記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【古代①】『天は赤い河のほとり』~古代オリエント世界の興亡、そのハイライト~ 

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『天は赤い河のほとり』1巻表紙より。

 前記事で言及した原始人の時代が「歴史以前」の時代であるのならば、人間の「歴史」とはどこから始まるのでしょうか?

 人類が最初に築いた文明を指すものとして、一般に「四大文明」という用語が用いられます。具体的には、メソポタミア文明(中東)、エジプト文明、インダス文明(インド)、中国文明の4つです。
 現代では必ずしも先進国がある地域ばかりではないので、なぜここで最初の文明が?と疑問に思われる方もいるかもしれませんが、これら地域の共通点として「大きな河がある」というのがあります。原始人は基本的に狩猟、採集によって食料を調達していたわけですが、大量の、かつ安定した食料源として、人類はやがて農業という技術を獲得します。そして農業には水が必要ですので、人が自然と河のまわりに集まりようになり、また効率的な農業を行うには灌漑などの大規模な工事が必要ですので、それらの人を大量に動員するための指示系統がそこに生まれ、これが「国家」の原型になる。そのようにして大きな河があるところに、最初の文明が生まれるわけですね。
 その中でも歴史の教科書において先頭を飾るのは、「古代オリエント世界」としてまとめられるメソポタミア文明とエジプト文明です。これら地域は今では荒涼とした地のイメージがありますが、当時は大きな河がもたらす肥沃な土壌に支えられ、様々な国が興亡した土地でした。初めは「ウルク」のような都市国家(Fateシリーズがお好きな方ならご存知、かのギルガメシュが納めた国です。)でしたが、それらがどんどんと大きな国へと発展し、紀元前14世紀ごろにはヒッタイト(今のトルコ)ミタンニ(今のシリア、イラク)、そしてお隣のエジプトといった少数の大国に各勢力が集約されるようになります。
 
 そんなはるか昔の、あまり馴染みのない時代を題材にした少女マンガが、1995年から2002年まで連載していた『天は赤い河のほとり』です。現代日本に生きる主人公の夕梨は、彼氏とのデート中にいきなり水たまりの中に引きずり込まれ、そこから紀元前14世紀末ごろのヒッタイトへとタイムスリップします。彼女はヒッタイトの皇妃が目論む、自分以外の側室が産んだ皇子を呪い殺すための儀式の生贄として、現代日本から連れてこられたのです。そうして彼女はわけもわからぬままヒッタイト皇室の権力闘争に巻き込まれていくわけですが、そこを皇子の一人カイルに救われ、二人は恋に落ちていく・・・という物語です。前の章で挙げた『創世のタイガ』、この『天は赤い河のほとり』、そして当該作とほぼ同じ時代のエジプトが舞台になっている大作『王家の紋章』といった作品が全て「現代人のタイムスリップ」を起点にした作品になっているのは興味深い符合ですが、あまりに昔の、そして一般的に馴染みのない時代・土地が舞台になっていますので、読者に親近感を持たせるためにも、現代人をその時代にタイムスリップさせて彼/彼女を主人公に据えているということなのでしょうか。

 そんな本作の面白いところは、古代オリエントの中でも国際関係に非常に動きのあった時代を舞台にしつつ、その史実が本作の激しい展開に見事に活かされていることです。ヒッタイトは紀元前18世紀にトルコ中部で勃興し、当時の最先端技術であった「鉄」の製造を力に版図を広げます。一方の古代エジプトも、一時期の混乱から有名なツタンカーメン王の治世などを通して落ち着きを取り戻し、ラムセス2世というファラオを迎えて全盛期を迎えようとしていました。やがて領土拡大を進める両国は激突し、高校世界史でも重要な事件として取りあげられる戦争、「カデシュの戦い」が勃発するのです。
 一方、主人公の夕梨はその利発な機転を活かしてヒッタイトの戦争・政治工作の中で活躍し、緊張感のある国際情勢下で、徐々にヒッタイトの中枢においてなくてはならない存在になっていきます。しかし夕梨はもちろん現代日本に帰ることを望んでいて、その帰り方も、物語の序盤で拍子抜けするほど簡単に判明します。そうした状況設定から本作は、日本に帰ろうと思ったらいつでも帰れるのにヒッタイトに後ろ髪を引かれてしまう夕梨の葛藤、そして、そもそも夕梨のいるヒッタイトはエジプトに勝利し国家として存続できるのか、という政治・戦争活劇としての側面を2つの軸にして、手に汗握る物語を展開していくのです。

 そしてその物語を彩るのが、何といってもカイル皇子とのラブロマンス。現代に思い人がいて、やがて日本に帰らなければならない夕梨はカイル皇子と結ばれることはできないし、カイル皇子も、そのことは重々認識している。しかし、どうしても2人は互いに惹かれ合ってしまう。また、夕梨はエジプトのラムセス2世など他国の名だたる主要人物からも「おもしれー女」として興味を持たれてしまうなど、少女マンガとしての魅力も十二分。お勧めしたい作品です。

次回:【古代②】『ヒストリエ』~アレクサンドロスの大帝国と古代ギリシャ奴隷制の示唆~ 


この記事が参加している募集

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?