高遠みかみ

末端冷え性

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Per day(短歌連作)

「将来の夢は風です」起き抜けの寝言はいつも傾いている 人間が人間を産む確率を考えていて朝の霧雨 南東に行ってみたいが南東に自室の壁があって行けない 手のひらを太陽に透かしてみれば手が邪魔で太陽が見えない ぴーすふる、と啼く鳥がいて人類がサブリミナルで穏やかになる 2時間の映画に映る人のうち羽のないもののみ歩行する 村上の春樹のほうと親友であれば肩パンなどするだろう 挨拶の字義は中国語で拷問 きょうはだれとも話さなかった Perfect Sunday like

    • 仮説的仮設不条理(短歌25首)

      色盲の春はまっしろ ねこやなぎ色の絵の具が消える雑貨屋 過ぎていた消費期限を赤ペンで消して世界を添削している 海底にトランポリンを設置する スプリングの意は春、バネ、泉 貝殻が海の歯車だったころ水のおもてを駆けたヒト属 空気しか穿てない人間たちの一発芸として愛がある 人々のなかに入れば人々と呼ばれるものに早変わりする 今日未明成人男性六名が悲劇といった言葉を使用 いつだって逸すると思われている「常軌」という語 親友の影 感冒の薬のにがみ 焼失とよく似ているがす

      • 地球カレー

         寸胴鍋とおたまを抱えて海岸へ向かう。地球の海がカレーになって半年、人々はすっかり順応していた。みんなカレーが大好きなのだ。海に着いた僕は、まず浅瀬のルーを掬い入れる。このあたりは甘口で、沖の方だと魚介系の旨味が出た辛口ルーとなっている。日本海という名だけあって、日本人向きの味だ。インド近海ではキーマカレーやバターチキンカレー、タイはグリーンカレーが広がっているという。近頃カレー海の研究は進み、野菜や肉を放つと味に深みが出ることがわかっている。日本人研究者はうどんを入れていた

        • 記憶喪失集

          神に知り合いはおりません  1213年 造反者 あれはおれのものじゃない。おまえが山羊とつがった子だ  987年 記録なし どこかでお会いしませんでした? たとえば海の家で  2005年 ナンパ わたしが頭をぶつけたんですね。頭とはどこですか  1988年 ルクセンブルク おまえは家を貸したが、おれはもらったんだ  1466年 格闘競技者 いいですか、今までの包丁はわすれてください  2000年 セールスマン はじめて読んだけど、よかったよ  2019年 高等学校

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        Per day(短歌連作)

          短歌スターターキット・性悪編(7首連作)

          クオリティ低め。短歌あるあるとして読んでね。 天才と呼ばれてみたい歌詠みの多くがつかう語彙は「たましい」 ひらがなで「ひかり」と書くと脳髄にエモーショナルな成分満ちる 「はつなつ」とひらいて書いた歌詠みは幸福を前借りしています 意味のない事象をふたつ並べたら読者が橋を渡してくれる 批評する人の気持ちを考えて同じ母音の音を配する 髪と神 誤字だとしても直さずにコンピューターの意図に従う 美しくなくてもいいよ歌なんて麻婆春雨みたいなもんだし

          短歌スターターキット・性悪編(7首連作)

          この箱はとても良い箱だ

           僕らは正しい社会に生まれてきた。そのあまりにも徹底した正しさのために、僕らは僕らの顔を失うことになった。僕らは頭のすべてをすっぽりと覆う、大きな箱を装着している。カラーリングは150種類から選び放題。それが社会の総意であり、正しいので、反論するものは誰一人いなかった。数える程度のテロは起こったにせよ。  教師は僕らに繰り返し言った。 「箱のなかのセカイは安全で、ひとりで、クールでいられる。内側からみんなは、外を好きなように観察できる。無関係でいられる。だから、箱を取ってはい

          この箱はとても良い箱だ

          花人間

           きょうは、花人間がうちに来る日だ。チャイムが鳴った。母が応対するその後ろで、僕はそっと花人間を見上げた。意外にも、ふつうの人間と大差はなかった。身長は父と同じくらい、顔もアルパカのように優しそうで、体つきもしっかりとしていた。ちがったところと言えば、ほのかに身体から土の匂いがすることだろう。 「本日からお世話になります。よろしくおねがいいたします」  花人間は深々とお辞儀した。その礼儀正しさとしぐさに、僕はむしろ疑いを持った。  母は花人間を二階の空き部屋に通した。花人間の

          新潟といえば(ショートショート)

           米越光は11歳のとき、両親と東京に越してきた。  学校の同級生は温かく迎え入れてくれた。光は安心した。新潟で生まれたことを話すと、皆は「新潟といえばお米だよね」と口々に言った。一人ならまだ良かったが、クラスメイト全員に訊かれ、隣のクラスに訊かれ、あまつさえ違う学年に訊かれたとき、光はついに失神した。自分のアイデンティティが「新潟=米」のイメージに蹂躙されてしまい、光は自我を失った。  光は自分の米越という名字を言えなくなった。「コメント」「~個目」などの言葉にも過剰に反

          新潟といえば(ショートショート)

          非対称な意見(ショートショート)

           この像がなぜこんな風なのか、知りたいのかい。もちろん説明してあげよう。僕はこの像をつくったメンバーのひとりだからね。  まず、この地方のいちばん偉い人が、僕たちに「もっとも強くてかっこいい動物の像を建ててくれ」と命令したのさ。僕たちは夜を徹して考えた。 「ワニはどうだ。なんでも砕ける顎」 「ゴリラだ。腕力があって賢い」 「像だけに象なんて」 「カバは強いと聞いた」 「クマは。サイは」 「ハイエナは。チーターは」  でも、ここはやはりライオンだろう、ということに決まった

          非対称な意見(ショートショート)

          超絶! 高齢化社会(ショートショート)

           高齢化社会が際限なく進んだ結果、人類の平均寿命は512歳、平均年齢は241歳となった。国が算出したデータなので間違いはないはずだ。  おれはまだ150の若造で、高年齢と判断される450歳から550歳を受け入れる老人ホームに勤務している。ここにいるのはケタ違いの老人ばかりだ。白髪は白すぎてLEDのように光るし、手が震えすぎてスープが天井につく。しわが深すぎて気圧差があるし、加齢臭も半径2kmに及ぶ。気がつくと床が尿の海になるし、背が曲がりすぎて一周している老人もいる。  

          超絶! 高齢化社会(ショートショート)

          本日終日まで神不在(ショートショート)

           今日は重力がない。たまにこういうときがあるのだ、神のいない日には。  神は最近生まれた。「渋谷の男女50人に聞きました! 神様はいると思いますか?」という街頭アンケートに「なんとなくいると思う」が50人中50人だった。そのために神は生まれた。神も「急に生まれてびっくりしました」と言っていたそうだ。  神はその日から、宇宙全体をワンオペで操作しなければならなくなった。だれも手伝えるものがいないから、助けようにも助けられない。やがて神は、仕事を抜け出して、実家に帰るようにな

          本日終日まで神不在(ショートショート)

          ぼこぼこ

           男は住宅地を帰路についていた。いくつかの道路灯は故障により光を失っていたが、彼の顔は常にスマートフォンで照らされていた。黒いマスクをつけた痩身の男で、上下の服をユニクロで揃えている。彼は「アイドル ディープフェイク」と検索窓に打ち込んでいた。  黙々とアスファルトを歩く男の前方から、英国紳士の格好をした老人がやってきた。黒いトップハット、丈の長いスーツジャケット、傘のように持ち手の曲がったステッキ。イングリッシュの髭。背は高く、痩せすぎていない。老人は男との直線上をぐんぐ

          「目」に住む

          どこにでも住んでいいというのなら、僕は言葉に住む。特に「目」だ。 見たところ三階建てで、非常にシンプルだ。デザイナーズマンションに対抗してつくられたのかもしれない。建築士の名前は鼻だ。 他の言葉マンションもあったのだが、今は目しかない。人気の漢字はすぐ居住者が決まってしまう。つまり、僕は「目に住みたい」とは言ったものの、本当は目以外の選択肢がなかったのだ。しかも二階しか空いていない、ときたものだ。 もし、三階に怖い人が住んでいたらと思うと、おそろしい。 このように、天

          「目」に住む

          自由律俳句『宇宙と椅子を垂直に置く』

          へたな画付きの連作です。ひとつひとつに関連はありません。 電子レンジとは趣味が合う 知らないものの知らない名前を知る 骨うどんもあるんだろうか 風邪かと訊かれる風だと答える いい人だ耳もふたつある 人間だけは笑わないジョーク 木工用と知ったうえで 造花を食べてもいいことがない 生霊と冷蔵庫をまちがえる 背の順なら一万円のほうが低い 陽だまりはそのうち権利を主張してくる 割れていない鏡はより便利 朝のなかでは朝顔が好き 即興の花言葉で得られる称賛

          自由律俳句『宇宙と椅子を垂直に置く』

          よみがえる小学校

           取り壊された、という話を母から聞いた。  実家に帰省したついでに、私はその廃校となった小学校を訪ねることにした。すると、意外なことがふたつあった。ひとつは小学校がまだそのままだったこと。もうひとつは、かつてのクラスメイトが集まっていたことだ。私はみんなの元に駆け寄った。 「おーい、どうしたんだよ」 「あ、リュージ。いまからサッカーするけど、おまえもやるだろ?」 「え……ああ、もちろん!」  私は友人たちと夢中にボールを蹴りあった。私はゴールを二度も決めた。 「すげえなリュー

          よみがえる小学校

          半笑いの履歴書

          「まずあなたに聞きたいことがあります。なぜ履歴書の写真が半笑いなのでしょうか」  スーツを着た年配の男は、同じくスーツを着た若い男に言った。 「はあ。どうも私にはこの顔しかできないのです」  若い男は面目なさそうに言った。 「しかしね、こんな顔をわざわざ使いますか。まともな顔で写ろうとは思わなかったのですか」 「どうも難しくて。はい」 「ほら、今もその顔になってるぞ!」  若い男はにへらと表情を緩ませている。模範的な半笑いだ。 「す、すみません。気を抜くとこれに」 「ほら、も

          半笑いの履歴書