ノーマンズランド あとがき


これはカクヨムに公開しているノーマンズランドという小説のあとがきです。最初はネタバレなしで記します。


あとがき

戦争とはなにかと、最初に調べました。
クソみてえだな滅びろと思いました。戦争は手段だから、避けようのない現実だから、そういう冷笑的で現実主義を気取っている奴らにも吐き気をおぼえました。綺麗事を言ってなにが悪いというのか、少なくともそれを諦めたらなにもかも終わりじゃないのか。
だから、これを書きました。

もともとノーマンズランドは学園ものでした。イラクで戦争を止めるために戦っていた少年イチが、なんの因果か日本の魔法学園に入学する。魔法を手に入れてすべての戦争を停止させるために、イチと魔剣ウォーロック、そしてイチの擬神ニアは世界のどこかに眠っているという“最後の神”を見つけようとするが……というベタなお話でした。

これを後輩に読んでもらったところ「学園ものと、契約者とのバトルと、ウォーロックのくだりがよく混ざっていない」と言われました。痛恨の極み。まさにそのとおりの完成度でした。

書き直さなくてはならない。内なる魂もそう言っています。だが、俺はここで実生活上においては害悪でしかない悪戯心と反骨心を発揮しました。だったら、プロローグのイチが戦争を止めてるくだりで一本書いてやるよ。

こうしてわずか4千字だったプロローグが、14万字に膨れ上がり本作となりました。

テーマは最初から決まっていました。「人は争わずに目的を達成することはできないのか」その究極として、平和のために剣を振るうイチがいました。自己矛盾の姿。フィクションではよくある姿でしたが、現実を知ったときに彼を完全無敵のスーパーヒーローとして描くという発想は完全に消えていました。フィクションという夢物語は、凄惨な現実に牙を突き立てられ、負けました。それが本作です。

俺は舞台にイラク戦争を選びました。死者は十万人以上、2003年から完全撤退の2011年までの8年、国土を蹂躙し続けた戦争。なぜ選んだのかといわれると、これが俺にとってもっともリアルな戦争だったからと答える以外ありません。引き倒されるフセイン像、砂地でキャンプするアメリカ兵、崩落するワールドトレードセンター。ガキの頃、何度もニュースで見ました。これが戦争なんだと刷り込まれました。アメリカはこれが対テロ戦争であると言いました。なにが対テロ戦争だと、ただの戦争だろうがと。
本作を書くにあたって資料を読みました。家族の生活費のために自爆テロを決行する実行犯、戦争から帰ったあともPTSDに悩まされ隣に寝ている妻の首を絞めた元アメリカ兵、イラク指導部を狙ったはずのピンポイント爆撃でピンポイントに家族と家を殺された民間人。
なにも言うべき言葉が見つかりませんでした。見つかっていれば、14万字も書かなくてすんでいた。ただイチと同じ青臭い怒りだけがありました。だが同時に、イチにはない諦めも。もしかして、もうどうにもならないのではないか。

彼らの物語は一応ここで幕を引かせました。ネタバレにならないように婉曲に言いますが……もっと彼らにふさわしい、幸福なエンディングがあったのではないかと思います。もう少しだけでも彼らに希望を与えて終わりたかった。人が争いあう時代はいつか終わりを告げるのだと、果てしなく長い道のりかもしれないがそんな日はいつか来る、そういううっすらとした願いを託すような。
だが、できませんでした。たったこれだけの長さでは、俺は現実を倒せなかった。実際にいるであろう、悲惨な目にあった人たちのことを思うと、安易に彼らを救うことはできなかった。技量の問題もあるのでしょう、俺の人格も影響したのかもしれません。だが、とにかくできなかった。

そもそもイラク戦争を舞台に選んだ時点から、ずっと葛藤はありました。現実にあった、しかも最近の戦争を、このようなファンタジーフィクションの舞台にしてしまっていいのだろうか。ネットに公開するのも怖かった。自分と近しい仲間だけで読むのならまだしも、世界中にあけっぴろげて誰かが傷つくのが怖かった。傷ついた誰かによって、自分が傷つけられるのが一番怖かった。俺は自分本位な人間ですので。
もっと資料を読むべきではなかったのか、直接誰かから話を聞くべきではなかったのか、現地に飛んで実際に目で見てくるべきではなかったのか、書き終わってからそんな慚愧の念に苛まれました。イラク戦争を選んだ時点で、俺は戦争に苦しめられた人々のなにかの助けになるような、そんなものを書かなくてはいけないのではないかとずっと思っていました。

助けになったのかはわからない。だが、本作を読んで、読み終わって、平和な国に住んでいるあなたの心にほんの少しでも傷跡が残ったなら、現実の戦争を利用したのだという俺の罪の意識も少しは救われる。クソみたいなノーマンズランドの世界の中で、それでもここはクソではないとあなたに言ってほしい。神々の死んだ世界で、死が充満する争いの地で、誰もいない無人地帯で、それでもここには彼らが生きていて、あがいて、なにがしかを手にしたのだと。

それでようやく、ノーマンズランドは完成する。


以下ネタバレありで可能な限り元ネタ等





・ウォーロック
魔剣ウォーロックの名前の由来はラリー・ニーヴン『魔法の国が消えていく』の主人公ウォーロック(戦争を封じる者)です。おそらくイチが同じ発想で名付けたのでしょう。そもそも魔法が枯渇するという発想も『魔法の国が消えていく』からです。ウォーロックとは本来魔法使いの意味です。序章エンカウンター・ウォーロック、はウォーロックとの出会いと、ブラッドサマーとの会敵とのダブルミーニングです。

・魔法名
お察しのとおり、すべて映画のタイトルから取りました。

・朱良反
学園ものだった頃の朱良は元契約破りの教師でした。本作に書き換えるにあたって、彼女を再び戦地に引きずり戻したことは申し訳なく思っています。

・バーチャス
朱良の擬神の、白い蛇。由来はメタルギアソリッド3のバーチャスミッションとスネークイーター作戦より。

・出立
本作のテーマは旅でした。イチたちが立ち寄る先々でなにがしかの事件が起きて、物語が進んでいく。余裕があれば、短く完結するエピソードも差し込んで、戦争のテーマを補完したかった。

・砂漠で砂を売る方法
よく就活の面接で訊かれるらしいですが、インターネットで調べてもうまい答えが見つからなかったので、自分ででっちあげました。誰かも同じようなことを思いついていると思います。

・猫屋敷・ウォーカー・ルカ
元の学園ものでは、猫屋敷ルカは最強の契約破りを目指すイチの同級生でした。引き継ぎ組のキャラクターは性格がほとんど変わらず、年齢だけ上がっています。もし学園ものと同じように、十四歳頃にイチと出会ってルカがもう少し素直な人間になっていたら、後半のような展開は起きなかったでしょう。

・わずかな蝶の羽ばたき(タイニー・バタフライ)
中国の蝶の羽ばたきが、ニューヨークで嵐を起こす。バタフライ効果のように、小さな善行が大局を変えると信じているNGOです。ほとんど活躍の機会を与えられませんでした。そもそもバタフライ効果を誤解しているような気もします。

・ヤナギ
元の学園ものと性格は一切変わっていません。もっとおちゃらけた奴だったのですが、このような場所ではその性格を発揮する機会も少なかった。兵士の中には、死地でわざと冗談を口にしてマッチョを気取り、精神を守るタイプの者もいますが、ヤナギはそういう奴ではなかったので。

・神の撫でる手(キングダムオブクラウズ)
この魔法だけは元ネタの映画がわかりにくいと思ったので。『ドラえもん 雲の王国』です。神の撫でる手、は作中で天上人が生まれたときの伝説より。

・屍兵(かばねへい)
平たく言えばゾンビです。契約者の三人は、それぞれ戦争の持つ業が振り当てられています。己が正しいと信じる目的のために大勢の犠牲をいとわないゴールドフィッシュ、無意味に命を軽んじ他人を殺すブラッドサマー、そして死者を蹂躙する雷電喜之介です。雷電喜之介の忌み名、メロディメイカーは住所不定無職『あの娘メロディメイカー』より。

・トラベラーズ・イン・ザ・ダーク
元ネタは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』……が元ネタのBase Ball Bear『Tabibito in The Dark』

・手品師への変装
女の子が男装しているのが好きなので、ルカの服装はああしました。

・少年兵
少年兵を仕立て上げるのに麻薬は主に使われる手段の一つです。銃の火薬が使用されることもあります。ジュワードのように身体を薄く切って、むりやり麻薬を血液にすりこむという残酷な手段もたしかに実在するものです。

・タスクフォース145
実在する任務部隊で、米英の特殊部隊によって構成されています。

・ジェリタ族
最初のイメージはクルド人でしたが、特に似通っている面はありません。ディランという名前は、一応クルド人の女性名です。

・狂い無き放銃(ウォンテッド)
ヤナギの神威です。元の学園ものでは、幸運の七連装拳銃(ラッキーナンバーセブン)という神威で、七連装のうち一発だけ弾丸が入っていて、発射すれば確実に命中させられるが外れの反動が致命的、というリスキーなものでした。非常に使いづらいので、こちらに変更しました。放銃の本来の意味についてはノータッチでお願いします。

・爆撃
イラク戦争において空爆が実施されましたが、それは当たり前のように民間人の殺害を含みました。なにがピンポイント爆撃だ。

・お祭り(イード)
イードはイスラームにおける祝祭です。おそらくイード・アル=アドハー。

・War is over (……If you want it)
ジョン・レノン『Happy Xmas(War Is Over)』の歌詞より。あなたが願えば戦争は終わる。だが裏を返せば、願わなければいつまででも戦争は続く。戦争が続くのは誰かがそれを願っているから。お互いを思いやるあまり、イチとディランはそれに与してしまいました。

・タスクフォース0
当たり前ですが、実在しません。

・鄭紹雄(チェン・シウホン)
名前の由来はジャッキー・チェンの『香港国際警察 NEW POLICE STORY』の登場人物シウホンから。

・アラン・ダイアモンド
名前の由来はトレヴェニアン『シブミ』の敵役ミスター・ダイアモンドから。

・阿呆鳥の譚詩曲(ジャンパー)
阿呆鳥の譚詩曲は『serial experiments lain』のサントラ『阿呆鳥のバラード』より。ジャンパーはもちろん映画『ジャンパー』より。

・ぼくは青空になる
仮面ライダークウガのエンディングテーマ『青空になる』より。

君を連れて行こう
争いのない未来まで
君と過ごした思い出を
アルバムに残して
僕は 僕は 青空になる

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