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【先史】『創世のタイガ』~人類の「歴史以前」の物語~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『創世のタイガ』1巻表紙より。

 高校の世界史の教科書を開くと、その1ページ目はいったいどこの歴史から始まっているでしょうか?古代エジプトでしょうか?それとも古代ギリシャでしょうか?いいえ。そのもっと昔、「人類の誕生」からです。こうした時代はまだ歴史を記録するための文字がそもそも生まれておらず、「歴史以前」の時代ということで、「先史」と言われています。
 このような時代に何が起こっていたのかは、遺跡などの物的証拠から推測するほかなく、当然その後の時代よりも詳しいことはわかっていないわけですが、果敢にもこの先史を舞台にして冒険活劇を描いた作品があります。『創世のタイガ』です。

 本作は『ホーリーランド』や『自殺島』で有名な森恒二先生の作。現代の大学生たちが突然原始時代へとタイムスリップしてしまい、そこで出会う原始人と交流し、また戦いながら逞しく成長していくサバイバル・アドベンチャーです。
 今「原始人」と一口に書いてしまいましたが、本作の面白いところは、この「原始人」として二つの異なる人種を登場させているところです。その二つの人種とはすなわち「ネアンデルタール人」「クロマニョン人」でして、後者がまさに私たちの祖先になります。ではネアンデルタール人は何者なのかというと、進化系統上過去に枝分かれをした、クロマニョン人とは別種の人間です。生物的学的に問題のありうる表現であることを承知の上で言いますと、私たちは、「犬」には柴犬だったり、チワワだったり、ゴールデンレトリバーだったり様々な種類がいる一方で、「ヒト」は1種類しかいないと思いがちですが、原始時代には複数の種類の「ヒト」が併存していたわけですね。
 そしてこの『創世のタイガ』の描く時代は、まさに併存する2種の「ヒト」であるネアンデルタール人とクロマニョン人が、生存競争のために殺し合いをしている時代。主人公のタイガたちは自らの祖先であるクロマニョン人側につき、現代の知恵を活用しながら、ネアンデルタール人と対峙していくことになります。

 また、本作にはもう一捻り興味深い仕掛けが施されていまして、それはネアンデルタール人側にも、現代からタイムスリップしてきた者がついていることです。そして彼らが何者なのかと言うと、タイガたちのような一般人ではありません。彼らは軍人、それも第二次世界大戦期のドイツ軍の軍人なのです。
 お気づきの方も多いかと思いますが、第二次世界大戦期のドイツ軍とはすなわちナチス=ドイツです。ゲルマン民族を最上の人種とする一方でユダヤ人を差別し、その絶滅すら企図した勢力です。彼らのこうした人種主義は、ネアンデルタール人とクロマニョン人の種族闘争と自然と重なり、タイムスリップした彼らはネアンデルタール人側について、彼らの至上命題である「人種の浄化」を果たそうとするのです。
 このナチスの人種主義による思想的介入は、タイガらの戦いの意味にも暗い影を落とします。ネアンデルタール人による闘争がナチスの人種主義と重なり合うものであるのならば、その後ろ暗さは、タイガとクロマニョン人によるネアンデルタール人との戦いにも、同様に存在するのではないか。タイガらの戦いもまた、ネアンデルタール人に対する人種差別であり、ナチス=ドイツが繰り広げたような、非倫理的な殺戮に過ぎないのではないか。ナチスの本作への介入は、タイガの戦いをそういう非倫理的・非道徳的なものとして捉える、そのきっかけにもなりかねないわけです。
 しかしこの『創世のタイガ』は、ナチス=ドイツ登場後も、こうした現代的な倫理観を超越した野性的な作風を纏い続けます。ネアンデルタール人につく軍人たちがどのような思想を抱えていようと、そんなことはお構いなしに、ただ仲間を、家族を守るために強くなる。己を鍛え、武器を磨く。そして、相手を殺す。本作はそうしたシンプルな命のやりとりを野性味溢れる筆致で描き続け、主人公のタイガも、エピソードが進むごとに体が大きくなり、ひ弱で内気な現代人から、猛々しい「原始人」になっていくのです。そして、人類がこの「歴史」を通じて築いてきた倫理や道徳というものは、その戦いによって容赦なく上書きされてかき消えていく。その『創世のタイガ』の作風はまさに、人類の「歴史以前」の時代たる先史を舞台にした漫画として、ふさわしいものと言えるのでしょう。

(おわり)

次回:【古代①】『天は赤い河のほとり』~古代オリエント世界の興亡、そのハイライト~


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