脚本『はるかな国で死ね』


目をさましたら?
あなたは夢をみてるんだ
萩尾望都 『はるかな国の花や小鳥』

あらすじ

 夏川航平が失踪した。同志茶ミステリー研究会に所属するその後輩、双瀬はミス研のOBで探偵を営む谷流石と共に夏川の捜索を開始する。そして暴き出されるサークルの暗部と彼らの真実。解決したはずの六年前の密室殺人事件が再び探偵の前に立ちはだかる。事件の真相は存在するのか。夏川航平は何故失踪したのか。はるかな国はどこにあるのか。

登場人物

双瀬(ふたせ)      同志茶ミステリー研究会々員
夏川(なつかわ)           〃
傘下(かさくだ)           〃
八鈴(はちりん)           〃
山崎(やまざき)           〃

谷流石          探偵
弥島(いやじま)     助手

森永(もりなが)     探偵

除衣           中国人
ペイン          白人

橘楠(たちばな くすのき) 同志茶ミステリー研究会OB
村本(むらもと)           〃


本編


【シーン オープニング】

 浴室を覗いている刑事と鑑識。
 刑事、口元をハンカチで覆っている。鑑識、写真を撮っている。
刑事「ひでえな。まるでカレーだ」
鑑識「やめてくださいよ」
 バイブ音。刑事、部屋の廊下を見る。携帯電話が廊下の床で震えている。
 
 アパートの廊下。双瀬がうずくまっている。
刑事「すまなかったね。もう帰っていいよ」
 刑事、震える携帯電話を双瀬に差し出す。
 双瀬、ゆっくりと顔を上げる。

【シーン 会議室】

 双瀬、顔を上げる。
 会議室には誰もいない。
 双瀬、手元の携帯電話に視線を戻す。ミス研のラインに続々と、行けませんメッセージが届く。
 双瀬、舌打ちをしたあと、ため息をつく。
 山崎、入ってくる。
山崎「あれ、俺一人?」

【シーン 道】

 台車の上に酒の入った段ボール箱を載せて押している双瀬、山崎。
山崎「他のみんなは?」
双瀬「全員用事だってさ」
山崎「イライラすんなよ」
双瀬「してねえよ!」
 沈黙。
双瀬「お前、もう書いたか」
山崎「ごめん、まだ」
双瀬「さっさとしてくれよ。このままじゃ、部誌ができない」
山崎「夏川さんがいないんだから、どうせできないだろ」
双瀬「だから、今日探偵に会ってくる」
山崎「あ、今日?いつ?」
双瀬「今から」
山崎「だったら行ってこいよ。どうせすぐ終わるんだろ」
双瀬「まあ、たぶん、そうかな」
山崎「とりあえず、俺一人でも大丈夫だから行ってこいって」
双瀬「じゃあ、行ってくるわ」
 双瀬、山崎を置いて歩き出す。

【シーン 八鈴の家の前】

 八鈴の部屋のピンポンを押している双瀬。
双瀬「せんぱーい。出てきてくださいよー」
 隣の部屋から、若い男が顔を出す。
若い男「うるせえよ!」
双瀬「あ、すいません」
若い男「ったくよお……」
 若い男、ドアを閉めて部屋に戻る。
 双瀬の携帯電話に着信。八鈴の文字。
 双瀬、それに出る。
双瀬「もしもし?」
八鈴vo「君も暇だね」
双瀬「もう、学校に行かなくてもいいです。部屋から出なくてもいいです。いくらでも引きこもってもらっていいですから、部誌のための小説。あれだけでもください」
八鈴vo「悪いけど書けない」
双瀬「そんな!だめですよそんなん!印刷所の締め切りまであと一週間しかないんですよ」
八鈴vo「夏川君のはどうするの?」
双瀬「……夏川先輩は……なんとかして見つけて、それで小説を書いてもらいます」
八鈴vo「一週間以内に?どうやって探すの?」
双瀬「それは……」
八鈴vo「私はこの部屋から出られない。だけど、あなたと一緒に夏川君を探してくれる人間は教えてあげられる」

【シーン 探偵事務所】

 書類を書いている谷流石。ごちゃごちゃストラップの付いたガラケーをいじっている弥島。
谷流石「ああー、やめだやめ!」
 谷流石、書類を投げ捨てる。
谷流石「何が悲しくて探偵が書き仕事やってんだ!」
 谷流石、タバコに火を付ける。
弥島「でも、それ終わらせなきゃお金入んないですよ」
谷流石「俺はよ、探偵なわけ。殺人事件とか解決するタイプの。カメラ片手にラブホ前で張り込むのとか俺の仕事じゃないわけ。わかる?」
弥島「わかんないです」
谷流石「昔はよかったよ」
弥島「殺人事件とか解決してたって言うんでしょ。もう聞き飽きましたよ、それ」
谷流石「いい話は何回聞いてもいいもんだ」
弥島「それしか解決したことないんでしょ」
谷流石「今だってやろうと思ったらできるわ。ただ事件が来ないだけでな」
弥島「そんな仕事は来ませんから、とりあえずそれ書いちゃってください」
谷流石「くそ」
 谷流石、書類を拾おうとして灰皿の煙草を落とす。
谷流石「うわあっつ!あっち!」
 慌てて拾って灰皿で消す。
谷流石「あーあ、最後の一本」
 沈黙。
弥島「代わりにしてもいいですよ」
谷流石「何が」
弥島「カメラ片手にラブホで張り込むの。給料上げてくれるなら、私がやってもいいですよ」
谷流石「なんだよ。またオーディション?」
弥島「仕事来ましたよ。丸太町のキングでバク転するんです」
谷流石「バク転って」
弥島「バク転ができるアイドル、爆撃ガールズつって」
谷流石「爆撃って」
弥島「だから交通費が……ね」
谷流石「なんで自己負担なんだよ。(ため息)……いくら要るんだ」
弥島「二千円です」
 谷流石、自分の財布から二千円を取り出して、弥島に渡す。
谷流石「ほら」
弥島「ありがとうございまーす」
 うやうやしく受け取る弥島。
 谷流石、机の脇からホワイトボードを取り出す。
 ホワイトボードには「弥島 3700円」の文字。
 谷流石、それを消して「5700円」にする。
 それをどん引きして見ている弥島。

【シーン 探偵事務所廊下】

 歩いている双瀬。
八鈴vo「上京区、知恵光院中立売のマンションの一室に探偵事務所がある。そこの探偵はサークルのOBだからきっと夏川君を捜すのを手伝ってくれるはず。大丈夫。君はあの部誌を持ってるんでしょ。それを見せれば、嫌でも捜してくれる」
 双瀬、事務所の前で立ち止まる。
 扉には「谷流石探偵事務所」と書かれた名刺が貼ってある。

【シーン 探偵事務所】

 チャイムの音が鳴る。弥島、立ち上がる。
弥島「お客さんですよ。ほら、机の上片づけて」
 谷流石、しぶしぶ机の上の空き箱を捨てる。
弥島「どうぞー」
 双瀬、中に入ってくる。きょろきょろと部屋を見回している。
谷流石「間違えた?」
双瀬「え?」
谷流石「いや、座って」
 双瀬、谷流石と机を挟んで座る。
双瀬「同志茶ミス研の双瀬といいます。OBの方がここで探偵をやってるって聞いて」
谷流石「それ俺ね」
双瀬「あの、表にあった名前、なんて読むんですか?」
谷流石「煙草持ってたら、一本くれない?」
双瀬「煙草吸わないんで」
谷流石「あー、そう。よし、それじゃあ仕事はなんだ。殺人事件?密室?見立て?まだらの紐?なんでもこい」
双瀬「違います」
谷流石「じゃあ、干からびたオレンジの種が送られてきた?」
双瀬「違います」
谷流石「唇のねじれた男が」
双瀬「サークルの先輩が行方不明になってるんです」
谷流石「(露骨に興味を失う)あっそ。名前は?」
双瀬「夏川航平です」
谷流石「(弥島に)知ってる?」
弥島「私が四回のときの一回ですね。確か好きな作家は……」
双瀬「江戸川乱歩」
弥島「そう。乱歩」
谷流石「俺は乱歩好きじゃないんだよなあ。やっぱ、コナン・ドイルだろ。ミステリの帝王」
双瀬「夏川先輩にも小説出してもらわないと、困るんです」
谷流石「実家は?」
双瀬「長野です」
谷流石「携帯は?」
双瀬「解約されてました」
谷流石「当然、下宿にもいないわけか。何か手がかりは?」
双瀬「あの、これが」
 双瀬、カバンから残花(ミス研の部誌)の十三号を取り出す。
弥島「うわ、なつかしー。しかも、これ幻の十三号じゃん。よく見つけたね」
双瀬「夏川先輩がいなくなった日に、部室に置いてあったんです」
谷流石「誰か他の奴に、このことを喋ったか?」
双瀬「いえ……」
谷流石「これからも話すな。それで?」
双瀬「あ、はい。この短編なんですけど。目次には橘楠って人の「灰色の猫の夜」って小説になってるんですけど、実際にこのページにあるのは」
 双瀬、ページをめくる。そこにあるのは「夏川航平 はるかなる国」という小説がある。
 弥島が取り上げる。
弥島「なになに……えー、『ある男はこう言った』

【シーン 道とか】

 楽しそうに歩いている夏川と傘下と八鈴。
弥島vo「十二歳の頃のような友達はもうできない。ある男はこう詠んだ。世の中は常にもがな渚漕ぐ海人(あま)の小舟(おぶね)の綱手かなしも。また、ある女はこう歌った。どうかこの夜が、朝にならないで」

【シーン 探偵事務所】

谷流石「夏川先輩を見つけないと、部誌が完成できません」
弥島「とりあえず、これ載せちゃだめなの?」
双瀬「これはミステリーじゃないからダメです」
弥島「私らの頃は適当だったけどな」
双瀬「ミス研の部誌なんだから、推理小説じゃないとダメでしょ……それで、おかしいのは、どうして夏川先輩の小説がこんな昔の部誌に載ってるのかってことです」
 双瀬、谷流石を見る。
谷流石「帰ってくれ」
双瀬「え?」
谷流石「俺にはこの仕事は受けられない。帰ってくれ!早く!」
双瀬「そんな俺は」
谷流石「帰れ!」
双瀬「お金も持ってきたんですよ!」
谷流石「いらねーから!帰れってんだよ!」
 谷流石、双瀬を追い出す。
 弥島、それを唖然として見ている。
弥島「どうしたんですか急に!お金ないんでしょ!仕事選んでる場合じゃないでしょ!」
 谷流石、ソファに座る。
谷流石「俺がやりたいのはこんな事件じゃない」
弥島「子供みたいなこと言わないでくださいよ。マンガじゃないんだから殺人事件なんて起きるわけないでしょ!起きたって誰も先輩になんか頼みません!」
 谷流石、灰皿から吸い殻を拾い上げ、火をつけて一服する。
 床に置かれた残花に気づく。

【シーン 道】

 谷流石の事務所があるマンションから出てくる双瀬。
 少し、歩いてから立ち止まり、バッグを探る。
 双瀬、手を止めるとため息をついてマンションを見上げる。
 双瀬、歩き出す。

【シーン 部室】

 八鈴、傘下、山崎、双瀬が膝をつきあわせて話をしている。
八鈴「じゃあ、春の部誌の担当は双瀬に決定ね」
双瀬「はーい」
傘下「ていうか、残花の幻の号の話したっけ?」
山崎「なんすか、それ」
傘下「毎号かかさず出しているうちの部誌だけど、実は一回だけ休刊した号がある」
双瀬「なんで休刊したんですか?」
傘下「さあ?単純に作品が集まらなかったとか、印刷所と大喧嘩したとか、載ってる作品がヤバすぎて支援課に圧力がかかったとか諸説あるけど」
八鈴「私が聞いたのは、作ってる最中にサークル員が死んだから休刊にしたって」
山崎「あー、なんすかそれ。一気にホラー」
傘下「まあ、こんなちゃらんぽらんなサークルなのに、部誌まで出なかったらまさに恐怖でしょ」
八鈴「存在意義なし」
山崎「確かに」
傘下「おい、山崎!それは私がちゃらんぽらんだってことか!えー!」
 傘下、山崎につかみかかる。
山崎「素面でこれかよ!……あ、夏川先輩!」
 双瀬、ドアの方を向く。

【シーン 公園A】

 山崎が一人座って酒を飲んでいる。脇には大量の酒とブルーシート。
「ミス研新歓飲会熱烈歓迎」の看板。
 双瀬、歩きながら電話している。
双瀬「だから、帰れないんだって。大事な用事があるんだよ。……あんな奴、勝手に死なせとけばいいんだよ!」
 双瀬、電話を切って公園に入り、山崎に近づく。
 双瀬、息を吐く。
双瀬「一人?新入生は?」
山崎「いねえよ。……やっぱ桜がないとダメなんじゃねーの?あーあ。どうすんだよ。この大量の酒」
双瀬「俺飲むよ」
山崎「お前まだ未成年だろ」

【シーン 公園B】

 違う公園で一人座っている青年。
山崎vo「あれだ。場所間違えてんじゃねーの、新入生」
 青年、ミス研のチラシを握りつぶす。
双瀬vo「そんなわけないだろ……あっ」

【シーン 公園A】

山崎「どうした」
双瀬「ビラに書いてある公園の名前間違えてる」
山崎「マジかよ。本当だ。作ったのお前だろ」
双瀬「ごめん」
山崎「気づかなかった俺も悪かったよ。大体、どっちみち誰もきやしねーさ。お前何枚配った?」
双瀬「三枚」
山崎「俺、十一枚。合わせて十四枚だ。あーあ、夏川先輩がいりゃあこんなことにはなあ。……そういえば探偵どうだった?」
 双瀬、舌打ちをする。
山崎「なんだよ」
 傘下と森永、現れる。
傘下「おっすー」
山崎「お疲れさまでーす」
双瀬「ああ、傘下先輩。早く小説出してくださいよ」
傘下「あ、ごめん。もうちょっと待って!」
山崎「この人誰すか」
 山崎、森永を指さす。
傘下「あー、私今お化け屋敷の演出やっててさ。屋根裏の人間椅子ってやつ。そこの主催の森永君」
 森永、近づいてくる。
森永「森永です。よろしく」
山崎「あ、どうも」
傘下「知ってるでしょ、森永君。探偵って」
双瀬「この前新聞で読みましたよ。あの通り魔事件解決したんですよね。警察より先に」
森永「別にそんなすごいことじゃないよ」
山崎「探偵なら、こいつも会ってきたところですよ」
森永「へえ、なんて人。知ってるかもしれない」
双瀬「森永さんみたいな探偵じゃないですよ。ていうか全然ダメでした。OBらしいですけど」
森永「ふーん」
傘下「そうだ。そんならその探偵じゃなくて森永君に夏川捜してもらいなよ。そっちの方がいいよね?」
森永「そうだね」
 森永、携帯電話をいじっている。
傘下「ちょっとー森永くーん」
 傘下、しなと森永に抱きつく。
 山崎、双瀬に耳打ちする。
山崎「傘下さん、あんなキャラだったか?」
双瀬「いや……あ、俺ゼミの希望出さなきゃいけないんで、ちょっと大学行ってきます。すいません、すぐ戻るんで」
傘下「あいよー」
双瀬「傘下先輩、小説頼みますよ」
傘下「はいはい」
 双瀬、その場から歩き去る。後ろからは、笑い声が聞こえてくる。
 双瀬の携帯電話が振動する。双瀬、舌打ちをしてそれを取り出す。
双瀬「(苛立った声で)だから俺は帰らないって!」
八鈴vo「八鈴だけど?」
双瀬「あ、先輩ですか。すいません。……ていうか、なんなんですかあの探偵。部誌見せたら逆ギレされたんですけど」
八鈴vo「大学に行くなら早く行きな。彼が危ない」

【シーン 道】

 壁に貼られた「屋根裏の人間椅子」のポスターを見ている谷流石。
 その前を歩いている弥島。
弥島「大学行くの久しぶりだなあ。あのビビリのおっちゃんまだ守衛やってますかね」
谷流石「こいつを渡したらすぐ帰るからな」
 谷流石、脇に挟んだ残花を叩く。ポスターを破って仕舞い、歩き出す。
 道で煙草を吸っていた除衣、携帯灰皿に消すと谷流石に近づく。
 除衣、谷流石の腹を殴る。崩れ落ちる谷流石。
弥島「ちょっ大丈夫ですか先輩!」
 弥島、後ろから近づこうとするが、後ろから来たペインに押しとばされる。
 谷流石、除衣とペインにボコボコに殴られる。
 走ってきた双瀬、それを見つける。
 双瀬、大学の方を少し見て逡巡する。
 双瀬、携帯電話を掲げて叫ぶ。
双瀬「警察呼びますよ!」
 除衣とペイン、手を止めて向き合う。ペイン、谷流石の襟元を離す。
 除衣、中国語で谷流石に何事か喋った後、ペインに話しかける。
ペイン「ヤ」
 除衣とペイン、その場を逃げる。ペイン、歩きざまに残花を拾っていく。
 双瀬、駆け寄る。
双瀬「大丈夫ですか?」
谷流石「残花が。……弥島」
 谷流石、立ち上がって弥島に近づく。
 倒れている弥島。
弥島「大丈夫。大丈夫ですよ」
 弥島、立ち上がろうとするが、倒れる。
弥島「どうしよう。足捻っちゃった」
 それを見ている谷流石。

【シーン 道】

 双瀬、道に立っている。
 そこに谷流石、くわえ煙草で来る。
双瀬「お疲れさまです」
谷流石「うっす」
双瀬「当てがあるって言ってましたけど、何なんですか?」
谷流石「残花の十三号に使われてる紙だ。あれは生産元の隅山製紙が潰れたせいで、業界じゃ高値がついてる。夏川はおそらく、その紙を手に入れて残花に自分の小説を差し込んだんだ。なんでそんなことをしたのかまではわからんがな」
双瀬「その紙を探せばいいんですか」
谷流石「まあ、その前に夏川の下宿に行ってもいいけどな」
双瀬「ああ、俺前行ったんですよ。そしたら」

【シーン 夏川の下宿】

 双瀬、夏川の下宿に向かう。
 扉に何か紙を貼っている男を見つけ、後ろに立つ。男は紙を貼るのに夢中で気がつかない。
双瀬「何やってるんですか?」
 男、振り返って双瀬に気づくと、双瀬を突き飛ばして逃げる。
 双瀬、転ぶ。どこかへ走り去っていく男。
 双瀬、立ち上がって扉に貼った紙を見る。
 紙には「鬼」「悪魔」「二度と京都へ戻ってくるな」
 大家、それを下から見つける。
大家「ああ、何しとんねあんた!」
 大家、階段を上って双瀬に近づいてくる。
大家「あんた、ここの住人じゃないね。しかも、なんさねこれは!困るよ、こういうのやられちゃ」
双瀬「いや、あの俺じゃなくて、さっき変な男が」
大家「なんさね、口答えして!最近の人はほんとわからんわあ!ほら、出てって出てって」
 双瀬、大家に階段に追いやられて降りさせられる。
大家「二度とこのアパートに近づかないでよ!」

【シーン 道】

双瀬「ってことがあって」
谷流石「あのさあ、それって結構大事な情報じゃね?」
双瀬「あ、すいません」
谷流石「ま、いいけどさ。そんなことがあったんじゃ、下宿行けねえな」
双瀬「……今日は弥島さんは?」
谷流石「なんだ、惚れた?」
双瀬「そんなんじゃ」
 谷流石、煙草を足で踏み消す。
谷流石「やめときな、お前も崩れる」
 谷流石、顔を上げる。
谷流石「よし、行こう」

【シーン 喫茶店】

 テーブルでコーヒーを飲んでいる樹林。ガラスが砕ける音がして、顔を上げる。
 店の廊下でコップを落として謝っている谷流石。
谷流石「ごめんごめん」
 谷流石と双瀬が来る。
樹林「何しとんねん」
谷流石「酒飲まねえと足がふらつくんだよ」
樹林「普通逆や。逆」
谷流石「なあ、最近、隅山のZ02買った奴を知らないか?」
樹林「知らんわ」
谷流石「おい、ちゃんと思い出せよ」
樹林「知らんゆうとるやろが!」
 沈黙。
谷流石「誰に金もらってんだ?」
樹林「はあ?」
谷流石「口止めされてんだろ」
樹林「んなわけないやろ。アホか」
 谷流石、樹林を見ている。樹林、うんざりした口調で
樹林「なあ探偵、大人になろうやあ」
 谷流石、舌打ちをして、ポケットに手を突っ込む。
 樹林、慌てて腰元に手を伸ばす。
 谷流石、ポケットから薬を取り出す。
 谷流石、机の上の水が入ったコップをとって、薬を飲む。
 飲み終わった谷流石、コップを置いて歩き出す。
谷流石「ここはダメだ。行くぞ」
双瀬「あ、はい」
 去っていく二人を見ている樹林、リボルバーから手を離す。

【シーン 道】

 除衣、谷流石に向かって中国語を喋る。
字幕『この件に関わるな』

【シーン モンタージュ】

 様々な情報屋に聞き込む谷流石と双瀬。
 上手くいかない。

【シーン 道】

 歩いている双瀬と谷流石。
双瀬「わかんないもんですね」
谷流石「なあ」
双瀬「誰かが口止めしてるのは間違いないですね」
谷流石「(大きい声で)正直さあ」
双瀬「はい」
谷流石「こんなガキ連れてたら、まとまる話もまとまんないんだ。こっからは別行動っつーことで」
双瀬「ガキって誰がですか」
谷流石「お前だよ」
双瀬「……はい」

【シーン 公園C】

 双瀬、ベンチに座っている。
 前から松葉杖をついた弥島、ひょこひょこ歩いてベンチに座る。手には封筒。
 ため息を同時につく二人。顔を見合わせる。
双瀬・弥島「あ」

 ブランコを漕いでいる二人。
弥島「まあ、私も最初の頃はよく置いていかれたよ。一回滋賀の田舎で置き去りにされてさあ。ひどくない?」
双瀬「それはひどいですね」
弥島「まあ、やるときはやるんじゃない?その、先輩が学生のときにミス研の人が死んじゃってさあ。密室で。密室殺人?そのときのゴタゴタで部誌が出なかったらしいんだ」
双瀬「じゃあ、あの残花って」
弥島「そう先輩が現役だった頃のやつ。三回生だったかな。先輩ともう一人でその殺人事件を解決したんだって」
双瀬「そんなすごい人だったんですね。あの人」
弥島「まあ、今はただのアル中でニコ中だけどね」
 弥島、双瀬がうつむいているのに気づく。
双瀬「……兄貴がね。バイクで事故って。今病院にいるんですよ」
弥島「京都?」
双瀬「いや、実家、長崎なんで」
弥島「あ」
双瀬「クソみたいな兄貴だったんですよ。何回も警察に捕まって。そのたびに親が呼び出されるんですよ。そしたら飲酒運転で事故起こして、今病院で意識ないんですって」
弥島「帰らなくていいの?」
双瀬「だっておかしいじゃないですか。あんだけみんなに迷惑かけてたんですよアイツは。なんで、死ぬときまで振り回されなきゃいけないんですか。それに俺はあと五日で部誌を作らなきゃいけない。帰ってる暇なんてないんです」
 それを見ている弥島。
弥島「でもね、その。人生嫌なことばかりじゃないよ。こう、ロープの目みたいに、良いことと悪いことが順番に連なってるだけで、だから、ずっと悪いことなんてないよ。きっとどこかでよくなるよ」
双瀬「ありがとうございます」
 力なくつぶやく双瀬。
 双瀬、立ち上がる。
双瀬「すいません、大学行かなきゃいけないんで」
 双瀬、歩き出す。その後ろ姿を見ている弥島。

【シーン ベンチ】

 煙草を吸っている谷流石。うつむいている。
村本「おい」
 谷流石、顔を上げる。目の前に村本がいる。谷流石、煙草を足で消して立ち上がる。
谷流石「なあ村本、覚えてるか、よくここで授業サボって煙草吸ってたよなあ」
村本「んな昔のこと忘れたよ。さっさと済ませてくれ。捜査会議抜けてきたんだから」
谷流石「……夏川航平という男の口座を調べてくれないか。いつ金を引き出し、誰が金を振り込んだか。全部」
村本「刑事に法を犯せってか」
谷流石「今までもやってきたじゃねえか。なあ、頼む。これで最後だから」
村本「ああ、これで最後だ」
 村本、財布から写真を取り出す。
村本「俺、結婚するんだ」
谷流石「それは……おめでとう」
村本「お前はそういう話ねえのかよ」
谷流石「ないなあ」
村本「あの助手やってる……弥島はどうなんだよ」
 谷流石、視線を外す。
谷流石「ただの助手だよ。ただのガキだ」
村本「ガキはおめえだろ」
 村本、写真を谷流石に押しつける。
 谷流石、村本を見る。
村本「いつまでプラプラしてるつもりだ。いい加減、気付けよ。お前はホームズにはなれない」
 村本、歩き去る。
 一人残される谷流石。

【シーン 研究室】

教授vo「だめだよ。だめだめ」
双瀬vo「お願いします。なんとか入れてくれませんか」
教授vo「だから、だめだって。君、この前の三次募集だよ。最後の募集だったんだよ?」
双瀬vo「すいません。どうしても外せない用事があったんです」
教授vo「決まりは決まりだからねえ」
双瀬vo「ここでゼミとれないと進級できないんです」
教授vo「大体ねえ、あれで募集が最後だってわかってるんだから、どうにかできたでしょ。事前に連絡するとか。そういう基本的なこともできない人を、僕は自分のゼミに入れたくないね」
双瀬vo「すいません。でも……もう先生のゼミしかないんです」
教授vo「何、君は仕方なく僕のゼミに来るわけ?」
双瀬vo「そういうわけじゃ」
教授vo「とにかくダメなもんはダメだから。……ま、勉強したと思いなさい」

【シーン 探偵事務所】

 一人座っている谷流石、薬を取り出して、水で飲む。
 しばらくして弥島が戻ってくる。
 弥島、本棚を崩し始める。ミステリーが落ちる。
谷流石「おいどうした!」
 谷流石、弥島を引き離す。
弥島「私なんかどうせダメだよ。バク転もできない。歌も歌えない。人一人笑わせられないのに、何がアイドルだよ!」
谷流石「何があった!」
 弥島のポケットからサラ金の封筒が落ちる。
谷流石「……いくら借りたんだ」
 黙っている弥島。
谷流石「いくらだ!」
弥島「八百万ですよ!」
谷流石「そんな大金、何に使うんだよ!」
弥島「違約金だって。バク転できなかったからって」
谷流石「それでサラ金に金借りて払ったのか。何で俺に言わなかった!」
弥島「言ったらどうなったんですか!それとも先輩が払ってくれたんですか!」
 谷流石、黙り込む。
弥島「こんなことで諦めたくないんですよ……」
 電話が鳴り始める。誰も出ない。
 谷流石、のろのろと電話をとる。
谷流石「もしもし」
村本vo「さっさと出ろよ」
谷流石「村本か。どうした」
村本vo「調べろっつったのは、おめえだろうが」
谷流石「ああ、そうだった」
 村本、ため息をつく。
村本vo「特に変わった点はなかった。だが、一つだけ。十二月に八十万の振り込みを受けてる。学生にしちゃ多すぎる」
谷流石「それだな、振り込んだのは?」
 村本、黙っている。
谷流石「誰なんだ」
村本vo「本当に聞くか」
谷流石「さっさと言えよ!」
村本vo「……森永だ」

【シーン 大学食堂】

 隅っこの席で一人で飯を食べている双瀬。
 そこに傘下が座ってくる。
傘下「よおーっす」
双瀬「ああ、どうも」
傘下「今日、探偵と一緒じゃなかったの」
双瀬「全然ダメです。置いてかれました」
傘下「何それ。双瀬、雇い主でしょ」
双瀬「まあ、そうなんですけど。八鈴先輩はなんであんな人紹介したんだろう」
傘下「八鈴?」
双瀬「はい、電話で。家から出てくれないんで。どうして八鈴先輩、引きこもってるんですか?」
傘下「……なんか、夏川に酷いこと言っちゃったんだって。それで出たくないって」
双瀬「そんな。まさか、それが原因で夏川先輩がいなくなったわけじゃないでしょう」
傘下「八鈴はそう思ってるみたいだよ」
 沈黙。
双瀬「先輩、早く小説出してくれません?」
 傘下、声を荒げる。
傘下「だから、待ってって!」
 双瀬、驚く。傘下も驚いている。
双瀬「すいません」
傘下「いや、ごめん」
 沈黙。
傘下「あのさあ、爆弾発言してもいい?」
双瀬「いいですよ」
傘下「私結婚するんだよね」
双瀬「え、マジで言ってるんですか」
 食堂にFMラジオが流れ始める。
ラジオvo「(FMっぽいイントロが流れる)笹塚悠希のー!お昼のマンパワー!」
傘下「マジよマジ。花の学生結婚。これで就活しなくてすむぜ」
ラジオvo「えー、桜の季節になったわけですけど、みなさん、もうお花見しました?散っちゃう前にさっさと見に行った方がいいよー」
双瀬「誰とするんですか」
ラジオvo「この年のこの桜をみんなで見るチャンスなんて一回しかないわけだからね。それでは今日のゲストは探偵の森永遠十郎さんです!」
森永vo「どうもこんにちわ」
 傘下、天井を指す。
傘下「この人と」
 双瀬、容器を落としてしまう。
傘下「あーあ、何やってんの」
 双瀬と傘下、落とした皿などを拾う。
ラジオvo「先日の上京区連続通り魔事件など数々の解決歴を持つ森永さん。巷では名探偵と呼ばれてるそうですが」
森永vo「そんな大層なものじゃないですよ」
ラジオvo「またまたー。なんか、今までで一番印象に残ってる事件とかありますう?」
森永vo「そうですねえ。あんまり詳しく言えないんですけど、一回殺人事件を解決したときに加害者の遺族の方から怖い手紙が何枚も来て、悪魔とか鬼とか。今じゃ慣れっこですけどね」
 双瀬、何かに気づく。夏川の部屋の扉に紙を貼っていた男がフラッシュバックする。
 双瀬、立ち上がる。
双瀬「すいません。ちょっと、これ片づけといてくれませんか」
傘下「え、ちょっ」
 双瀬、走ってその場を立ち去る。
 傘下、呆然としてそれを見ている。

【シーン 夏川の下宿】

 双瀬、走って夏川の下宿にたどり着く。
 夏川の部屋の扉の前で、同じ男が紙を貼っている。
 男、双瀬に気づいて逃げ出そうとするが、双瀬、それを捕まえて自分の方に向ける。
双瀬「夏川さんか?」
男「なんだよ!なんなんだよあんた!」
双瀬「あんたの家族か誰かが、夏川さんのせいで犯人になったんだろ!」
男「はあ?何の話だ!」
双瀬「なんであんな紙を貼ってたんだ!」
 沈黙。
男「……あんた本当に何も知らないのか?」
 双瀬、男をにらみつけている。
男「あいつは十二のときに、人を殺してんだよ」
双瀬「……え?」
男「今と同じ桜の季節だった。公園に遊びに行った俺の甥っ子が帰ってこねえ。探しに行ったら……公園の砂場に……あの子の死体があった。あいつは、夏川は遊んでただけだ、事故だって言ってたが、誰も信じなかった。当たり前だろ。誰が信じるかってんだ」
 双瀬、脱力している。既に、双瀬の手は男の肩から離れている。
男「そうしたら手紙がきたんだよ。夏川が京都に戻ってきたってな。あいつが今何をしてるかは知らねえ。だがな、俺の、この町に戻ってくることは許さねえ。あいつは悪魔なんだぞ。ただ公園で遊んでただけの子供を殺した人非人だ」
 男、足早に階段を降りて逃げていく。
 呆然としている双瀬。
 そこに大家が近づいてくる。
大家「この前はすまんかったねえ」
 双瀬、ゆっくりと振り向く。
大家「全部見てたよ。なんだか勘違いしてたみたいさね。あの男を追い払ってくれてありがとう」
双瀬「……いえ」
大家「夏川君を探してるのかい?」
双瀬「はい」
 大家、鍵を双瀬に渡す。
大家「部屋に何かあるかもしれないから見てみんなせえ」
双瀬「そのままなんですか?」
大家「部屋の物は全部処分してくれて構わないって言ってたんだけどねえ。でも、家賃は来月の分まで貰ってあるし。それに、なんだかかんだでひょっこり帰ってくるような気がするんさねえ。ばあちゃんごめんって。この前の無しにしてくんないかな、なんて言ってね。だから、どうも手をつける気にならないんさね」

【シーン 夏川の部屋】

 夏川の部屋に足を踏み入れる双瀬。本棚には江戸川乱歩の本。
 一見、普通の部屋だが、壁に少年院の標語が貼ってある。
 双瀬、鍵置きに鍵を見つける。

【シーン 道】

 双瀬、電話をしながら歩いている。
八鈴vo「双瀬、あなた今何してるの」
双瀬「先輩の家に向かってます」
八鈴vo「ドアは開けないわよ」
双瀬「さっき夏川先輩の部屋に入りました。これ、八鈴先輩の家の鍵ですよね。どうして夏川先輩の部屋にあったんですか」
八鈴vo「それを説明するのは難しい」
双瀬「八鈴先輩は……夏川先輩が昔……人を殺したって知ってたんですね?」
八鈴vo「……うん」
双瀬「それを夏川先輩に言ったんですね」
八鈴vo「もうなんともないんだと思ってた。もう、昔のことなんだって。でもそうじゃなかった。彼はずっと抱えたままだった。……謝りたい。もう一度彼に会って、直接ごめんって言いたい」
双瀬「今からそっちに向かいますから」
八鈴vo「それはダメ!」
 双瀬、立ち止まる。目の前のアパートを見上げる。
双瀬「もう遅いです」
 双瀬、アパートの階段をのぼる。
八鈴vo「絶対来ちゃダメ。お願い!」
 双瀬、無視して部屋の扉を開ける。
 チェーンがかかっていて、引っかかる。チェーンに血が少し付いている。
八鈴vo「やめて!来ないで!お願いだから!」
 双瀬、チェーンを鍵で外す。
八鈴vo「夏川君のために!」
 双瀬、携帯電話を廊下に落として奥に進む。携帯電話から、八鈴が何事か叫んでいる。
 双瀬、異臭に気づいて、浴室の扉を開ける。
 そこには八鈴の腐乱死体がある。
 双瀬、へたりこむ。
 床にある携帯電話からは、もう八鈴の声は聞こえない。
 無機質な電子音が廊下に響いている。

【シーン 食堂】

 一人で昼飯の続きを食べている傘下。
 そこに森永が来る。
傘下「ラジオは?」
森永「録音だ。ここは人の目が多すぎる。行こう」
 飯を食べている学生たちが森永に気づく。
学生1「あれ森永さんじゃない?」
学生2「ほんまや。なあ、ちょっサインもらおうや」
 傘下、話をしている学生を見る。
学生1「えー。やめとこうよ」
学生2「大丈夫大丈夫。すんませーん」
 学生たち、森永に近づく。
学生2「サインもらえますかー」
森永「え、やり方わかんないよ」
学生2「名前書いてもらうだけでええんで」
 学生2、教科書を渡す。森永、笑いながら
森永「これ教科書じゃん」
学生2「大丈夫っす」
 森永、教科書に名前を書き出す。
学生2「あの、こいつの学生証どっかいったんすけど、推理してわかんないすかね」
 傘下、それを冷ややかに見ている。
学生1「ちょっといいって」
森永「それだけじゃ見つけられないよ」
学生2「えー、ちょ、ほんまに探偵なんすか」
学生1「ちょっと失礼だって」
森永「情報がなきゃ何もできないよ。ホームズも言ってるだろ。『粘土が無ければレンガは作れない』」

【シーン お化け屋敷 屋根裏の人間椅子】

 お化け屋敷を閉めようとしている若者1。
 そこに谷流石が入ろうとする。
若者1「ちょっと、もう終わりなんですけど」
谷流石「一人くらい、いいだろ」
若者1「ちょっと!」
 谷流石、強引にお化け屋敷に入る。
 暗い中を歩く。壁が反射率の低い鏡になっていて、ぼんやりと谷流石の姿が写っている。
 鏡がゆっくりと動いて、場所が村本と会ったベンチに変わる。
 ベンチに座って煙草を吸う谷流石と森永。
 二人とも喪服を着ている。
谷流石「彼女の死、本当に自殺だと思うか?」
森永「警察はそう言ってる」
谷流石「なら、どうして彼女の背中にナイフが刺さってたんだ?あれは自殺なんかじゃない。密室殺人だ」
森永「……お前がそう言い出すのを待ってた」
 森永、懐から小説の束を取り出して、谷流石に渡す。
谷流石「これは……橘の小説か?」
森永「部誌に載せるはずだったやつだ。読んでみろ」
 谷流石、ページを開く。タイトルは「灰色の猫の夜」
 谷流石、読み終わる。足下には大量の吸い殻。
谷流石「なるほど。まず、部屋の中で彼女を殺し、それを事務机で隠す。夜に鍵を閉めに来た守衛は、事務机の陰にある死体に気がつかないまま鍵をかけてしまう」
森永「事件当夜の担当は、あのビビりの守衛だ。暗い部屋の中に入ってまで確認するわけない。後は、窓の隙間からピアノ線で引っ張って机を動かせば、全て元通り。密室の完成だ」
谷流石「確かに、これなら密室殺人ができるかもしれない。だけど、この被害者の名前は……」
森永「そう。彼女と同じ名前だ。だが、問題はそこじゃない。問題は……橘がこれを書いたのは、彼女が死ぬ前だってことだ」
 場所はお化け屋敷に戻る。歩いている谷流石。
 ゾンビが出てくる。谷流石、それを見つめた後、殴り飛ばす。
 ゾンビが橘に変わって吹っ飛ぶ。場所が部室に変わる。
谷流石「お前、自分が何したのかわかってんのかよ!」
森永「やめろ。こんなことをしても彼女は帰ってこない」
 橘、笑っている。
森永「それよりも考えろ。こいつが書いた小説さえなければ、俺たちが推理して犯人を突き止めたことにできる。小説の中じゃない、本物の探偵になれるんだ」
谷流石「彼女を利用する気か?」
森永「彼女は帰ってこない。大人になれ」
谷流石「……こいつが犯人だという証拠がない。使ったピアノ線はもう処分してあるはずだ」
森永「証拠がないなら作ればいい」
谷流石「いいかげんにしろよ!」
森永「どうせこいつは狂ってる。だから彼女を殺したんだ」
 再び暗い中を歩いている谷流石。扉を開けると背中にナイフを突き立てられた女が部屋の真ん中で倒れている。
 谷流石、足を止める。後ろに女が立っている。
女「実際、私を殺したのは誰なの?」
谷流石「少なくとも俺じゃない」
女「証拠をねつ造して橘を犯人に仕立てあげたのに?」
谷流石「あいつは、全く同じ状況の推理小説を書いてた。密室、大学、旧部室棟、そして被害者はお前。お前が死ぬ前に書いてたんだ。そんなこと、犯人じゃなきゃできやしない」
女「探偵が犯人のミステリーだってある。それとももしかして、これは最初から」

【シーン お化け屋敷の事務所】

 段ボールに囲まれた部屋。ラジオが流れている。
 若者2と除衣とペイン、座っている。
 若者2、金庫から札束を取り出して、除衣に渡す。
若者2「じゃあ、これ森永さんにお願いします。……お茶でも飲みますか?」
 除衣、首を傾げる。
若者2「ティー。ドリンク?」
 除衣、ペインを見る。
 ペイン、弾丸をバラしてその火薬を机の上に、線上に載せている。
除衣「What about you?」
 ペイン、顔を上げずに
ペイン「ヤ」
 除衣、若者2に向き直って指を一本立てる。
 谷流石、段ボールをぶち破って事務所に入ってくる。
若者2「うわ、なんなんですか!」
 除衣、それを遮って立ち上がり、谷流石に近づく。
 除衣、何事か中国語を喋る。
谷流石「それがどうした」
 除衣、谷流石の腹を殴る。谷流石、体が折れる。
 ペイン、それを無視して火薬を鼻から吸っている。
 谷流石、睨み返した後、ゆっくりとそばにあったトンカチを取る。
 除衣、それを眺めている。
 谷流石、ゆっくりハンマーを振りかぶって机の上の火薬に叩きつける。
 火薬が爆発する。
 ペイン、うめきながら鼻を押さえてのけぞる。
 除衣、中国語で叫びながら谷流石を殴る。
 谷流石、のけぞるが頭突きをして殴り返す。
 除衣、金庫に頭をぶつける。
若者2「ちょっと……」
 谷流石、若者2を蹴り飛ばす。段ボールを突き破って吹っ飛ぶ若者2。
 谷流石、札束を奪う。
若者2「おい!ここの代表が誰だか知ってんのかよ!森永さんは探偵なんだぞ!」
 谷流石、手を止める。
谷流石「俺もだよ」

【シーン 八鈴の家】

  浴室を覗いている刑事と鑑識。
 刑事、口元をハンカチで覆っている。鑑識、写真を撮っている。
刑事「ひでえな。まるでカレーだ」
鑑識「やめてくださいよ」
 バイブ音。刑事、廊下を見る。携帯電話が廊下の床で震えている。
 
 アパートの廊下。双瀬がうずくまっている。
刑事「すまなかったね。もう帰っていいよ」
 刑事、震える携帯電話を双瀬に差し出す。
 双瀬、ゆっくりと顔を上げる。

【シーン ミス研部室】

 そこらへんにある物をひっくり返している双瀬。
 書類の束をぱらぱらとめくったりしている。
 そこに山崎が走って入ってくる。
山崎「双瀬!」
 双瀬、顔を上げない。
双瀬「よお」
山崎「八鈴先輩が死んだって本当かよ!」
双瀬「ああ、バスルームで亡くなってたよ。警察は自殺の線で動いてるって」
山崎「なんで…なんでだよ」
双瀬「現場は中からチェーンがかかってた。当然の結論だろ」
山崎「そうじゃねえよ!なんで、なんで、あの人が自分で死んじまうんだよ!」
 双瀬、黙々と部室を漁っている。
山崎「何してんだよ」
双瀬「探してる」
山崎「何を」
双瀬「八鈴先輩の小説だ。部屋は警察に封鎖されたから、部室にないかと思って」
 山崎、双瀬の襟元を掴んで立たせる。
山崎「そんなことしてる場合じゃねえだろ!お前……お前、何考えてんだよ!」
双瀬「部誌を、部誌を作んなきゃ……」
山崎「部誌ができたって八鈴先輩も夏川先輩も帰って来ねえんだよ!早く気づけよ!もう戻れねえんだよ!」
双瀬「……お前に人のこと言えるのかよ」
山崎「何がだ」
双瀬「傘下先輩、結婚するってよ。あの森永って探偵と」
山崎「……」
双瀬「お前は俺と同じじゃない。俺以下だ。ただダラダラと普段を過ごして何もしてこなかった。そのツケが回ってきたんだよ」
山崎「クソが!」
 山崎、双瀬を突き飛ばして部室を走り出る。
 双瀬、その場にへたりこむ。
双瀬「何もしなくてもダメ。何かしても上手くいかない。それならどうすりゃいいんだよ、俺たちは」

【シーン 鴨川橋下】

 傘下と森永、高架下に立っている。除衣とペインが高架を挟むようにそれぞれ立っている。
 除衣は頭に包帯を巻いて、ペインは鼻にガーゼを当てている。
 森永、地面に残花を放る。
傘下「夏川君は?」
森永「灰色の猫の夜のページだけ抜かれていた。代わりにあったのはあいつのふざけた小説だ」
 傘下、残花を取り上げる。
傘下「はるかなる国。夏川航平。ある男はこう書いた。あの十二歳のときのような友達はもうできない……」
森永「夏川の行方はまだわからない。金じゃなかったら、あいつは何が目的なんだ?早く橘の小説を取り返さないと、俺は探偵でいられなくなる。あんなのが世間にバレたら……」
傘下「いつまでこんなことを続けなきゃいけないの?」
森永「いつまで?始めたのはお前たちだ」
傘下「こんなことになるとは思わなかった。ただあの時をずっと過ごしていたかっただけなのに。今じゃ、あなたの尻拭いを手伝わされてる」
森永「お互いに夏川を見つけたいだけだ。俺は橘の小説を取り返す。お前は……お前はどうするつもりだ?」
傘下「私は」
山崎「傘下先輩!」
 山崎、橋の下に走ってくる。
傘下「山崎、どうしたの?」
山崎「八鈴先輩が亡くなったって……自殺だって」
傘下「そう」
山崎「そうって……それだけですか」
傘下「仕方ないんじゃない。心の弱い子だったから」
 山崎、絶句する。山崎、弱々しく森永を指さす。
山崎「……その人と結婚するんですよね」
傘下「うん」
 傘下、おざなりに森永の腕に掴まる。
山崎「なんで……夏川先輩は」
傘下「夏川は……もういいよ」
山崎「嘘つくなよ!嘘ついたらダメになっちゃうだろ!」
 山崎、傘下に歩き寄ろうとするが、除衣に止められる。
山崎「そういうこと言ってたら本当にダメになっちまうだろ!自分にまで嘘ついたら、もうあんたじゃねえよ!俺は、俺はね、あんたのそういうところが!」
 山崎、振り払われて川に落ちる。
森永「行こう」
 森永、傘下を連れて歩き出す。
山崎「先輩!」
 傘下、振り返る。
山崎「いつか、いつかはわかんないすけど、いつか……きっと先輩を攫いに行きますから」
 電車が通る。轟音が鳴る。
 傘下、口を動かす。
 それを見る山崎。
 傘下、向き直って森永と共に歩き去っていく。
 びしょ濡れのまま、残される山崎。

【シーン 上京警察署 会議室】

 机を挟んで座っている刑事と双瀬。刑事、持っていたボールペンを書類の上に置く。
刑事「すまなかったね、何度も同じ話を聞いて」
双瀬「いえ」
刑事「話を整理しよう。彼女は年が明けてからずっと部屋に引きこもっていた。それを心配した君が家を訪ねてみると鍵が開いていた。チェーンの隙間からは異臭もする。不審に思って家に入ると、浴室に彼女があった。そんなところか。……チェーンはどうやって外したんだね?」
双瀬「ボールペンで」
刑事「そうか……気を落とすなよ。彼女を偲んでもいいが、いくら考えたって死人は帰ってこない」
双瀬「……あの、八鈴先輩は本当に自殺したんでしょうか?」
刑事「ええ?……ああ、そうか。君もミステリー研究会か」
 双瀬、疑問のまなざしで刑事を見る。
刑事「俺の部下にもそういう奴がいてね。自殺を信じられない気持ちはわかるが、現実は違う。彼女の部屋のチェーンに細工された形跡はなかった。中からかけたんだよ。つまり、自殺だ。名探偵の入る余地はない」

【シーン 警察署の外】

 鍵を握っている双瀬、ポケットにそれを仕舞うと歩き出す。

【シーン 精神病院】

 鍵の開く音がして扉が開けられる。
 個室で猿ぐつわを噛まされ、拘束着で転がっている橘。
 逆光に照らされた看守。
看守「橘楠。面会だ」

【シーン 精神病院 面会室】

 面会室で座る谷流石。橘を椅子に座らせて、部屋を出る看守二人。
 向き合う谷流石と橘。
谷流石「久しぶりだな」
 橘、笑っている。
谷流石「彼女が死んでから、六年ぶりかな」
橘「彼女は綺麗だったなァ。胸からナイフが生えた彼女はもっと綺麗だったけど」
 橘、笑っている。
谷流石「……なあ、お前はなんであんな小説を書いたんだ。あんなものを書けば自分が犯人だとすぐバレるのに。それとも自慢したかったのか?」
橘「あの小説はどうなったの?」
 谷流石、少し驚く。
谷流石「……ちゃんと本になったよ。みんなが誉めてた」
橘「嘘だ。この前教えてくれたんだ。その人は灰色の猫の夜を見せて言ったんだ。この本は世界に一冊しかないんだって。その人が持ってる一冊きりだって」
谷流石「彼がそう言ってたのか」
橘「彼?女の人だよ」
 谷流石、驚く。
谷流石「女?誰だ。どんな奴だったんだ」
橘「僕の小説は誰が誉めてたの?森永?」
谷流石「森永は」
橘「どうして僕が犯人だと思ったの?あんな小説を書いたから?それともまさか、推理して?」
谷流石「俺たちは探偵になりたかったんだ。ただ、ずっと探偵でいたかっただけなんだ」
橘「はるかな国はどこにもないよ。そんな国には人は住めないよ、エルゼリ。だからそれを求める僕らは何者でもない。きっと何者にもなれない。……探偵でなくなったら、あなたは何になるの?」
谷流石「でも……悲しむのは嫌なんだ」
橘「目を覚ましたら?あなたは夢を見てるんだ」
 橘、立ち上がる。
橘「みんな現実に直面して悩んだり、憎んだり、悲しんだりしてるんだ」
 橘、除々に谷流石に近づく。
橘「なぜ……!なぜ、なぜ!」
 面会室の奥から看守が二人出てきて、橘を押さえつける。
 押さえられながらも、橘は叫ぶ。
橘「お前だけが幸せでいられるはずがないんだよ!」
 谷流石、立ち上がる。
橘「はるかな国なんてどこにもないんだよ!」
 谷流石、面会室を去る。

【シーン 道】

 歩いている双瀬。携帯電話に着信。画面を見ると傘下からである。双瀬、それに出る。
双瀬「もしもし」
傘下vo「もしもし、双瀬?傘下だけど」
双瀬「あ、どうも」
傘下vo「ちょっとさあ、話したいことがあるんだ。夏川のこと。いや、夏川のことだけじゃない。このデタラメの全部を」
双瀬「じゃあ……」
傘下vo「直接会って話したい。三時に教会の前で」

【シーン 高いビル】

 窓際で電話をしている傘下。
双瀬「はい」
 電話が切れる。傘下、携帯電話をしまってため息をつく。
傘下「嘘をついたら私じゃないって、そう言ったね山崎」
 傘下、小説をバッグから取り出す。
 小説のタイトルは「灰色の猫の夜」
 それを除衣とペインが後ろからこっそり見ている。

【シーン 精神病院 外】

 病院の外に出る谷流石、森永と出くわす。
 森永、大量のお菓子の袋を抱えている。
森永「橘が喜ぶんだ」
谷流石「夏川はどこにいる」
森永「お前も探偵なんだろ。自分で推理してみろよ」
 谷流石、黙っている。森永、鼻で笑う。
森永「あいつの居場所は俺も知らない。はるかな国の話を橘から聞いたか?夏川はそこに行くんだとよ。バカだよなあ。はるかな国に住めるのは選ばれた人間だけだ。俺たちみたいな」
 森永、菓子の袋を落として、ポケットから弥島のガラケーを取り出していじる。
 谷流石、それを見ている。
 森永、ガラケーをいじり終わると、谷流石を見てその足下に放る。
森永「聞いてみろ」
 谷流石、ガラケーを拾い上げて耳を近づける。
弥島vo「すいません。ちょっとミスって捕まっちゃいました」
谷流石「……今どこにいるんだ」
弥島vo「えっと、なんか窓からビルが……ちょっと。それなに!ねえ!やめて!」
 電話が切れる。森永、いつの間にかすぐそばにいて、ガラケーを取り上げる。
森永「殺してほしい奴がいるんだ」
 森永、拳銃のグリップを谷流石に向ける。
 谷流石、それをゆっくりと握る。

【シーン 上京警察署】

 取り調べ室から怒鳴り声が聞こえる。村本、それを部屋の外で立って聞いている。
 静かになり、しばらくすると刑事が部屋から出てくる。
刑事「吐いたよ」
村本「あ、はい」
刑事「なんだよ」
村本「確かにあいつにアリバイはありませんが……でもやったって証拠が……凶器もまだ」
刑事「証拠ならあるじゃねえかよ。あいつの自白が」
村本「でも、あのやり方じゃ……脅して」
 刑事、村本を殴る。
刑事「クソ弁護士みたいなこと言ってんじゃねえぞ村本。てめえはなんで刑事になった」
村本「正義を……」
 刑事、村本を殴る。
刑事「そういう世迷い言はホシを上げてから言え」

【シーン 喫煙所】

 村本、晴れ上がった顔で煙草を吸っている。
 村本、スタンド灰皿を蹴りつける。
村本「クソ……」
 携帯電話に電話がかかってくる。画面を見ると森永からの着信。
 村本、電話に出る。
村本「もしもし」

【シーン 道】

 日傘を差して、歩いている傘下。
 ベンチに座っている谷流石、薬を飲んでから立ち上がり、その後をつける。
 少し先を歩いている傘下、何者かに路地裏に引っ張り込まれる。
谷流石「クソ!」
 谷流石、走り出して路地裏に向かう。
 路地裏から銃声が響く。
 谷流石、走りながら拳銃を取り出す。
 路地裏には傘下の死体と、走り去る除衣とペインの姿。
谷流石「クソっ。おい!」
 谷流石、傘下を抱き起こすが既に息はない。
 谷流石、バッグからはみ出している小説を見つける。
 ひざまずいて小説を抜いてみると、それは「灰色の猫の夜」
 谷流石、「灰色の猫の夜」を懐にしまう。
村本「動くな!」
 谷流石、ゆっくりと立ち上がって振り向く。
谷流石「村本……」
 村本、谷流石に拳銃を向けている。
村本「お前……なにしてんだ」
谷流石「どうしてここに」
村本「通報があった」
谷流石「なあ、違うんだ。俺じゃない、信じてくれ」
村本「だったら、その拳銃はなんだ!」
 谷流石、慌てて拳銃を捨てる。
谷流石「違う。俺じゃない!森永だ!あいつがやった!」
村本「馬鹿言え!」
谷流石「あいつはただの犯罪者だ!これが証拠……」
 谷流石、懐に手を突っ込もうとする。
村本「動くな!」
 谷流石、手を止める。
村本「一旦、署に行こう。そしたらいくらでも話を聞いてやるから」
谷流石「……わかった」
 村本、反対の手で手錠を取り出して、片手で拳銃を構えながら谷流石に近づく。
 谷流石、村本が近づいてきたときに、拳銃を持った手を掴む。もみ合う二人。
村本「よせ、何すんだ!やめろ!」
谷流石「もう少し、あと少しなんだ!」
村本「手を離せ!」
谷流石「頼む村本!」
村本「やめろ!」
 銃声が鳴る。二人の動きが止まる。
 手錠が落ちる。村本、ゆっくりと崩れ落ちる。
 村本、腹から血を流している。
谷流石「ああ……ごめん。ごめん、村本。ごめん、今救急車を呼ぶから」
 谷流石、ポケットから携帯電話を出そうとする。
村本「よせ。俺は刑事だぞ、致命傷かどうかくらいわかる」
谷流石「でも」
村本「信じるよ。人を撃った後に謝る奴が人を殺すはずない」
谷流石「ごめん、村本、ごめん」
村本「……なあ、一つ頼んでいいか」
谷流石「ああ」
村本「死ぬなら、嫁さんのところで死にたい」
谷流石「わかった。ちょっと待ってろ」
 谷流石、打ち捨てられた自転車を引いてきて、後ろに村本を乗せて自転車に二人乗りする。
 自転車、走り出す。

【シーン 河原】

 河原沿いを二人乗りで走っている谷流石と村本。
村本「なあ、よくここで朝まで飲んだよな」
谷流石「……覚えてるよ」
村本「おめえと森永は喧嘩ばっかりしてたな。それを俺が止めに入って……彼女と橘はずっと笑ってた」
谷流石「お前はいっつもすぐに寝て、風邪引いてたよな」
村本「そうだったなあ。外にずっと置いておくもんだから、ビールがぬるくてな」
谷流石「そればっかり言ってたよお前は」
村本「懐かしいな……」
谷流石「そうだな」
村本「ああ、どうして戻れねえんだろうな。もう一度、たった一回でいいのに。どうして……もう一度、お前らと、飲みたかった……あのぬるいビール……」
谷流石「おい!村本!おい!」
 沈黙。
谷流石「村本ぉ!」
村本「うるせえなあ、まだ死なねえよ」
 谷流石、少しほっとする。
村本「でも、久しぶりにここ来たら、なんか眠くなってきたなあ。なあ、もう一つ頼んでいいか」
谷流石「おい、よせ」
村本「あっち着いたら起こしてくれ」
谷流石「ダメだ村本!村本!おい!村本!」
 村本、返事をしない。
 それでも自転車を漕ぐ谷流石。
谷流石「クソ!クソ!クソ……クソが……」

【シーン 教会】

 教会の前で立っている双瀬。時計は既に三時を過ぎている。
 双瀬、携帯電話を取り出し、傘下にかける。
 双瀬、待ちながら手に持つ鍵を見つめている。
携帯電話vo「ただいま電話に出ることができません。ピーっという発信音の後に、お名前とご用件をお話しください」
双瀬「もしもし?双瀬です。傘下先輩、来れないんですか?……それじゃあ、ちょっと俺の推理を聞いてください。失礼だと思ったら、電話に出て怒っていいですから。……まず最初に、八鈴先輩を殺したのは夏川先輩だ。夏川先輩は自分の過去について……自分が殺人を犯したことを聞かれて……八鈴先輩を殺した。その後、八鈴先輩を残して部屋を出て、外から鍵をかけた。だけど、八鈴先輩はまだ生きていた。八鈴先輩は夏川先輩に罪を負わせないために、中からチェーンをかけて自分が自殺したように偽装したんだ。だけど、どうして八鈴先輩が夏川先輩に昔の話をしたのか。……やっとわかりましたよ。傘下先輩と夏川先輩は付き合ってたんですね」

【シーン 河原】

 橋の下で山崎が傘下に叫んでいるのを、橋の上から見ている双瀬。
双瀬vo「俺は全く知りませんでした。でも、山崎は気づいてたみたいですね」

【シーン 教会】

双瀬「あの日、八鈴先輩はそれで脅したんだ。人殺しだってことをバラして欲しくなかったら、傘下先輩と別れろと。……わかりますよ。みんな夏川先輩のことが好きだったんだから。俺も、山崎も、サークルのみんなも。だから、夏川先輩がいなくなった今、もうサークルには誰もいない。でもね、だからって死んだ八鈴先輩を責めないでください。あの人、すごい後悔してたんですよ。謝りたいってずっと言ってたんですよ。だから、勝手かもしれないけど、八鈴先輩を責めないでください」

【シーン 路地裏】

 傘下の死体がそのままになっている。携帯電話から双瀬の声が漏れている。
双瀬vo「すいません、ずっと喋って。傘下先輩?……聞いてるんですよね?」
 傘が転がる。

【シーン 河原】

 谷流石、自販機で缶ビールを二つ買って河原に行く。
 河原の土手に村本の死体が倒れている。
 谷流石、缶ビールを一つ開けて村本に握らせる。
 もう一本缶ビールを開けて、太陽に向けて掲げる。
谷流石「乾杯」
 谷流石、村本の缶に自分の缶をぶつけて、一口飲む。
 二口飲んだところで、嘔吐して苦しみだす。
 谷流石の手から缶が離れて、土手を転がっていく。
 腹を抱えて苦しみながら呟く谷流石。
谷流石「ごめん村本。俺もう酒飲めねえんだ。ごめんな、もう、戻れねえんだよ」
 苦しむ谷流石、ゆっくりと顔を上げて前を見据える。

【シーン 森永のアジト】

 除衣とペイン、縛られた弥島を見張っている。
 森永、椅子に座っている。
弥島「先輩、こんなことをして何がしたいんです」
 森永、答えない。
弥島「こんなことをしても、もうやり直せないんですよ。意味なんてないのに」
森永「お前は誰だ?前に会ったことがあるのか?悪いが思い出せない」
弥島「嘘つくなよ」
森永「こいつの口を閉じろ」
ペイン「ヤ」
 ペイン、弥島に猿ぐつわをかませる。
 森永、電話をかける。
森永「もしもし。村本、犯人は捕まえたか」
谷流石vo「村本は死んだよ」
森永「お前……どうやって」
谷流石vo「六年前、彼女を殺したのは橘じゃない。お前だな森永。お前は橘の小説を読んで彼女を殺すことを思いついた。そして橘に罪をなすりつけたんだ」
森永「なに?」
谷流石vo「橘と会ったとき、あいつは彼女の胸にナイフを刺したと言っていた。だが実際にナイフが刺さっていたのは背中だ」
森永「それがどうした?狂人のたわ言だ」
谷流石vo「今、俺の手元には灰色の猫の夜がある。そこにもナイフを胸に刺したと書いてある」
森永「なんだと!おい!お前今どこに」
谷流石vo「確かにあいつは狂ってる。だからこそ、事件は全て小説の通りに再現するはずだ。だが、実際は違った」
 森永、ため息をつく。
森永「それだけで、橘が犯人じゃないと?」
谷流石vo「これは俺に疑いを与えたきっかけにすぎない。いいか、そもそもあのトリックは成立しないんだよ。小説の中でしか成功しない、机上の空論だ。事務机を動かして彼女の死体を隠しても、守衛の目は欺けない」
森永「どういうことだ」
谷流石「あの晩は雲一つない、いい天気だった。壁側の窓から漏れる月の光に照らされて事務机は丸見えだ。守衛が部屋に入らず、廊下側の小窓から見ただけだとしても、机の位置がおかしいのは一目瞭然だ」
森永「だとしても、どうして俺が犯人だと決めつける?」
谷流石vo「密室で殺そうなんて考えるのは、俺たちミス研だけだ」
 森永、笑う。
森永「ミス研だったら、一番大事なことを忘れるなよ。トリックはどうした?事務机のトリックは使えないんだろ」
谷流石vo「鏡だ。反射率の低い鏡を部屋の対角線上に置いて、彼女の死体を隠す」
森永「そんなことすれば壁側の窓が見えなくなる。お前の推理も落ちたもんだな」
谷流石vo「あの部屋には廊下側にも小窓がある。鏡が反射したそれを、守衛は壁側の窓から入る光だと誤認したんだ」
森永「鏡はどうする?そんな巨大な鏡をそのままにしておけば、朝になれば誰かが気づく」
谷流石vo「鏡の隅とドアを紐でつないでおく。反対側の隅は、部屋の角にくっつけておく。そうすれば、ドアを開けた瞬間、鏡は引っ張られてドア側の壁にぴったりとくっつく。後は、鏡の裏に壁と同じ落書きをしておけば、気づかれることはない」
森永「なるほど。確かにそれで彼女を殺せるかもな。だが、それを俺がやったという証拠はあるのか?それをやったのがお前じゃないという証拠が」
谷流石vo「さっきお前は巨大な鏡と言ったな。俺はそんなこと一言も言ってない」
 森永、黙り込む。
谷流石vo「なあ、森永。ルブランの奇岩城読んだか」
森永「当たり前だ。ルパン対ホームズの最終作」
谷流石vo「正確にはホームズじゃない」
森永「エルロック・ショルメ。シャーロック・ホームズのアナグラムだ」
谷流石vo「俺はな、あの探偵……エルロック・ショルメはホームズじゃないと思う。あの小説の最後、エルロックは誤ってルパンの嫁さんを撃ち殺しちまう。どんな形であれ、探偵が人を殺したら、そいつはもう探偵じゃない。お前みたいに、ただ探偵になりたいがために人を殺すような奴は特にな」
森永「何が言いたい。まさか、六年前の事件の説教を延々とするつもりじゃないだろうな」
谷流石vo「もはや、それをどうこう言うつもりはない。お前を警察に突き出すつもりもない。そんなことをしても彼女は帰ってこない。……弥島を返してもらう。灰色の猫の夜と交換だ」
森永「いいだろう。場所は?」
谷流石vo「もっともふさわしい場所。彼女が死んだ旧部室棟で」
 電話が切れる。
 除衣、何事か中国語で喋る。
森永「連れていくわけないだろう。俺一人で行く。連絡があったら、その女を殺せ」
 森永、部屋を出る。

【シーン 喫茶店】

 谷流石、電話を切る。
谷流石「場所はわかったか」
 谷流石の携帯電話は樹林のパソコンにつながっている。樹林はパソコンを操作している。
樹林「十分や、ほら」
 樹林、紙に何か書いて谷流石に渡す。
 谷流石、それを一読した後、紙に火をつける。そのまま、煙草に火をつける。
樹林「金はあるんやろうなあ?」
 谷流石、封筒を机の上に放り投げる。
 樹林、封筒の金を数え始める。
樹林「全く因果な商売や。なあ、探偵。訊こう訊こう思っとったんやけど、お前の名前って……」
 樹林、顔を上げるとそこに谷流石の姿はない。
 樹林、パソコンを閉じ、煙草に火をつけて一服する。
樹林「バカばっかやで、ほんま」

【シーン 森永のアジト】

 縛られている弥島。それを見張っている除衣とペイン。
 チャイムが鳴る。二人、無視しているが、チャイムは鳴り続ける。
 除衣、立ち上がって拳銃を腰の後ろに差して、玄関へ向かう。
 ドアを少しだけ開けると、谷流石の顔が見える。
 除衣、ドアを閉めようとするが、谷流石が足を挟めて止める。
 除衣、何か叫んでベルトに挟んだ拳銃を取り、ドアの隙間に手を突っ込んで撃ちまくる。
 谷流石、それを避けながらドアを勢いよく閉めて、除衣の手を挟む。
 除衣、叫んで拳銃を落とす。
 除衣、右手を押さえて部屋の中へ走る。
 谷流石、拳銃を拾い、ドアを開けてそれを追いかける。
 除衣、縛られた弥島の後ろにひざまずいて、右手を首に回し、左手でナイフを顔につきつける。
 谷流石、拳銃を向ける。
 除衣、何事か中国語を喋る。
谷流石「何言ってるかわかんねえんだよ」
 弥島、顎と膝で除衣の右手を思い切り挟んで叩く。
 除衣、痛みに叫んで弥島を離す。その隙に弥島、床に倒れる。
 谷流石、まぶしそうに引き金を何度か引く。弾丸が除衣を貫く。
 弥島、猿ぐつわをされながら、叫んでいる。
弥島「ういろーうー!」
谷流石「今外すって」
 谷流石、膝をついて猿ぐつわを外す。外した瞬間に弥島、叫ぶ。
弥島「後ろ!」
 谷流石、振り向く。ペインがいる。ショットガンで殴り飛ばされる。
 部屋の端まで吹き飛ばされる谷流石。拳銃が床を転がる。そのまま、足をペインに向ける。
 ペイン、ショットガンを谷流石に突きつける。
 谷流石の足首にベルトでリボルバーが縛りつけてある。谷流石、ペインより一瞬早く引き金を引く。
 ペインの頭が吹き飛ぶ。
 谷流石、ショットガンを蹴り飛ばして弥島に近づく。
 拳銃を腰にしまい弥島の拘束を外すと、肩を貸して歩き始める。
 ペイン、頭から血を流して倒れたまま、谷流石に声をかける。
ペイン「Hey Mr.Detective.」
 谷流石、振り向く。ペイン、震える声でつぶやく。
ペイン「Why are we still here? Just to suffer?」
 谷流石、振り返る。
谷流石「ヤ」
 谷流石と弥島、歩き始める。

【シーン ミス研部室】

 双瀬、部屋に入ってくる。荒っぽくソファに座って、ソファを殴る。
 双瀬、カレンダーがめくられていないことに気がついて、立ち上がり、カレンダーをめくる。
 夏川の部屋にあったカレンダーと同じ日に丸がつけられている。
男vo「今と同じ、桜の季節だった」
 双瀬、カレンダーを見ている。
男vo「公園の砂場に……あの子の死体があった」
 双瀬、何かに気づくが、走り出せない。
 双瀬の携帯電話に着信。双瀬、電話に出る。
双瀬「もしもし」
双瀬母vo「あんたいい加減にせえや。早く帰ってきなさい」
双瀬「何でそんなことしなきゃいけないんだよ」
双瀬母vo「あんた、家族やろが」
双瀬「あんな奴、他人ですらねえよ!」
双瀬母vo「……あの子ね、今日が山場やって。さっきお医者さんが……」
 双瀬、頭を抱えてその場に座り込んで唸る。
双瀬母vo「ちょっと、あんた聞いてるの?」
 双瀬、携帯電話を投げ捨てて、何度も踏みつける。
双瀬「うるせえんだよ!俺はやることがあんだよ!俺がやらなくちゃいけないんだよ!俺が俺が!今頃!今頃言うんじゃねえよ!」
 荒く息をついて、顔を上げる。
 そして走り出す。

【シーン 探偵事務所】

 谷流石と弥島、部屋に入ってくる。
谷流石「すぐにここも踏み込まれるだろう。俺はどこか遠いところへ逃げる。ここじゃないどこかへ。お前はどうする?」
弥島「私は……先輩と一緒に逃げます」
 谷流石、弥島を座らせる。
谷流石「ここで待ってろ。少し準備をしてくる」
弥島「すぐ戻ってくださいよ?」
谷流石「ああ」
 谷流石、部屋を出る。
 残された弥島、しばらくして机の上のホワイトボードに気づく。
 ホワイトボードには「弥島 8005700円」の文字。
 弥島、ホワイトボードをのける。
 そこには札束とメモ書き。
 「夢を離さないでください」
 弥島、立ち上がり谷流石を追いかけようとするが、玄関で転ぶ。
 激痛で立ち上がれない弥島。叫ぶ。

【シーン 大学】

 大学構内に入っていく谷流石。
 全力で走っていく双瀬とすれ違う。
 谷流石、歩みを止めてそれを振り返った後、また歩き出す。

【シーン 大学旧部室棟】

 暗い部室棟に入っていく谷流石。
 谷流石、壁の落書きをなぞる。
 「俺たちは永久に不滅!」
 弾丸が谷流石のすぐそばの壁を削る。谷流石、拳銃を取り出す。
森永「よくあのトリックがわかったな!さすがだ!さすがだよ!あの頃から、お前が一番俺をわかってた!」
谷流石「なぜだ!なぜ彼女を殺した!」
森永「はるかな国だよ!俺たちはあの国をずっと求めていた!そうだろう!ここが俺たちのはるかな国だ!だからお前もここへ来た!」
谷流石「森永ァ!」
 谷流石、壁の陰から拳銃を撃ち返す。 

【シーン ビデオレター】

弥島vo「これ写ってるんですか」
 映し出されるミス研の部室。部屋には谷流石と森永と村本が座っている。
村本「壊すなよ。高かったんだから」
弥島vo「えー、それでは村本先輩から」
村本「マジで!えー、それでは一発芸!」
 村本、適当に一発芸やって滑る。
 全員笑う。
谷流石「もうおめー帰れよ!」

【シーン 大学旧部室棟】

 谷流石、リボルバーと拳銃を両方構えて撃ちまくる。
 リボルバーの弾が切れる。谷流石、リボルバーを投げ捨てる。
 その隙に撃ち返す森永。
森永「自分に正直になれよ!お前もいたいんだろ!はるかな国に!」
谷流石「黙れ森永!おめえは!そこで!死んでろォ!」 
 谷流石、撃ちながら物陰に隠れる。

【シーン ビデオレター】

弥島vo「えー、じゃあ次は」
谷流石「俺がやる」
 谷流石、立ち上がる。
谷流石「えー、みなさん。……ええーと。今までありがとうございました!」
村本「なんじゃそりゃ!」
谷流石「バカ!こっから良いこと言うんだよ!……えー、俺は本当にダメな人間でした。ていうか、ダメな人間です。いつまで経っても漠然とした夢を諦め切れずに、のろのろと這いつくばってる。ただ立ち上がればいいだけなのに。……だから、どこかへ向かってるみんなは俺の誇りなんです。それを見ていて、俺も立ち上がらなきゃいけないと思うんです。だから、お願いします。もう少しだけ待ってください。いつか絶対に追いつくから」
村本「……臭いこと言ってんじゃねえぞ!」
森永「お前泣いてる?」
村本「なにー!泣いてんのかおめえ!」
 村本、谷流石につかみかかる。
谷流石「うるせえ!泣いてねえよこの野郎!」

【シーン 大学旧部室棟】

 森永、階段の陰から何発か撃ったあと、階段を上る。
 谷流石、それに気がついて、走って追いかけて階段を上る。
 階段を上りきった先の廊下の向こうで森永が走っている。
 谷流石、拳銃を向ける。

【シーン ビデオレター】

 ビデオがつく。
 森永がフレームインして、誰もいない部室の真ん中に座る。
 森永、たどたどしく話し出す。
森永「正直……正直、俺みたいな人間がこうやって卒業までここにいれたのは、みんなのおかげだと思う。いろいろ酷いこともやったけど、それでもミス研だけは辞めなかった。感謝してる。特に……ホームズ気取りのあいつに。どんなことがあっても、お前だけは俺をわかってくれた。だから、引き込むしかなかったんだ。お前も共犯にするしかなかった。……すまなかった。お前が引きずり出してくれたのに。……どうして……どうして俺は…………すまなかった」
 森永、立ち上がってビデオに近づく。
 ビデオが切れる。

【シーン 大学旧部室棟】

 廊下を走っていく森永。その背中に拳銃を向けている谷流石。
谷流石「森永ァ!」
 森永、立ち止まり、振り向いて拳銃を向ける。
 谷流石、引き金を引く。森永も引き金を引く。
 引き金を引き続ける二人。
 森永、全身から血を流して倒れる。
 谷流石、倒れる。

【シーン 道】

 走っている双瀬。

【シーン 八鈴の家】

 警察の手によって運び出される八鈴の死体。ブルーシートでくるまれている。

【シーン 練習場】

 ダンスか何かの練習をしている弥島。

【シーン 村本の家】

 料理を作っている村本の嫁。部屋には村本と嫁の写真。

【シーン 村本の家の外】

 壁に寄りかかっている村本の死体。

【シーン 路地裏】

 路地裏で倒れている傘下の死体。携帯電話には山崎から着信がかかっている。

【シーン ミス研部室】

 部室には誰もいない。

【シーン 公園A】

 走っている双瀬、公園にたどり着く。
 辺りを見回す。砂場に花束が置かれているのを見つける。
 双瀬、走り寄ると花束のそばに紙きれが落ちているのを見つける。
 拾い上げる。「はるかなる国 夏川航平」
 夏川の小説がバラバラに切り刻まれて、辺りに散らばっている。
 風が吹いて、その小説を吹き飛ばす。
双瀬「やめろ!待って!待ってくれ!」
 双瀬、それをつかもうとするが叶わない。
 双瀬、その場にひざまずいて頭をうずめる。
 双瀬、肩を震わせている。
双瀬「ならどうすりゃいいんだよ。あんたまでいなくなったら俺はどうすりゃいいんだ」
 風が吹いて、双瀬の顔に紙切れが張り付く。
 双瀬、慌てて体を起こしてそれを見るが、それはミス研新歓のビラ。
 双瀬、目を閉じるがよく見ると、それは山崎の字で公園の名前が書き直されている。
 双瀬が慌てて周りを見ると、無数の書き直されたビラが辺りに落ちている。
 ビラを握りしめ、立ち上がる双瀬。
双瀬vo「ある男はこう書いた。あの十二歳のときのような友達はもうできない」
 双瀬、『はるかなる国』と書かれたページに火をつける。
双瀬vo「ある男はこう詠んだ。世の中は常にもがな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも」
 燃え続ける小説。歩き出す双瀬。
双瀬vo「そして、ある女はこう歌った。どうかこの夜が朝にならないで。なら俺はこう言ってやる。……てめえら全員……クソ食らえ」

タイトル『はるかな国で死ね』

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