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【#短編小説】人ヲ壊ス

 今私の目の前にいるこの汚らしい少女の仕事は、人を壊すこと。

「殺したことは一度もない、だから私はプロフェッショナルなのよ! いい? たとえば目玉を触る時は――――」
 
 糞みたいな話を熱弁する、人間を痛めつける専門家である。

「では、なぜ君はそんなにも苦しそうなのかね。プロとしての自信はあるのだろう」

 私は医者ではあるが、頭に闇とつく。
 だからこそ、このような結論を急いだ質問も許されるのだ。

「私が壊した人、何人も死んじゃったって」
「遅効性の致命傷を与えてしまったとか」
「そんなことするわけないじゃない! 私はプロフェッショナルなんだから!」

 プロではなく、わざわざプロフェッショナルと言うのはこだわりか。

「では、なぜ」
「私が殺したわけじゃない」

 こいつの仕事の写真をいくつか見たが、どれも酷いものだった。
 死にたくなる気持ちも、よくわかるよ。

「それはそう。君の言う通りさ。勝手に死んだだけなのだろう?」
「本当にそう思ってる?」

 早く心を開いてくれないか? 
 君との駆け引きにそろそろ疲れてきたんだが…………。

「思ってるさ」
「思ってる人は、そんなこと言わない」

 たしかに私の仕事は、この化け物を使える状態に戻して再出荷することだ。
 しかし……いくらなんでもは教育を放棄しすぎだぞ! 
 この糞を預かって、もう一週間。
 喋らないぶん獣のほうがよほどマシだと、何度思わされたことか。 

「いいや、そんなことはない。ちゃんと、思っているさ」
「ねぇ。私が殺したわけじゃないって言ったの聞いてた? 聞いてたけど、聞いてないよね?」

 こいつは今年で、十五歳になる。
 なのにどうだ、風呂あがりに髪を乾かす気がまるでない。
 乾かしてやると言っても、拒みやがる。
 おかげで今日もソファはビシャビシャだ。

「わかった、わかったから。そうだ、君には、人を壊す以外に特技はあるのかね」
「あるわ」

 しまった。
 しまったぞこれは。
 私とあろうものが、質問を間違えた気がする。
 めんどくさくなる予感がすごい……………………。

「その特技とはなにか、教えてくれるかい?」

 聞いてやるしか………………ないか。

「うん。私はね、詩をつくるのが上手なの」
「詩だと?」

 風呂上がりに髪も乾かさんし、箸も使わないおまえが?
 昨日、鰯の刺身をフォークで食いやがったおまえがか?
 動くのがめんどくさいとか言って、飯を食いながら小便垂れ流しやがったおまえがか?

「私が詩をつくったら、おかしい?」
「おかしくはないが、意外でね」
「意外って言葉は、相手を傷つける言葉だから私は良くないと思う」

 まったく、よくわからんこだわりが多すぎる!

「あー。そうか、詩と死をかけた言葉遊びのつもりだな? ああ、これは口で言っても伝わらんか」

 なんとか話題をそらさないと。
 ここで詩など詠みだされたら、めんどうで仕方がない。

「伝わるわ。詩は死のためにあり 究極結論の結合は苛まれた父親である 詩論じ 死総じ 探求の代償を払いたまえ」

 は?
 もしかしてそれ、詩か?
 くそったれ、唐突すぎるだろう!

「ゆれる三言みつごとは燃えつちなれど 馴れ初めの夢は夢裏心ゆめりごころ 楠の太枝ふとえだから跳ねおりた針鼠が 泣き声とともに夜明かしのマニュアルを売る……………………ねぇ先生?」
「なんだ、詩の感想が聞きたいのか?」

 文学のわかからん私でも、最後の「マニュアルを売る」という言葉の気持ちの悪さくらいはわかるぞ。
 その詩の流れで、現代的なカタカナをぶっこんでくるのはどう考えてもおかしいだろうが。

「いいえ。先生が恋人に言って、振られた言葉を当ててあげるわ」
「なんだそれは」
「君は自分のことを不器用な人間で、私のことを器用な人間だと定義しているようだがそれは違う。君は不器用ではない、安定の中で生きていられる甲斐性があるせいで、人生が平坦になっているだけだ。愚直は君の個性ではない、変わらぬ日々を愚直だと勘違いする思いあがった感受性が君の個性だよ――でしょう? 素敵ね。まるで上等な詩だわ」
「驚いた……まさにその通りだ」

 一字一句、同じ。
 発音も完璧。
 まるであの日の私を見ているようだ。

「あーすっきりした。ありがとう先生、私仕事に戻るね」
「そうか。それはよかった」
「なにか、言うことはある?」
「ああ、そうだな……できればもうここには来ないでほしいね。どうか、健康であり続けてくれ」

 本当に、そう願うよ。
 この施設から一歩も出たことがない癖に、人の別れ話を再現するだなんて気味が悪いったらありゃしない。

「またくるよ。私の仕事、大変だもん」

 くそう、化け物はやはり化け物か。



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