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水俣病被害者救済法 大阪地裁、国の線引き否定 “WHO基準”否定 福島第1原発処理水海洋放出への影響は?

 水俣病被害者救済法に基づく救済措置の対象外となったのは不当などとし、熊本と鹿児島の両県出身者で、関西や東海地方に移り住んだ50~80代の128人が、国と熊本県、そして原因企業のチッソに1人当たり450万円の損害賠償を求めた「近畿訴訟」と呼ばれる判決が、9月27日、大阪地裁であった。

 達野ゆき裁判長は原告全員を水俣病と認め、1人当たり275万円(計3億5200万円)の賠償を命じた。

 同救済法についての司法判断は初めて。同様の集団訴訟は、熊本、東京地裁でも争われている。

 判決は、この法律が定める対象地域や出生年などの「線引き」を超えて、広く水俣病であると認定しており、国の救済の在り方に疑問を投げかけた。

 原告らは、被害者団体「水俣病不知火患者会」の会員。会員らは救済法に基づき、一時金210万円などを申請したものの、「非該当」とされたり、救済法の存在を知らずに申請できなかった人たちだ。

 判決で、達野裁判長は、メチル水銀を摂取したかどうかについては、

「居住歴や魚介類の摂食状況、同居家族内の水俣病患者の有無を基に検討する必要がある」

(1)

と説明。

 原告らは、不知火海(八代海)の魚介類を継続的に多食し、水俣病を発症する程度に水銀を摂取したと認め、手足のしびれなどの感覚障害は、

「他の原因では説明できない」

(2)

と判断。

 救済法の対象地域外の原告についても、

「毛髪や魚介類の水銀値から、水銀汚染が不知火海沿岸地域に広がっていたと推認される」

(3)

と指摘。また国側の、

「居住地域が水俣湾から遠く、水銀濃度は低かった」

(4)

との主張については、

「魚介類は海を自由に移動する。主張を単純に採用できない」

(5)

として退けた。原告のうち6人については、国などの責任が生じる前に水銀を摂取したとし、チッソのみに賠償を命じた。



水俣病とは


 判決では、水銀の摂取からの長期間が経過して発症する「遅発性水俣病」の存在も認め、

「特定の年数で発症時期を限定することはできない」

(6)

とも判断。損害が発生してから20年で賠償請求権が失われる民法の「除斥期間」について、

「いずれも20年以内であり、除斥期間を経過していない」 

(7)

と結論付ける。

 水俣病被害者救済法は、公害健康被害補償法(公健法)に基づき、「認定患者」とは認められないものの、感覚障害など一定の症状がある人を「被害者」として救済するための特例措置を規定した特別措置法(8)。

 法律は2009年7月に成立し、被害者と認定されると、一時金210万円や医療費の自己負担が無料になる手帳が支給される。2012年7月末に申請が締め切られ、熊本と鹿児島の両県で3万433人が一時支給の対象となった

 しかし、申請時期や居住地域、出生年による救済対象の「線引き」について批判あった。批判の背後には、水俣病被害者への公平な救済が実現されるための複雑な法的論点が存在する。

 水俣病の問題は、1940年代にまでさかのぼる。当時、熊本県水俣市の新日本窒素肥料(現在はチッソとして知られている)は、アセトアルデヒドの生産過程でメチル水銀を河川や海に排出し始めた。

 これにより、魚を通じてメチル水銀を摂取した猫が異常な症状を示し、人々も神経系の症状が現れ、最悪の場合、死亡する事例が増加。

 しかし、当初、原因はメチル水銀とは認識されず、感染症が疑われ、発症者は隔離されることもあった。

 1956年5月1日、水俣保健所がついに水俣病の存在を公式に発表。それでも、当時でも原因は未だに不明とされ、「原因不明の奇病発生」とされる。

 そして、1968年9月26日、厚生省(当時)が水俣病を公害病として正式に認定し、ついに原因が「チッソが排出したメチル水銀」であることが公表された(9)。


国の線引き、否定


「特措法の対象外でも、水俣病を発症する程度にメチル水銀を摂取したと推認するのが合理的だ」

(10)

 訴訟の焦点は、2009年に国が制定した水俣病被害者救済法(特措法)の妥当性に集中。

 特措法では、対象となるのは熊本と鹿児島の6市3町の一部で、なおかつ1968年まで1年以上居住したこと。しかし、多くの被害者がこの枠組みから除外された。原告たちは居住の「地域」や「年代」から除外された人たち。

 判決では、達野裁判長は原告側の主張を受け入れ、対象地域について、チッソの排水が行われていた当時の住民の食生活に触れる。

「豊かな漁業でカタクチイワシ漁やエビ漁などが行われ、混獲された魚介類が自家消費された」

「魚介類は行商人により売買されるだけでなく近隣同士で分けられたり、物々交換されたりした」

(11)

などとし、特措法の対象地域外であったとしても、継続的に多く魚介類を食べたケースはあったと認定する。

 達野裁判長は昨年9月、熊本県水俣市などを自ら、現地視察している(12)。このときは、船に乗り不知火海沿岸の地域を、また天草氏の倉岳の山頂に登り海を視察しており、判断に影響した可能性も。

 年代についても、国側の線引きを否定。国側は、チッソが1968年に排出をやめたことや、過去の最高裁判決を踏まえ、

「水銀の曝露終了から4年を超えた場合は発症しない」

(13)

などと主張。

 しかし判決は、魚介類の調査などの結果から、1974年1月までにとれた魚介類から水銀を摂取したと推認できると指摘。また、

「遅発性水俣病の存在は否定でない」

(14)

とも言及した。

“WHO基準”否定 福島第1原発処理水海洋放出への影響は?


 一方、一審で支払いを命じられた国側は、10月10日、大阪高裁に控訴する。しかし、原告だけでなく、東京電力福島第1原発事故で被災した人々や、支援活動に従事する研究者も、国の行動を注視する。

 一審判決には、注目すべきポイントが存在。判決は、メチル水銀の摂取量が一定量以下である場合に発症しない「閾値」を認める。同時に、国連機関である世界保健機関(WHO)が提示した値に疑問を投げかけた。

 国によれば、体内に摂取された水銀の量は毛髪から推定できるという。 WHOは、毛髪中の水銀濃度が「50ppm(1ppmは1%の1万分の1)」以下であれば、水銀の体内摂取値が一定量を下回り、疾患が発症しない閾値と説明。

 しかし、一審判決はWHOの基準を下回った場合でも、長期間にわたる摂取によって「発症リスクを否定できない」と結論づけた。さらに、摂取から時間が経過して初めて自覚症状が現れる遅発性水俣病についても否定できないとする。

 だが国は一審判決に反発。国は、一審判決がWHOの基準を下回る場合でも発症を認めたことを指摘し、「国際的な科学的見解と大きく異なる」と主張。

 国は、福島第1原発の海洋への放出についても同様の“WHO基準”を擁護する立場をとる。水のトリチウム濃度について、国はWHOの飲料水基準の1リットルあたり1万ベクレルを大幅に下回るとして、安全性を強調してきた(15)。

 しかし国際環境NGO「FoE Japan」の満田夏花事務局長は、これは、

「処理水全体に含まれる他の放射性物質の総量が示されていない中で、都合よく切り出された数値」

(15)

と受け止める。


(1) 鶴善行「救済法対象外 水俣病認定」西日本新聞、2023年9月28日付朝刊、1項

(2)鶴善行、2023年9月28日

(3)鶴善行、2023年9月28日

(4)鶴善行、2023年9月28日

(5)鶴善行、2023年9月28日

(6)鶴善行、2023年9月28日

(7)鶴善行、2023年9月28日

(8)西日本新聞「ワードBOX 水俣病被害者救済法」2023年9月28日付朝刊、1項

(9)谷口恭「水俣病の認定はなぜ「困難」なのか」毎日新聞医療プレミア、2023年10月23日、https://mainichi.jp/premier/health/articles/20231016/med/00m/100/016000c

(10)北沢拓也・今村健二「国の線引き 否定」朝日新聞、2023年9月28日付朝刊、26項

(11)北沢拓也・今村健二、2023年9月28日

(12)北沢拓也・今村健二、2023年9月28日

(13)北沢拓也・今村健二、2023年9月28日

(14)北沢拓也・今村健二、2023年9月28日

(15)岸本拓也・安藤恭子「被害者救済を渋る国の姿勢がまたも…水俣病訴訟で控訴、その理由とは 原発事故被災者にまで広がる波紋」東京新聞、2023年10月12日、https://www.tokyo-np.co.jp/article/283093

(16)岸本拓也・安藤恭子、2023年10月12日

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