見出し画像

嘆きのキスを味わえなかった僕は。

aikoの曲に「嘆きのキス」という曲がある。aikoがデビューから11年を経てオリコンチャート1位をやっと獲得した「milk」との両A面シングル。2009年にリリースされた曲だ。もう10年も前である。

この曲ほど僕を救った曲はなかった。

僕が中1のとき、今は閉店した近所のTSUTAYAで購入したシングルだった。レンタルCDから中古に格落ちしてしまったカートの中で見つけた。たぶん300円とか500円とか。色んなシールが貼られて。

当時はA面B面の概念もわからず、1曲目はシングル曲、あとの2曲はカップリング曲というイメージで聴いていた。つまり僕はA面の曲を聴きながらいい曲がカップリングに収録されていると中学生にしてひとり唸っていた。

その曲がずっと好きだった。

aikoにしては重すぎないバラードで、有名な「milk」に引けを取らない完成度。特に随所で発揮されるaikoの伸びるような歌唱がすこぶる好きだ。

aikoのバラードは比較的演奏が重いものが多く、ミディアムテンポのバラードでここまで余韻を残す曲は自分のなかでそうない。

曲調が好きだった。中学生から今まで。
それが歌詞も込みで好むようになった。それは叶わない恋をしたとき。

誰よりも想い続ける事が
僕の今を支える大きな糧

真っ直ぐな言葉だと想う。

「この曲は、夜中、ベッドで泣いてたときに浮かんできたんです。シーツに涙が落ちて、“あ、こんな音がするんや”って思って。そのときに感じた、儚くて真っ直ぐな思いを、どうやったら曲にできるだろうって。ときどきね、すごく純粋に“生きてくれてたらいい”って思えるときがあるんです」
――引用元:aikoインタビュー/@ぴあ

シーツに涙が染み渡る音をひとつ拾い上げて歌詞に落とし込む才能にも惚れ惚れするが、aiko自身もこの曲を書いたときには実直な思いを抱えている。

どれほど報われなくても「想い続ける事」を肯定させてくれるaikoに僕は縋った。恋敵より自分の想いが強いことを信じていた。目に見えなくてもそこに愛があると。わかり合えていると。言葉はいらないと。

ずっと信じてた。想い続ける事が今の自分の糧になり、いつかは叶うって。


今年の7月、aikoファンとの集まりで当然のように好きな曲の話題になった。その時点のaikoの作品に対する僕の情報量というのは、やっとこさ全てのシングルを収集して吟味している最中だった。

「僕は嘆きのキスが特に好きです」

少なくとも僕よりはaikoと長い歳月を共に重ねてきたであろう、目の前の髭を生やしたお兄さんが悪い笑みをしながら尋ねてきた。

「その子と”嘆きのキス”はしたの?」

してないと即答するくらいなら、唇くらい強引に奪っておけばよかった。

「サビのフレーズが自分の一途な思いを認めてくれる気がして、嘆きのキスばっかり聴いちゃいます」

ああ、つまんない。面白いエピソードもついてこない。こういうのを毒にも薬にもならないって言うんだろうな。初対面の人に何言ってんだろ。

その恋も忘れたころ、あまり曲は聴かなくなった。
思い出してしまうから聴かなくなったのかもしれない。

同月、6日にaikoのオールナイトニッポンがあった。6年ぶりの復活ということもあり、もちろんリアルタイムで拝聴した。オープニングでaikoは何も喋らずいきなり弾き語りを始めた。

それが「こんぺいとう」という曲だった。

「スター」というシングルのカップリング曲。ついこの間シングルを揃えて知ったばかりの曲だった。そのときはピアノのサウンドが切ない、尻上がりで盛り上がる曲だなとくらいしか思ってなかった。

だがこの曲、この日を境に今日までaikoの曲で一番聴く曲になった。aikoが生放送で歌い上げたことで印象に残ったという要因もあるが、それ以上に今の僕が”こんぺいとう”であった。

一緒に溺れてしまえるのなら それでもいいと思ってたの
悲しみから逃れるために噛んだ 腕に赤いこんぺいとう

「腕に赤いこんぺいとう」とはどういうことか。

aikoは昔からつらいことがあると、自分の腕や指を噛む癖がある。腕に残った痕を見てaikoは「こんぺいとう」と綴った。だから「赤い」のである。

つまり腕に残るのは白や黄色のこんぺいとうではなく、心の痛みを和らげるための逃避の痕なのだ。

そうやってaikoはたくさん噛んできたのだろう。こんぺいとうをつくってきたのだろう。aikoは思い入れのある曲だからこそ、コレクションアルバムにも真っ先に入れると決め、ラジオで弾き語りもした。

睫毛を通り堕ちるドロップ 唇に触れて味は苦い
忘れられない恋の味よ…

一種の飴であるこんぺいとうを涙のメタファーとして用いるaikoは、しっかりとその恋を忘れられないと認めている。

「こんぺいとう」はこの潔さが好きだ。
「嘆きのキス」は独りよがりである。

ベッドでひとり泣き、涙がシーツに落ちる音を聞きながら想うことで自分を誤魔化す。一時的な救いでも、残るものは何もない。
それなら腕に赤の痕を残した方がまだ救いがある。想い続けたって現実は微塵も変わってくれないんだ。景色はいつまでも似たり寄ったり。

嘆きのキスが好きな自分なんかだいっきらいだ。

想い続ける事で自分を保つくらいなら、腕を噛んで苦い思いをする。この恋は忘れられないと自覚した上で見た目と心から痕が消えるのを待ちたい。

そしていつの日か、かりっと弾ける白くて甘いこんぺいとうを味わうと決めている。


頂いたお金によってよもぎは、喫茶店でコーヒーだけでなくチーズケーキも頼めるようになります。