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UXリサーチを支える思想

■インタビューの捉えかた

UXリサーチではインタビューも行いますが、調査参加者の答えを一つひとつ情報として収集・集積することよりも、さまざまな発言や態度から調査参加者の経験・価値観・コンテキストを読み取ることのほうが重要で、そこにこそインサイトの源泉があると考えます。

マーケティングリサーチは前者の考えかたを取り、モデレーターは調査参加者から知りたい情報を引き出すための刺激 stimuli として質問を投げかけます。つまり、心理学のS-R (stimulus-response) モデルの伝統を継承していると言ってよいでしょう。そのため、余計なノイズ刺激を遮断した実験室的環境で、なるべくピュアな反応(回答)を得ようとします。実査環境やディスカッションガイドを含めて、このような考えかたにもとづいて設計されますし、調査参加者は「対象者」「被験者」と呼ばれます。

一方、UXリサーチは、モデレーターと調査参加者の対話を通じて、彼らの実践の様子を把握し、その方法論と価値観を理解しようと努めます。自分とは違うかもしれない、彼らのユニークな合理性(なぜそうするのが当然か)を発見することが目標なのです。UXリサーチャーたちの間で十分合意された見解とは言えませんが、これは社会学のエスノメソドロジーの考えかたに合致していると私は思います。より相互依存的でホリスティックな理解のしかたであり、UXリサーチが現場調査や対面調査を好む理由もお分かりかと思います。調査参加者は、心理学実験の対象ではなく対話の相手であり、むしろモデレーターが参加者から教えてもらう姿勢を強調して、師匠-徒弟 (master-apprentice) モデルとして捉えられることもあります。

■HF & UXリサーチでは?

では、私の本業である医療機器のHuman Factors & User eXperienceリサーチではどうでしょうか?

後者 (UX) は先程来述べているとおりですが、前者 (HF) が問題です。Human Factors Engineeringは、認知心理学の知見のうえに成り立っているので、本来HFとUXは人間理解の発想が異なります。しかし、医療機器に関するリサーチは両方が混在した状況にあります。例えば開発の初期段階で、デザインインプットを必要とする際の探索的調査はUXの発想で設計されますが、開発の最終段階のバリデーションテストには、米国FDAがHFEの適用を規定しています。

両者を緩く折衷しているのが現状と言えるでしょうが、別の記事(医療機器のユーザーエクスペリエンスとは)でも述べた医療機器のUXデザインと、従来のHFEによるユーザーインターフェイスの改善・検証をより高度に両立させるには、HFとUXの理論的統合を進める必要があるのかもしれません。

参考文献:前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編『エスノメソドロジー:人々の実践から学ぶ』新曜社、2007年

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