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小説 乱世幻影〜天に消える花の記〜【中編】 #天界追悼庁二次創作

登場人物


ルナ: 天使・天界追悼庁長官 怜悧な少女然とした容姿に軍服を纏う悪魔の追討をプライマリーミッションとし、基本的には人間界には必要以上に関わらない。任務のためA.D.1500年代のアジア圏日本に降り立ち、その時代に合った武装をしている。
於ユキ: ルナが降臨したところに居合わせた、人間の乙女。妖怪が大好き。生き別れの妹がいる。可憐な容姿だが顔に大きな傷がある。

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§3.抑留され折れた心のなれのはて

 事が起こったのは5日後だった。於ユキの住む小柴村を統べる大名が戦で劣勢を重ね、
遂に自らの領内でも、各地で泥沼の戦いを繰り広げる様となった。あちこちで火の手が上がり、血の焼きつく臭いが満ちた。小柴村にも敵勢が押し寄せたが、もはや助けはなく村人は乱捕りと暴力の餌食となった。

 怨嗟と絶望に満ちた気配を感じ、ルナはこの時点に再び降り立った。既に敵の姿は無く、目の前にあるのは焼け崩れた廃墟の村。耳に聞こえるのは今だ死にきれない苦しみにあえぐ呻き声だった。天使の感覚では数刻前に見た長閑な村の景色が、壊滅的に奪われていた。

「し、ろ…天狗、さ…ま…」
背後でかすかな声が聞こえた。於ユキだ。着物ははだけ深い傷を負い命は火はあと僅かなのが明らかな様だ。
「於ユキ…」
「わたし、逃げられなくて…伯母さまを置いて行けないし、どうすればいいのか…決められないウチに…こんな事になっちゃったの…し、しかたなかったのよ…。」
 見ると傍には伯母であろう老女が既にこと切れていた。
 この場で天使に出来る事は…せめて安らかにこの娘を天に送ることのみだった。
「ワタシが居る。苦しみを手放し、明るい方に魂を委ねて。
大いなる天よ、この穢れなき魂を…」

『ケガレナキ?ソウネ…ソレ故二、コノ魂ハ重ク暗クナッタワ…』

「なに?!」

 於ユキの魂が命との繋がりを断った瞬間、彼女の亡骸からどす黒い負の力の渦が巻き起こった。雷のような凄まじい咆哮を上げ、それは人のような形を為していく。
「これは…!お前は‼」
 於ユキが押し込めた来た、絶望・憎悪・悲壮心・叫びたくても叫ばなかった悲鳴と怒りのなれのはてだった。
 (先刻の彼女の語る生い立ちをきいて引っかかったのは、これだったか…)

 彼女は、於ユキは並外れて我慢強い娘だった。何が我が身に振り掛かろうとも
「しかたない」
と砕けそうな心をいなして生きてきた。湧き上がる怒りを強い理性で抑えつけたきた。
しかしそれは一方で、現実に抗う心も折って来たともいえる。降りかかる理不尽を唯々諾々を受け入れてきた弱さとも言えた。
 結果的に魂の深層では自分で自分を抑留し傷つけ、重く暗い魂となった。しかしそれすらも直視せず、開放する事なく命を終えた。命の器から溢れた魂は暴走しルナの前に現れたのだった。負の力の渦は、相対する正の力の化身である天使ルナに襲い掛かる。
 「苦しみと妄執を手放せ、魂を貶めるな!!」
渦巻く攻撃を凪払いながら、天使は警告した。

 ルナは天使の中でも中上位に位置する。故にこの事態にも冷静な判断が求められた。
(なるほど…コレは悪魔ではない。が、しかし、悪魔にとって最高の餌になってしまう。これほどの強い負の魂、取り込みたい悪魔は直ぐ嗅ぎ付けて来るだろう。この者に大罪は無いが
…迷う暇はない!)
 知性や自我のある悪魔や人間ではなく、人間の魂の強い一部分が膨れ上がったモノ。しかも魂を繋いでした人間は既に絶命している。ならば取るべき方法は一つだった。
「天界追悼庁長官・ルナの名において天界に承認要請する、この者の魂の輪廻の円環を断つ『消華』の実行承認を。」
長官申請に実質的な審議は無い。それだけ事は緊急性とゆるぎない実行判断と見做されるからだ。即座に「承認許可」が下る。

 魂の輪廻の円環とは、いわば生まれ変わるための魂のアカウントと履歴。生まれ変わる権利を持ち、家族や友人、情を交わした者同志や、深い因縁の清算を待つ者が一つの命を終えてもまた強い結びつきで会えるための情報とそのサイクルに載せるシステムである。
 それを断つ『消華』とはつまり魂の抹消。於ユキの魂は天に昇る事も無く、来世に生まれ変わることもなくなる。
【※通常の天界の規定では悪魔やそれに近い人間になされる処分でもある。】
 罪なき乙女の魂、だが今ここでそうしないと傷ついた魂は悪魔の餌食となる。天界追悼庁長官の判断に一切の迷いは無かった。

「消華!!!!」


於ユキは気が付くと白い眩しい空間に居た。
「私は…?ここは??」
身体が軽い。それに傷みや苦しみも感じない。自分の体に目をやると受けた傷はないばかりか乱れた筈の着衣は舞い人だった頃一番好きだった衣装に変わっていた。
「え…?なに?これは、どうして??」
事態を飲み込めず、動揺しつい手が左頬を触る。
「あ!」
心の底ではいつも憂いていた大きな傷跡が無かった。
「少し意識はあるようだな」
正装し本来の姿をしたルナが於ユキの目の前に現れた。
「白天狗さま…。貴方が天に連れて行って下さるのかしら。だったら嬉しいな。
そうだわ!もし叶うのなら、家の箪笥の一番下の奥に、私は舞い人だった頃使っていた神楽鈴があるんです。それを…妹に、妹に繋がりそうな人に渡してください。
お願い…しま…す…おね…が…」

 このまま消してしまうことはどうしても出来なかった。せめて天使として彼女を見送ってやろうと掬い取った魂の最後のカケラが砂塵となって消えた。
「割と…おしゃべりだったな…」
滅多に情に流されないルナだったが、その手は彼女が遺言した箪笥奥の神楽鈴を探していた。桐箱に納められたそれはすぐに見つかった。
(しかしこれはどうしたらいいのか…。)
この先は下級天使に引き継がせるかと思案しながら、はじめに降り立った森に向かって歩いていた。時はもう逢魔が時、背の高い木の前を通り過ぎると

「ふうん、綺麗な天使さんも大変だネ。」
 
正体を見抜く声がした。
「…誰だ!」

§4.不介入者は見ていた

「コンバンハ。見ての通り、一匹の狐だヨ。」
 木の上には九尾の白狐が居た。事の始終を見ていたようだった。
「妖の者か?何の用だ。」
「ご挨拶だネ、相変わらず天界族の御方は。」

 ―妖・妖怪の類は世界中にいる。―
天使や悪魔とも、人間とも違う種別でありながら人間と同じ下界に存在し、天使
や悪魔にも似た人ならざる力を有する。人ならざる力の程度は階級によって違い、高位妖族は天界・地獄・そして人間界にも多大に影響することもあり得ることから、全知全能の神は妖の他族への干渉は高位な者ほど慎むよう命じている。
 九尾の白狐は、最高位妖怪の一族である。当然天使や天界の事も知っていた。
「しかし、怖いネ。純真な人間でも抱えていたモノが暗い闇なら、何の迷いもなく魂すら消し去ってしまうのカい?まったく神やら天使とやらは慈悲も情けもないのだナ。」
「何。」
白狐の言いぐさに対しルナは僅かに怒気を浮かべた。
「貴様、あの御方を愚弄するのか?それ以上、天と天に仕える私への侮辱の言は許さん。」
 ルナの手に雷のような力が込められる。排除すべきものを自壊させる聖なる力だ。
 白狐の妖力すら凌ぐ力である。だが白狐もそれで怯むような卑しい妖怪ではない。
態度も崩すことなく、
「失礼。別にキミや天主様を侮辱したいんじゃない。全知全能の神がキミをここに派遣したのも、キミが先刻いたしたことも、キミの立場を見れば絶対の正義ってヤツなんじゃナイ?

…ただね…怒っているだけサ…!」
 一瞬、白狐の美しい瞳の虹彩がキッと閉まり、相対する物を喰らうかのような獣の睨みをルナにぶつける。
「あの姉妹は我のお気に入りだっタ。何も手を貸すことは出来ずとも、ずっと眺めていてかっタ…。それをヌシが!!!
……そうダな…ソレ、キミが渡してオ上げ。」
 穏やかな態度を取り戻し、白狐はルナの持つ於ユキの遺品を指さした。
「妹だヨ。我の見立てではここよりニ十五里先にいる。
 さあ、このコが案内しよう。」
 白狐は管狐を召喚した。管狐はすぐルナの足元に降り立ち周りをクルクル走り回った。

 「九尾の白狐…アジア圏の妖怪の中でも上位に君臨する大妖怪の一族。性質は気まぐれで自分本位。それでいて何かに対する愛着や執着心も強い…か。
 お前も主が好きなのだな。」
 そうだよ!と言わんばかりに管狐は小さく鳴く。空を勢いよく駆ける管狐は、時々愛くるしい目で後ろを振り返り案内すべき者が付いてきているか確かめる。ルナは天界への帰還予定を少し遅らせることにした。

 程なくして、於ユキの妹がいるらしき場所に到着した。そこは人里から少し離れた山間の小さな寺だった。時はすっかり日が落ちた頃、寺の山門の奥の本堂は暗い。が、本堂脇の庫裏には薄明かりが見えた。
「案内、ご苦労。」
 ルナは管狐をひと撫でし、ねぎらった。すると管狐は柔らかなつむじ風となり夕闇に消えた。
 武装は警戒されるだろう、と思案しルナはこの時代の女の旅装束に姿を変え、山門をくぐった。

「もし。夜分失礼。どなたかいないだろうか。」
庫裏を訪ねると、奥から声がした。
「はい、いかがなさいましたか。」
落ち着いた女性の声だった。
「失礼。此処かこの辺りにイツという名の若い女人は居ないだろうか。ワタシはその者を訪ねて参った…」
ルナが言い終えぬうちに、庫裏の戸が勢いよく開いた。
「…イツ…ですか?」
今しがた応じた声の主が戸を開いた。目元が於ユキによく似た若い尼僧だった。

「私はここの庵主・静信(せいしん)と申します。そして、元の名はイツと申しました。」
 ルナは庫裏の一室に通され、尼僧・静信と相対した。
「静信御前、いやイツ殿…ワタシは故あって名は名乗れぬが、旅の者。旅の途中、貴方の姉君と知縁を得た者だ。。」
「姉と…於ユキ姉さんとですか!?
あの…それで、姉は今どこで何をして暮らしておりましたか?ご存知でしょうか?!」
於ユキの名を聞いた途端、落ち着きを払った尼僧の表情は消え、驚きと戸惑い帯びた娘の顔で静信はルナに訊いた。
「姉君は貴女方の故郷の…伯母君の村で亡くなられた。伯母君と。先日、村一帯が戦火に巻き込まれ。ワタシが看取った。」
「姉さん…伯母様!!そ、それで…わざわざ貴方様が、私を探して…お知らせにいらして下さったのですね…!あ、ありがとう…ございま…す。」
静信は手にした数珠を強く握り込み、突然知らされた身内の訃報に必死に耐えながら、目の前の来訪者に応えていた。
(故郷の村から此処は二十五里…百キロ近く離れている事や、私がどうやって自分に辿り着けたのかは、少しも疑念を抱いていない…やはり姉妹なのだな。)

「これも御仏のお導きですね。旅の方、誠にありがとうございます。」
泣き崩れたいのをこらえ、息を付き合掌し、静信は改めて感謝を述べた。
「さあもう辺りは暗うございます。狭くて寒い侘び寺ですが、ここは尼寺です。貴方様も女人、安心してお泊まりくださいませ。部屋をご用意しましょう。」
 そう言って、立ち上がろうとする静信だったが、ルナはそれを辞し、ひとつの桐箱を差し出した。
「いえ…ワタシは先を急ぐ身、これだけ届けに参ったまで。」
 桐箱は於ユキの遺品となったあの神楽鈴の入った箱である。
が、それを見た途端、静信の…イツの顔は、青ざめた。
「こ、これは…姉の…ですね。」
「そう聞き、言付かった。」
 先ほどの訃報を聞いた時より気色はいっそう青ざめ、箱に伸ばす手も冷や汗にまみれながら小刻みに震え、明らかに悲しみ以外の感情に心締め付けられている様である。
(恐怖?この尼僧は何かにひどく怯えている。何に?…箱の中身は確かめたが神楽鈴以外、何も入っていなかったが。)
 天使にも目の前の若き尼僧の感情は不可解であった。

【後編】へ続く 著・青海ゆえ 
#天界追悼庁二次創作


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