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小説 乱世幻影〜天に消える花の記〜【後編】 #天界追悼庁二次創作

登場人物

ルナ: 天使・天界追悼庁長官 怜悧な少女然とした容姿に軍服を纏う悪魔の追討をプライマリーミッションとし、基本的には人間界には必要以上に関わらない。任務のためA.D.1500年代のアジア圏日本に降り立ち、その時代に合った武装をしている。
於ユキ: ルナが降臨したところに居合わせた、人間の乙女。妖怪が大好き。生き別れの妹がいる。可憐な容姿だが顔に大きな傷がある。
イツ:於ユキの生き別れの妹。この時点では出家し、尼僧・静信(せいしん)となっている。

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§5.表と裏

 静信は乱れる呼吸を整え、一気に桐箱を開け、神楽鈴を取り出した。
シャランと涼やかな音が立つ。やはり鈴だ。とルナは思った。と、その次の瞬間、静信は鈴の柄を握り込み勢いよく引っ張った。

 (暗器…だと!!)

 柄と鈴が分れ、その間から鋭利に磨き上げられた錐様の暗殺武器が現れた。
 静信は眉をひそめ項垂れた。そして暗器の冷たく光る刃に手を添えしばらくじっと見ていた。そして静かに確信を持って声を上げた。

「血曇りが…ない…!

 血曇りがない…そうなのね。姉さんはずっと、優しい綺麗な姉さんのまま生き終えたのね。ああ…良かった。それだけは良かった。ああ、ああああ…」

 緊張が一気に解け、静信はボロボロ泣いた。幼い少女のように泣き伏す静信の背中を天使は優しく擦った。なんとなくこうするものかと手が動いたのだった。
 そして、於ユキが山からの帰り道ルナに語った半生を、ルナはその妹に語り聞かせた。
「ありがとう。旅の御方、姉はやっぱりずっと私の知る姉のままだったのですね。」

 ふと、ひやりと隙間風が差し込んだ。見ると部屋と廊下を隔てる襖の脇に白湯と一口大の小餅が二人分置かれていた。
「貴方の他にも誰か居るのか?」
「いいえ。でも時々誰かがコッソリ助けてくれるんです。頂きましょう。」
 やさしくふわりと微笑むと静信は居住まいを直し、白湯と小餅の乗った盆を傍に運んだ。

「旅の御方…もう薄々気が付いたかも知れませんが…姉の供養に、聞いて下さいませんか?私たち姉妹の事。
…これは姉の供養と共に、私の懺悔です。」

「姉が貴方に話したように、私たちは旅神楽の一座の両親に生まれ、両親の亡き後その一座に二人して入りました。ですが、育ての親である伯母…母の姉は、私たちが一座に行くのをひどく反対しました。」
「それも彼女は言っていた。」
「ええ、伯母が反対していたのは…実は旅神楽の一座には表と裏があり、伯母はそれを母を通して知っていたからなのです…。
 だけど、それを幼い私たちに明かして強く止める事も難しかった。」
 先ほどの暗器、「表」と「裏」…ルナは話の筋をすぐ理解した。
 「組する前から知っていると分れば、断れば、…伯母君も貴女方も命はない。と。」
 「はい、ですので伯母は、私たちは病弱だとか、のろまで気が利かず向かないとか、一座の荷物になるとか…ごくありふれた理由で私たちにも一座の者にも諦めさせようとしていた。それなのに、私たちは引き留めるのも聞かず一座に踏み入れた。」
 しかし、その一座の表と裏を見たのは結果的に妹・イツの方だけだった。

 ―旅神楽一座にはふたつの顔があった―
 某神を奉り、その神聖な芸能を継承し、各地で祝いや払いの舞踊や鳴り物を興行し勧進する「日向舞い衆」
 一方で、全国を漂泊する身分と足取りの掴みにくさ、芸能で磨き上げた身のこなしで暗殺など世間の表には出せない裏の仕事をする「陰舞い衆」
 一座に入った子どもは長じると適性を見てそのどちらかに振り分けられた。そして日向舞い衆はその穢れなき神聖さを保つため、そして陰舞い衆の完璧な隠れ蓑となるため、多くは陰舞い衆の仕事は知らされなかった。
 「清廉で素直で人を疑う事を知らない、そして何より舞に一途で容姿に華がある姉は、日向舞い衆となりました。他方、身のこなしが素早く用心深い性質だった私は…やがて陰舞い衆となりました。」
 静信―イツ―は己の手をじっとみた。
 「今でも…初めて人を殺めた時のあの忌まわしい感触が手から離れません。女舞人は皆最初にその鈴を渡されるんです。そして陰舞いの女になる者は、これで最初の殺しをするのです。」
 だからイツは姉の鈴に戦慄し、そして安堵した。

 陰舞い衆は、上役の命令どおり暗殺も始末も略奪も行う。相手を陥れるために体を開くこともする。そして失敗は己の命で償う…非道の世界だった。イツの心は確実に蝕まれていった。
 「人を殺めた日から、姉と顔を合わせるのが怖くなりました。そしてもう陰に落ちた者は日向に行けない。次第に私の中に、日向に居る姉を憎む心が現れるようになったのです。
…だから伯母は止めたんだ…伯母は知っていたんです。父と母は陰舞い衆だったと。

全ては後悔にしかなりません。姉を憎み姉を遠ざけ、手を汚しながら、体を磨り減らしながら…もう落ちる所まで落ちるしか無いのだと…そう思っていたんです。だけど…
 それに抗おうと言ってくれた人がいました。」
 それは陰舞い衆の仲間で兄のように慕っていた男・雹(ひょう)だった。雹は於ユキとイツの姉妹が一座に来た日から気にかけており、イツが陰舞い衆となってからは、陰舞い衆に徹し切れず苦しむ姿を見てきた。

 「なあイツ…この濁流に運命を賭けてみねぇか?」
 今ーこの時点―から数年前のある大嵐の日の事、陰の任務先から帰路に向かう道中、川の増水でイツたちの組は足止めを何日も食らっていた。川の様子が見える高台の廃寺にイツと雹とほか三人で身を寄せ、雨がやみ水が引くのを待っていた。
 「雹…何のこと??」
 不意の提案の意図が分らないイツだった。
 「俺はアンタがこのまま、落ちて行くのが我慢ならなくなった。
…好きだ。俺と陰を抜けよう。」

 「あの時のあの人が…私の地獄に仏でした…。」

 それからの覚悟と決行は早かった。その夕刻雹は、
「これ以上足止めで帰るのが遅れたら上役から折檻を受けかねねぇ、上流に渡れそうな場所を見つけたから、暗くなる前にその道で帰ろう。」
 と、イツを含む一行を連れ出した。確かに少し上流の何とか渡れそうに見える場所だったが、渡りきれるのか渡り切る前に夕闇が迫りそうなギリギリの刻限だった。対岸の木に縄を張り、先に三人を行かせる。そして雹はイツの手を引きながら渡る。
「イツのやつ、山育ちで泳げないんだとさ。」
雹はカラカラ笑う。

 先頭一人が対岸に渡りきろうかという瞬間
「…すまねぇ。」
 雹は縄から手を離した。傍目には手が滑ったように見えながら、それは意図的な事だった。雹とイツは濁流に消えた。

 雹は自分の身体能力に自信があった。何とかイツを守りながら先の三人のいた位置の死角になる場所ですぐに水からあがり身を隠した。
 が、予想外の事が起こった。流された際に雹は水中で足に深手を負ったのだった。
 最低限の止血をし、二人でさまよう事数日、どれだけ歩いたのか行きついたのが、この山間の尼寺だった。寺の先代庵主は慈悲深く、ボロボロの二人を迎え入れた。

 濁流での深手は治療が遅れ致命傷となり、程なく雹は亡くなった。
 「あの人を失い、私は自分だけ救われたくて逃げ出そうとした事に罰が当たったんだと気が付きました。私が逃げたことで姉はどうなるだろう、でも今更帰れない、戻ればあの人が命を賭けてくれた思いを反故にしてしまう。また私は雁字搦めになってしまいました。」
 それを受け止め癒したのは先代庵主だった。殺めてしまった命を弔い、雹を弔い、そして遠くの姉と伯母の幸せを祈り、仏の道を求め私を支えてくれないかと諭したのだった。

「庵主様の仰る通りでした。それで私の罪が消えることは無いのですが、姉に顔向けできることも無いのですが、この先誰かに添いたいような想いも二度とないですし、静かに出来る限り善良に生き、祈りにこの命をささげようと尼になりました。」
 そして庵主を看取り、この寺を継いだのだという。

 人を殺めた業を背負いつつ、それを悔いながら受け止め、彼女の言うところの仏=つまり天の尊き存在に心を向ける姿は、聖職者たりうる姿だった。

「貴方の心はきっと尊き天に届くだろう。」
「ありがとうございます。旅の方、この後は生涯かけて姉と伯母の菩提を弔って参ります。姉さん…ずっと心配かけてごめんなさい。今日からずっと傍にいるわ。」

(於ユキはもう、イツの心の中にしかいない…。来世で出会えることはない。それでも今生の限りは姉妹の絆は存在する。そしてイツの魂の履歴の片隅にも残るかも知れない。)

「静信御前、すっかり長居をしてしまった。ワタシはこれにて。」
イツ―静信―が引き留めようとした瞬間、天使は既に発っていた。
「姉さん、きっとあの方は遠くから旅をしてくださったのね。ありがとう…。」
イツは合掌し深々と頭を下げた。

(随分人間の心に触れてしまった…神聖な祭祀と非道を表裏一体でとか、なんなのだ…滅ぼしてやろうか…。
 そしてあの狐…
アイツは愛でる対象にもう少し関われ…傍観がすぎる!大体態度が…

…全く、下界は勝手すぎる!矛盾だらけ…どうしてあの御方はこんなにも身勝手な…

 身勝手で矛盾で、流されやすくて、それでいて日向に焦がれ、枯れそうになっても溶けそうであっても花であろうとする…か。)

山門の屋根の上、ルナは腰を下ろし思案していた。
「長官、お迎えにあがりました。」
背後に一人の天使が降り立った。直属の部下である。
「…頼んだ覚えはないが?」
「はい。ですが…長官には珍しく帰還予定を少々お過ぎになられていたので。」
「そうか。すまぬ。」
「お疲れでしょう。修道院から蒸留酒が献上されております。」
「…帰ろう。」

番外・浅き夢と発掘

これが、私伊月ユリカが見た浅き幻影。
 でも、リアリティと確信を持った幻影…私はすぐ調査を開始した。かつて小柴村と呼ばれた地を。
 そこで発掘した。
 みつけたのだった、天使に拠る魂の消華が行われた痕跡を。
 古来より消華を行った場所の地面は、自然では起こり得ない真珠のような地表に変容すると先行研究で明らかにされている。
 この地表の真珠層化はおよそ300年~400年で消失し自然の地層に戻るとされていたが、
今回、かつて小柴村と言われた地のA.D.1500年代の地層の一部から
真珠層の片鱗が見つかった。
 引き続き、調査と考察を深めて行きたい。

(終)

☆あとがき

 まさか…二次創作小説を書いてしまうとはな…!!!

 でも素敵な一次創作である天界追悼庁、確たるキャラクターのルナ長官・九尾の白狐様がいらしゃったからこそ見えた、強めの幻覚…否幻影なのです。
 可憐で健気で哀しい姉妹に延々と傾聴する長官…ちょっと面倒見が良すぎたかも知れません。でも、大いなる尊い存在―天とか神とか仏とか救世主とか―の名前や権威や信仰心を利用する人間もいれば、ただ懸命に善良であろうとするのもまた人間で、でも我慢のし過ぎも良くないよな〜というお話になりました。
 元々は『日本の昔の世界に武装の天使がいるとしたら…』の着想から始まった時代小説のような、そうでないような…ただのファンアートですが、もしご高覧頂けましたら幸いです。

2023年炎夏 青海ゆえ拝
#天界追悼庁二次創作


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