしていることは、「日本が核攻撃をされた場合にだけ、米国は報復として核攻撃をすることを宣言してください」ということです。

実際、この書簡の中には、「そもそも核攻撃に対する防衛は、米国の核の先制使用能力ではなく核の報復能力の保証に基づいており、先制不使用宣言によって米国の日米両国への防衛能力が低下することはありません」(強調は引用者)という一文が含まれています。

これの何が一体問題なのか。それを理解するためには、これまでの日本政府の「核の傘」に対するスタンスについて知る必要があります。ちょっと長い迂回路になると思いますが、丁寧に解説します。

日本政府と「核の傘」

日本政府公式見解:日本は「核の傘」の主体ではない

米国による核報復攻撃を含むセンシティブな内容の文書に、複数の党首を含む野党議員たちが合意しサインをしたというのが、この書簡の本質でした。

「核の先制不使用は、すでに日米同盟の事実上の政策となっています」という一文にあるように、この書簡は、日米両政府が「事実上」、核の傘を共有していることを前提に書かれています。

しかし、この書簡で書かれていないもう一つの前提があります。

それは、日本政府がこれまで、「事実上は」米国の核の傘に依存しつつも、「公的には」日本から頼んだものではないという、非常に曖昧なスタンスを取ってきたのです。核の傘はあくまで米国から差しかけられた受動的なもので、日本側から主体的には関与していないという建前をとってきたのです。

この政府の曖昧なスタンスについて、元外交官・日本国際問題研究所元理事長の佐藤行雄氏は、1966年の椎名悦三郎外務大臣の言葉を引用して「差し掛けられた傘」と名付けています。

政府は核の傘に関知しないという「政府公式見解」の例を紹介します。

当該共同書簡にも署名している逢坂誠二は、2016年の質問主意書で、核の傘について質問しております(p.37)。以下がその内容です。

同年のワシントンポストの報道によれば、安倍首相がハリス米太平洋軍司令官に対してオバマ大統領の核先制不使用方針に対して反対意見を述べました。それに対して安倍首相は「核の先制不使用についてのやりとりは全くなかった、どうしてこんな報道になるのかわからない」と全面否定(というかスッとぼけ?)したのです。

また岸田外務大臣が米国の核兵器について尋ねられて、あくまで米国の方針について以下のように承知しているとの記述もあります。

逢坂は質問主意書において、このような状況を記載した上で、どういう条件で核の傘が発動されるのかを質問しています。

それに対する安倍首相の回答は、一言で言えば「お答えすることが困難である」というものでした。

この質問主意書とその回答から読み取れることは、安倍にしても岸田にしても、核の傘の主体はもっぱら米国政府であり、日本政府は主体的に関与しないという建前を維持し続けているということです。別の言い方をすれば、安倍晋三と岸田文雄は、意外なことに、日本政府の代表として、「何を公的に言って良くて、何を言ってはいけないか」についての最低限の分別が付いていると論評することも、あながち的外れではないでしょう。

もう1つの事例を出します。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-05-09/2018050901_01_1.html

2009年、オバマ政権のNPR(核体制見直し)に向けて米議会が設置した「戦略体制委員会において同盟諸国の意見を聴取したところ、日本代表から「核の傘」の信頼性について疑問が出たのです。以下がその驚くべき内容です。

「特に日本の代表は、米国の『核の傘』としてどんな能力を保有すべきだと自分たちが考えているかについて、ある程度まで詳細に説明した。ステルス性があり、透明で迅速であることだ。彼らはまた、堅固な標的に浸透できるが、副次的被害を最小化し、爆発力の小さな能力を望んでいる」と述べました。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-05-09/2018050901_01_1.html

赤旗は同年、議事録を入手して報道し、日本共産党の井上哲士議員も同11月に参院外交防衛委員会で証言を取り上げました。

ところが、2018年に井上議員室が当該議事録を改めてオンラインで確認したところ、「日本の代表は」という文言が「われわれの同盟国の1つの代表は」に差し替えられていたのです。この背景には、日本政府の圧力があると思われます。

つまり、日本政府はこれまで、日本側が要望する「核の傘」の要件を詳細に伝えていたのですが(米国側に受容され実装されたかどうかは別問題として)、公式には米側の核戦略には一切関知しないというスタンスを取ってきたのです。

日本政府が「核の傘」に公的に関与しない理由

日本政府の「核の傘」に対する受動的なスタンスには、どのような理由があるのでしょうか。

①世論の反発に対する配慮
日本は世界最大の被ばく国であり、核に対しては、当然ながら非常にセンシティブな感情を抱いています。有権者(あるいは自民党の支持者)に多くの被爆者・被曝者がいることも含めて、反発を避けたいというのもあるでしょう。

②核兵器廃絶方針の堅持
日本政府はこれまで一貫して「核兵器の廃絶」を揺るぎない方針としてきました。周知のように、日本政府は核兵器禁止条約の批准を拒否しています。しかし、「核兵器廃絶」という建前は、安倍政権・菅政権においても崩してこなかったのです(たとえば安倍首相の退任記者会見)。

③非核三原則の堅持
その方針において、一貫して重要視されてきたのが「非核三原則」、すなわち「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」です。日本が非核三原則を堅持する限り、日本が核の傘を積極的に利用していると公言することはできません。

④核武装の野心がないことをアピール
おそらく、あまり語られないことですが、もう一つの背景は、米国への配慮です。佐藤行雄は先に紹介した本で、米国上層部の多くの人が、日本の核兵器所持を懸念していることを証言しています。佐藤氏は、米国が「核の傘」を日本に対して提供する重大な理由の1つとして、独自の核武装への野心を創らせないためだと考えています。
この仮説は、アメリカにとって日本は、同盟国である以前に敗戦国であり、今も国連の敵国条項が撤廃されていないことを考えても、妥当だと私は思います。

そうだとするならば、日本政府が非核三原則を堅持して核廃絶方針を堅持しているのは、核武装に対する野心のなさを米国上層部に対してアピールしているという背景もありそうです。

⑤???
あまり語られないませんが、もうひとつ極めて深刻な理由があるのではないかと思います。それについては、後で論じます。

共同書簡と「核の傘」公式化

書簡は「日米による核戦略共有」を前提としている

これまで見てきたように、日本政府は、実際には米国の核の傘に依存しながら、表向きは主体的な関与を認めてきませんでした。

この事実を前提知識として見ると、日米プログレッシブ議連の共同書簡は、日本政府の公式スタンスに対して決定的な変更を迫るものでもあることがわかります。

実際、書簡の最初の方には以下のような記述があります。

核の先制不使用は、すでに日米同盟の事実上の政策となっています。実際、これまで両国政府は、米国の核兵器の先制使用が必要となる、あるいは、望まれる具体的なシナリオを示してきませんでした。

「日本政府がシナリオを示してこなかった」から事実上の(共通)政策であるというのは、流石に論理として無理筋でしょう。(少なくとも公式見解としては)「そもそも日本政府は、先制使用が必要となる具体的なシナリオを示す立場にない」というものであることは明確です。

ともあれ書簡のこの論述は、「日米が核戦略を共有している」ということを前提にしていなければ決して書けない文章です。そして、核戦略の日米での共有が事実かどうか、仮にそうだとしても、どのレベルでの共有なのか、一般市民の立場からは基本的にはわかりません。

もちろん、この文章を民間のシンクタンクやマスコミや軍事評論家が書くなら問題がありません。しかし、国会議員の連盟がこの文書にサインをして公式に発表し、日米両政府に提出したことには、大きな問題があります。

この書簡によって、野党議員が日本政府に対して迫っているのは、「核先制不使用宣言を支持する」ことである以前に、―あるいはそれをカモフラージュとして―「日米同盟における核の傘の運営主体であると認めさせること」なのです。それが意図したものかどうかはともかくとして、やっていることを見れば、野党議員は一種の「毒まんじゅう」を岸田首相に食わせようとしていることになります。

日本政府を「核の傘」の運営主体に仕立て上げた手法について

書簡の形式も、その結論の傍証となります。この書簡は、バイデン大統領と岸田総理宛に書かれています。そして、この文書の中には、両者に宛てた1つの要請文しかありません。

私たちは、日米両国の国民の代表として、両国政府に対し、いかなる時も、いかなる状況下においても、核兵器の先制使用に反対すると宣言するよう要請致します。

もし仮に、米国政府のみが「核の傘」戦略の唯一の運営主体であるという日本政府の公式の立場を尊重するならば、このような「両者同等の扱いをする」要請文は決してありえないはずです。一方は主体国で、もう一方は単なるその友好国という立場なのですから、それぞれの要請内容を厳密に分けなければいけません。

さらに言えば、こうした要請を行うために、書簡の中で日米同盟における核戦略について書く必要は何もありません。

すなわち、バイデン大統領には「核兵器の先制不使用宣言をしてください」、岸田首相には「バイデン大統領の同宣言を支持してください」と端的に要請すれば済む話なのです。日米同盟や核戦略といった背景を両国首脳に説くのは、釈迦に説法でしょう。そのような内容の書簡なら、おそらくほぼ問題はありません。

もちろん、こうした背景の解説は、両国の有権者に対しては必要でしょう。それはたとえば、この書簡起草に関わった民間シンクタンクが、自分たちの責任において解説をするべきことです。

それなのに、実際にはこの共同書簡では、日本政府を日米同盟における核戦略の共同運営主体として扱い、野党議員がこの文書にサインをしています。プレスリリースで書かれていた文書の(表向きの)目的は書簡本体には十分には記されず、逆に、書簡本体の中には、あってはならないものが書かれているという、非常に奇妙な逆転現象が起きているのです。

一体何が起きているのでしょうか。

ちょっと譬え話をします。

Aさんが、個人的に借金をして会社を創設したとします。友人のBさんが頼まれて、役員に就任しました。ところが会社経営が順調ではなく、不安に思った債権者はBさんに働きかけをしました。

債権者「Bさんは、これまで借金を返さなかったことはありませんよね?」
Bさん「ええ、ないですね。」
債権者「あらゆる債務者は、借金を期日までに返済すべきだと思いますか?」
Bさん「ええ、もちろんそう思います」
債権者「ところでAさん・Bさん両名宛てに、借金を返すことを支持すると誓約する文書を持ってきました。この文書ではBさんは、Aさんの借金によって創られた会社の役員報酬をもらっているのだから、BさんはAさんと実質的に共同経営者であることも説明しています。同意しますか?」
Bさん「そうですね、確かにある意味で、共同経営者とも言えると思います。」
債権者「Bさんは、借金を踏み倒してこなかったんだから、当然ここにサインできますよね」
Bさん「わかりました、サインします」
債権者「Aさんにも、同じようにサインするように言ってください」
Bさん「わかりました、言っておきます」

さて、ここでBさんは、どのような立場だという内容の文書にサインをしたのか、それが問題の本質です。
そもそも、AとBが実質的に共同経営者であるという説明が、どうして誓約書に書かれているのでしょうか?

実は共同経営者の説明のところに「連帯保証人B」という文言が書かれていたのです。

日米核戦略共有は何をもたらすのか

言うまでもないことですが、この公開書簡によって、日本が自動的に米国と核戦略を共有することにはなりません。岸田首相は、野党議連のこの要請をまだ受け入れていないからです。外務大臣経験者である岸田首相が、この書簡の問題点に気がつかないとは、個人的には流石に思いたくありません。

しかし、仮に、この書簡の原案を起草した人たちが、岸田首相の声明の原案も担当するとすればどうなるでしょうか。あるいは政権交代が起きて、立憲民主党が政権の座に就いたとすればどうなるでしょうか。

実のところ私は、日本の野党議員たちが、こうした問題を熟知した上で、岸田総理に「核戦略の共同運営者」に転換するよう迫っているとはまったく考えておりません。書簡が孕んでいる問題に気がつかずに、サインしてしまっただけだと思います。

さらに言えば、米国側の議員たちが意図的に日本の議員たちを誘導したとも思っていません。彼らは、日米同盟や核問題に対する日本政府の微妙な立場について十分に理解しているとは思えないからです。

しかし、仮にこの書簡に書かれた内容を、日本政府が公式見解としてしまったらどうなるのでしょうか。議連は、この宣言によって核兵器廃絶に近づくと考えているようですが、本当にそうなのでしょうか?

非核三原則の放棄・核兵器禁止条約は批准不可能に

日本が「核の傘」の共同運用主体となり、日米で核戦略を共有していると宣言する。このとき、「つくらず、もたず、持ち込ませず」の「非核三原則」は実質的に破られることになります。

そもそも日本政府が「核の傘」を主体として引き受けてこなかった理由の1つは、「非核三原則」との兼ね合いでした。「核の傘」が一方的に差し掛けられたものだからこそ、「非核三原則」と両立できたのです。

これが日米核戦略共有化によって、もはや日本政府として、「非核三原則」を主張することができなくなるのです。実際、この書簡においても、プレスリリースにおいても、非核三原則については一切触れられていません。

さらに、日本はもはや「核兵器禁止条約」の批准は不可能となるでしょう。核についての「現実路線」によって、核廃絶を目指す政府方針から明らかに後退するのです。

日米の軍事的一体化を進行させる恐れがある

すべての軍事戦略は、相手との関係において成り立つものです。「核の傘」においても、もちろん例外ではありません。

日本とアメリカがともに、日米同盟における「核兵器の先制不使用」を宣言すれば、世界は、仮想敵国も含めて、日米が核戦略を一体運用していると見做すようになるでしょう。そうすれば、それらの国もまた、軍事行動をエスカレーションさせることに繋がりかねません。たとえば、核以外の攻撃手段を準備することも考えられます。

こうした事態になれば、日米両国は、軍事的により一層共同して事にあたらなければならなくなるでしょう。形式的な「核戦略主体」宣言が、日米の実質的な軍事的一体化の呼び水となりえます。

このようなリアクションの連鎖が、本当に世界平和に繋がるのか、疑念の余地が十分にあります。

核兵器廃絶への独自の外交努力が不可能になる

日米核戦略共有することを宣言すれば、議連がどのように主張しようとも、実際には核廃絶を目指す外交を行うことは極めて困難になるでしょう。なぜなら、先にも述べたように、仮想敵国にとって、日本は米国と一体化した存在として見做されるからです。

日本が「核の傘」を主体的に引き受けず、日本政府はこれまで一貫して、将来的な核兵器廃絶を目指すという建前を堅持してきました。その意図された曖昧さによって、実は(米国にとっての)仮想敵国との対話する余地が残されているのです。そして、実際に米国とは独自の外交によって、核廃絶のための他国への働きかけが可能となり、核のない未来の実現に貢献することが可能となるのです。

これは絵空事でしょうか?

実は、日本は過去に実績があるのです。私も読むまで全く知らなかったのですが、先にあげた佐藤行雄氏の著書によれば、1987年の中距離中距離核戦力(INF)全廃条約の米ソ(欧)交渉において、実は非核三原則を掲げた日本が、独自外交によって主導的な役割を果たしていたのです。

日本の「核兵器先制不使用宣言支持」が「日米核戦略共有」を含んでいる限りにおいて、核兵器廃絶のための独自の外交努力は不可能になるでしょう。他国にとって、日本は米国と同様の仮想敵国として、信用されることがなくなるからです。

「報復核攻撃」は憲法違反の可能性が濃厚

大切なことなのでもう一度繰り返します。

「核の傘」は、具体的に言えば、日本が他国から核攻撃をされた場合、報復として米国が敵国に対して核攻撃を行うということを意味しています。日本が核戦略の一方の責任主体になるということは、日本にも報復核攻撃の責任が生じるということです。

トートロジーですが、論理的に言って、すべての核攻撃は自国領内で行われるか、自国領外で行われるかのどちらかです。

他国の軍隊が日本国内に侵略してきたときに、その報復攻撃としてアメリカ政府所有の核兵器が日本領土内で炸裂する―これを日本国民は許すでしょうか?言うまでもなく、絶対にありえません。

では、他国に対して落とした場合はどうでしょうか?この場合、とても、スタンダードな憲法解釈で許容されているところの、最小限度の自衛権発動とみなすことは不可能でしょう。その場合、日本国憲法第九条に違反することは明白です。

実際に報復核攻撃を行うまでは憲法違反にならない、それを避けるためにこそ「核兵器先制不使用宣言」が重要なのだ、そのような反論があるかもしれません。しかし、憲法第九条を、もう一度読んでください。この条文は「戦争放棄」と要約されていますが、実際には「武力による威嚇」も禁じているのです。

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

日米共同での核先制不使用宣言は、論理的に言って、「日本に対して核攻撃をしてきたら、報復として核攻撃を行いますよ」という宣言とほぼ同義です。この宣言を日米共同で行うならば、これは日本国憲法が禁じた「武力による威嚇」にあたるのではないでしょうか?それとも、自国の武力による威嚇は違憲で、他国の威を借りて威嚇を行うのは合憲であるとでも言いつのるのでしょうか?

つまり、この核兵器先制不使用宣言を、日本政府が日米核戦略の共同主体として行う限りにおいて、どのように考えても違憲の疑いはまぬかれないのです。

日本政府が核の傘を主体的に引き受けてこなかった最大の理由こそ、この憲法との整合性の問題だろうと私は考えています。

野党議員は日本国憲法に立ち戻れ

繰り返しになりますが、民間のシンクタンクやマスコミや評論家が、憲法違反の内容が含まれた提言を行うのは自由です。しかし、国会議員には、憲法尊重擁護義務があります。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

外部のシンクタンクの提言を、国会議員自らのものとして引き受け公表するならば、それが日本国憲法に照らしあわせて問題がないかをチェックするのが、最低限の国会議員の仕事でしょう。

もちろん、この提案に憲法違反が含まれているかは、丁寧かつ慎重な議論が必要です。しかし、この提言において、あなたがた野党議員は有権者に開かれた場で議論を行いましたか?それが必要だという意識はありますか?

この共同書簡の提言が違憲ならば、立憲民主党の泉代表以下、錚々たる野党議員たちは、自分たちでも気がつくことなく、世界平和に貢献しているつもりで、率先して解釈改憲の後押しをしたことになるのです。しかも、「核兵器」という、核兵器の被爆国にとって最低最悪のテーマにおいてです。

サンダースやオカシオ・コルテスという名前に釣られたのかどうかは知りませんが、野党議員たちは国民に広く諮ることなく、違憲性の高い提言を行ったのです。

こんなものを平気で素通りさせてサインしてしまうなら、私たち市民はあの2015年の夏、いったい何のために街頭でプラカードをかかげ、署名を集めてきたのでしょうか?
何のために安保法制をめぐって安倍政権と戦ってきたのでしょうか?
第二自民党を創り、解釈改憲を後押しするためだと思っていた人は、ほとんどいなかったと思います。

安倍晋三といえば、最近、核共有(ニュークリアシェアリング)についての議論をタブー視するべきではないという主旨の主張をしました(朝日新聞 2月27日)。菅義偉元首相や橋下徹も、同様の主張をしています。

私は、ニュークリアシェアリングは、議論するまでもなく、非現実的な政策だと考えています。敵軍を壊滅させるために、日本領土内で核兵器を落とす戦略を、日本国民として許容する余地は一切ありません。

しかし、それでも「議論」しようとするだけまだマシです。野党議員たちのように、こっそり解釈改憲を後押しするのは、はっきり言って安倍・菅以下の手口です。わかってやっているなら悪い意味において極めて狡猾ですし、わからずにやっているなら、国会議員としての資質が欠落しています。

あえて極端なことを言いますが、こんなデュープロセスも踏まえず解釈改憲を推し進めるやり方なら、そのうち野党が政権に就いたとき、議論なく独自の核武装を行っても不思議ではありません。この宣言によって、非核三原則が明示的に廃棄されるのです。憲法と国民を無視する限りにおいて、日米核戦略共有から、核兵器の共同所有、そして核武装まで、もはや歯止めはないからです。

それでも、「ウクライナを見てみろ、いきなり他国から攻められたらどうするんだ」と野党議員たちは反論するのでしょうか。しかし、野党としてやるべき事は、他国との戦争を前提として自衛隊と米軍の一体運用を推進することではなく、他国と協調して外交努力によって紛争の芽を摘み、核兵器全廃のためにあらゆる国の間を奔走して調停し、現実に核兵器をこの世界から少しずつでも消滅させていくことではありませんか?書簡で誰がどんな主張をしようとも、それこそが市民から圧倒的支持を得た政策だろうと私は確信しています。

そのためには、日米核戦略の共有を前提とし、他国を武力で威嚇するという憲法違反を含んだこの提言を、まずは全面撤回する必要があります。議連として撤回できなくても、議員として一人一人の判断で署名を取り下げることはできるはずです。

もし、この共同書簡への署名をそれでも撤回しないというなら、この内容がどのように非核三原則や憲法第九条と整合性がとれるのか、有権者に対して説明責任を果たしてください。それは、サインした一人一人の議員が、私たちの国民の代表として最低限果たすべき責務だと思います。

そして、市民連合がどのような要請をしようと、安保法制の白紙撤回を求めていく姿勢は堅持していただきたい。これこそが、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、自らの安全と生存を保持しようする日本国民の公僕として、あなたがた野党議員がなすべきことだと私は考えます。

日米プログレッシブ議員

連盟共同書簡 日本側名簿


日本プログレッシブ議員連盟

事務局:新外交イニシアティブ
事務局長:屋良朝博
会長:中川正春
会長代行:近藤昭一
(2020年時点)

共同書簡署名者(日本側のみ)

海江田万里
原口一博
中川正春
近藤昭一
泉健太
逢坂誠二
徳永エリ
吉田忠智
石橋通充
阿部知子
福島みずほ
小熊慎司
源馬謙太郎
森屋隆
荒井優
岡本あき子
大石あきこ
小山展弘
斉藤アレックス
桜井周
階猛
田嶋要
徳永久志
長友慎治
野間健
道下大樹
森山浩行
谷田川元
山岸一生
山崎誠
山田勝彦
吉田はるみ
米山隆一
石垣のりこ
石川大我
伊波洋一
杉尾秀哉
高良鉄美
芳賀道也

後書き 一般読者のみなさまへ

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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なお本記事は、この記事に対するリアクションによっては、予告なく掲載中止や有料化をする可能性があります。予めご了承ください。

最後に、共同書簡の署名議員一覧を掲載しています。ぜひ各議員本人や議員事務所に、書簡の問題点を伝え、働きかけていただければと思います。よろしくお願い申し上げます。

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