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Vol.172 抗がん剤の減量投与の可能性を探る、日本発のデ・エスカレーション試験

*2024年3月15日発行のメルマガから転載

スギ花粉が飛散のピークを迎え、周囲に目がしょぼしょぼしている人や、くしゃみをしている人が目立つ今日この頃です。

私は長年お世話になっていたクラリチンが、先日、よく行くドラッグストアの棚から消えてしまっており、ちょっと焦りました。

同成分のロラタジンEXという商品が置いてあったので、そちらで代用することにしましたが、OTC薬(ドラッグストアで買える薬)のブランドも、栄枯盛衰(?)があるものですね。

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【記事1】 抗がん剤の減量投与の可能性を探る、日本発のデ・エスカレーション試験

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「デ・エスカレーション」については、このメルマガで何度か取り上げてきました。

昨年末のメルマガでも書きましたが、服薬に伴う患者の負担を減らすことを目的に、抗がん剤の投与量や投与日数を減らしても既存の治療法に効果が劣らないことを立証するのが、「デ・エスカレーション試験」です。

「がん研究10か年戦略(第5次)」では、この視点が決定的に欠けていると指摘しましたが、先日行われた臨床腫瘍学会の学術総会の中で、非常に意義深い取り組みが日本国内でもスタートしていることを知りました。

國頭英夫先生という、肺がんの世界で高名かつ、「里見清一」というペンネームの執筆家としても人口に膾炙している先生がいらっしゃいます。

その國頭先生が進められているのが「SATOMI臨床研究プロジェクト」。

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私たちはこれまで効果と副作用だけをみてきた薬の評価に、コストの概念を持ち込むことで、医療費の高騰を抑えることができると考えています。真に「価値(value)」をもつ治療の開発を目指し、なるべく少量の薬で、かつ短期間の使用で、同等の効果が出るような臨床試験をサポートしていきます。

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学会では、現在進められている2本の研究について話されていましたが、そのうちの一つが、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)で採択されたこちらの試験です。

「70歳以上の上皮性増殖因子受容体活性化変異陽性未治療進行・再発非小細胞肺癌に対するオシメルチニブの至適投与量に関する多施設共同研究」

「オシメルチニブ」はEGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんで、現在スタンダードな分子標的薬ですが、1年間服薬継続したら薬価が700万円近くとかなり高価なお薬です。(高額療養費制度の対象になるので、患者さんの支払額は圧倒的に少ないですが)

用量を落として投与して、同等の効果が得られるのであれば、患者さんにとっては副作用は軽減されるでしょうし、全体で見た時のコストも軽減できます。

この試験のポイントは、対象を「70歳以上」に絞っているところだと思います。

新薬の治験をする場合、高齢者が占める割合は実際の患者人口比率より低いのが通常です。

脆弱な高齢者が多く入りすぎて、思わぬ副作用や併存疾患の悪影響で薬の実力をフルに評価できないリスクを避けるためにそうするのですが、現実の世界では高齢者にもどんどん投与されます。

その中で、現状の用法用量が高齢者にとって本当にベストかというのは、一般的に疑問が残るところなのです。

更に、保険者にとってのコストは高齢者の方が(自己負担率が低い分)高いわけなので、この試験を国がサポートする意義はそれだけ高いと言えます。

AMEDに、「高額薬剤の投与期間等を検討する多施設共同臨床試験」というカテゴリーが設けられたのは喜ばしいことですし、今後国内でのこの分野の発展を期待したいと思います。

※本項執筆時点(2024年3月14日)で、筆者は抗がん剤を有する製薬会社複数社との間で、利益相反があります。

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【記事2】BRCA遺伝子変異検査の推奨対象が大きく広がった:ASCOガイドラインの改訂

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「乳癌の5~10%は遺伝性,すなわち乳癌の発症に関係する遺伝子の生殖細胞系列変異(germline mutation)を有している」と考えられています。(出所:乳癌診療ガイドライン2022年版)

「生殖細胞系列変異」=BRCA1/2遺伝子変異、と考えてください。このメルマガでも何度か取り上げているように、アンジェリーナ・ジョリーさんがまさにこのタイプの乳がんです。

BRCA1/2遺伝子変異が陽性の場合、特異的に効果を発揮するオラパリブでの治療が標準治療となります。当初は再発進行がんのみへの適応でしたが、2022年には術後療法にも保険適応がされました。

術後療法での治験結果が出たのは2021年の夏でしたが、その際に出したメルマガ「Vol.135 ASCO情報:BRCA遺伝子変異をめぐるがん治療に新展開」でこんなことを書いています。

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中間解析時点で有意差がつくという非常に良好な試験結果であったため、これによって乳がん治療のパラダイムが変わってくる、という議論がASCOでされていました。

具体的には早期乳がんでHER2陰性であれば、トリプルネガティブだけでなく、ホルモン陽性でも病理的にハイリスクの症例では積極的にBRCA1/2の遺伝子検査を行ない、オラパリブの術後補助療法によって利益を享受しうる患者を炙り出していく必要が出てくる、ということです。

臨床現場の現状では、早期乳がんの遺伝子検査は、BRCA遺伝子変異が疑われるような家族歴を持つトリプルネガティブの患者さんが希望する場合にしか行なわれていません。

早期乳がんの患者さんにBRCA遺伝子変異のスクリーニングをしていくとなると、現状より圧倒的により多くの患者さんに、早期から遺伝子検査を行なう流れになっていくと考えられます。

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今回、まさにそんな話が現実化してきました。

 ■”Germline Testing in Patients With Breast Cancer: ASCO–Society of Surgical Oncology Guideline

「乳癌患者における生殖細胞系列検査:ASCO-外科腫瘍学会ガイドライン」(Journal of Clinical Oncology)

一番重要な点は以下です(太字は筆者)

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BRCA1/2遺伝子変異検査は、65歳未満の乳癌と新たに診断された全患者に提供されるべきであり、個人歴、家族歴、家系、またはPARP阻害剤治療の適格性に基づいて65歳を超える患者を選択すべきである。PARP阻害剤治療の候補となる再発乳癌患者には、家族歴に関係なく、BRCA1/2検査を提供すべきである。

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要するに、トリプルネガティブがほとんどと思われていたBRCA遺伝子変異陽性が、実はホルモン陽性やHER2陽性にもいる可能性が相応にあるから、調べておいた方が良いというわけです。

ちなみに、日本でのBRCA遺伝子変異検査の保険適用は下記が対象となっており、かなり限定的です。

・45歳以下発症乳癌
・60歳以下発症乳癌で,かつサブタイプがトリプルネガティブ
・両側または片側に2個以上の原発乳癌を有する
・男性乳癌
・乳癌診断時に,卵巣癌・卵管癌・腹膜癌のいずれかを合併している
・血縁者(第3度近親者内)に乳癌・卵巣癌・膵癌患者の家族歴を有する

今回のASCOのガイドライン変更を受けて、今後、日本のガイドラインも変更されていく可能性は十分あると思われます。

また、今後問題となるのが、「65歳未満の時点で乳がんと既に診断された患者さんで、BRCA遺伝子変異検査を受けたことがない方」です。

このカテゴリーに該当する方は、相当な数いらっしゃると考えられ、その中でステージも様々でしょうし、治療を継続中の方も休止中の方もいらっしゃいます。HR陽性なのかHER2陽性なのかという点でも、違いがあるでしょう。

そうした多様な状況にある既存の患者さんに対し、どう対応していくかの指針が今後求められてきますので、この点は情報のアップデートを待ちたいと思います。

※本項執筆時点(2024年3月14日)で、筆者はBRCA遺伝子変異の検査や治療薬に関連する特筆すべき利益相反はありません。

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