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「ナナメの夕暮れ」を読んで、一人旅をした

以前から気になっていたオードリー若林さんの著書「ナナメの夕暮れ」を読んで、ふと一人旅がしたくなった。
カレンダーを見て、比較的予定の空いているところを見定める。「来週の水曜午後から一泊で行けそうだな」ということで、有給の申請をする。
サラリーマン2年目の僕は、この「有給」について考えると少し興奮してしまう。何かこう「他人のお金で自分の欲望を満たす」ような、少しイケないことを堂々と決行できてしまう仕組みに感じている。
これは20年以上フリーランス的に生きてきて、全て自分でリスクを取らなければならない立場だったところから、守られる立場になった心地良さのようなものだと思う。
有給を申請すると数時間後には承認が下りていた。ありがたい。心の中で上司さんに手を合わせる。

旅の価値というのは、それを心待ちにするところから発生していて「今日の晩御飯はハンバーグよ」と言われた小学生のような気持ちで仕事をすることができる。
楽しみな気持ちを頭から尻尾まで味わうために、予定も少しずつ立てて行く。まずは移動手段から。
今回は1人の時間を満喫するために、レンタカーを借りることにした。車さえあれば最悪そこで寝ることもできる。

旅の目的は特にない。旅の終わりに「あー、旅をしたな」と思えればそれで良い。いつもとは違う景色を見て、宿でダラダラして、お土産を買う。旅に行くことを誰にも告げないなら、お土産は買わないかもしれない。
やりたいことをリストにしてみる。
・車を運転する
・運転しながら歌を歌う
・大きなお風呂に入る
・自然を感じる
・宿でダラダラする
・副業の仕事を進める
・文章を書く
家の近くでできることが大半なんだけど、気にしないことにする。どこか遠くに行かないと、いつもの悩み事が頭の中をぐるぐるしてしまうに違いない。ここから一時的に抜け出したい。

文章を書きたいのはオードリー若林さんの影響だ。同い年で元人見知り。仕事は充実しているけど、これといった趣味はない。いつも自分の内面を観察したり、斜に構えた気持ちで他人を値踏みしてしまう。そんな自分を変えたいような、受け入れたいような気持ちが行ったり来たりしている。若林さんのように自分の内面と向き合って、文章に残しておきたい。あわよくばそれを誰かと共有したい。

旅行の当日は8月の30日で、昼過ぎに退勤の打刻をすると当月の最終出社となった。勤務表で月末の処理をして、一足早く仕事の面では8月が終わる。1日半の空白が生まれて、旅の時間がそこにハマる。「さ、行きますかー」と気持ちを切り替えて、荷物を揃える。
荷物といっても特別なものは何もなくて、着替えとパソコンくらい。夏の着替えは嵩張らないので、トータルの荷物がビジネス用リュック1つに収まってしまった。お腹が空いたので素麺を茹でて、焼いた茄子を乗せる。健康診断で悪玉コレステロールが多めに検出されたため、肉は食べないでおく。予約の時間が来てレンタカーを借りる。出発進行。

新しい車に乗ると、テクノロジーの進化に驚く。ボタン1つでエンジンがかかるし、メーター類のパネル内にナビ連動のエリアがある。
ちょっと派手に驚いたリアションをすると、レンタカー屋さんも「スマート具合」を丁寧に教えてくれた。
今回の目的地は富士山の方面。高速で1時間ちょい。大きな富士山を見るとテンションが上がることはいつもそうなので、無難な選択をした。
宿泊予定は御殿場のドーミーイン。これもまた無難な選択だ。系列のホテルには何度か泊まったことがあるけれどもハズレと感じたことがない。こだわりのお風呂とサウナ、無料で振る舞われるアイスとラーメン、風呂上がりの休憩スペースに大量の漫画が並ぶ。料金もお手頃。そんなホテルだ。

運転中には歌うか、考え事をするかどちらかをしている。歌は2-3曲で声が枯れるので、大抵は考え事だ。考え事ばかりなのは普段と変わらないけれど、どこに居て何を見ているかによって「何を考えるか」が違ってくる。運転中は少し興奮していると言うか、いつもより「死ぬかもしれないスリル」を感じているので、思考にも非日常的な要素が入ってくる。今回山を見ながら考えたのは「山登りは亡くなる人が多い危険な行為なのに、一般的な趣味として市民権を得ているのはなぜか?」だった。まぁ途中は省略するけれど、山登りに限らず、意外と死が隣り合わせな趣味は多くあって、むしろリスクを飲み込むことでリフレッシュと言うか、ある種の興奮を得られるということではないかと考えた。
心配性な僕はと言うと、そのような興奮を容易に得ることができる。例えば高速道路でパーキングエリアから本線に合流する瞬間。車線を確認はするけれども「もし後ろから暴走してくる車がいたら、死ぬかもしれない」と毎回考えてしまう。運転にはさすがに慣れたけれど、そんな考えが頭に浮かんでくるのは相変わらずだ。

天然温泉 富士桜の湯 ドーミーイン EXPRESS 富士山御殿場

夕方にホテルに着くと、コンビニで買い出した酎ハイをあける。お酒はあまり量が飲めないので、1缶を飲み干すこともできない。お酒に強くなりたいと常々思ってきたけれど、今となっては少しの量で効果が得られるわけだから、とても燃費が良い。
飲みはじめるタイミングでは「酔いが覚めた頃に風呂に行こう」と考えていたけれど、酔って体を動かすのが億劫になると、このまま寝てしまおうかという気持ちになり、いつの間にか一眠りしていた。
寝起きから風呂へ。そしてサウナ、アイス、漫画、ラーメン。ドーミーインの定番ルーティンを堪能する。

ホテルの隣に打ちっぱなしがあったので、翌日に行ってみようか迷ったけれど、グローブが必要かもしれないと考えて辞めた。次の機会に備えてインターネットでゴルフ用のグローブを購入。明日帰宅してから受け取ることにする。ゴルフの経験はほぼゼロ。9月から習い事にしてみる予定だ。これも「ナナメの夕暮れ」を読んだ影響である。

翌日は近くの洞窟へ行くことにした。正確に言うと「風穴(かざあな)」である。「お前の頭に風穴(かざあな)開けてやろうか?」の風穴。それが実在することを初めて知った。

旅の間、本業は休暇なのだけれども、副業のお仕事はこなさなくてはいけない。今どきは子ども2人を大学に行かせようとしたら、並レベルのお給料だけじゃやっていけない。お仕事をして、コップに残っていた酎ハイを飲んで、寝る。3億円当たらないかなと妄想する。宝くじは買ったことがないけれど。買ったとしても3億円が当たる期待値はとても低い。世の中甘くない。

さて一夜明けて2日目。11:00ギリギリまで粘ってチェックアウト。冷蔵庫に入っていたサービスのマンゴープリンはテイクアウトする。このようなコストパフォーマンスを最大化しようとする行為で「器が小さい」と言われてしまうことがあるのだけれど、もうそれで良いと考えている。言わせておけば良い。甲斐性とか、大きい器であれとか、そういうのは「男」に対するジェンダーロールの押し付けなんじゃない?と思う。自分のやり方で楽しめば良いはずだ。

駒門風穴

さて自然を感じるために風穴を選んだのは良い判断だった。住宅街のそばに突如現れる風穴。足を踏み入れると冷気に包まれ、暗闇に水が滴る音が響く。こんな空間にいたら、妖怪のこととか想像してしまうよな。次はステップアップして、樹海にある洞窟の中をヘルメットをつけて探検するツアーに参加してみたい。
風穴から外へ出ると再びぬるい空気がまとわりついてくるのを感じた。田んぼの上を無数のトンボが飛んでいる。

僕が旅をしていると知らない長女から「駅まで車で迎えに来れる?」とLINEがきた。静岡で旅をしていることを告げると「こっちは試験期間中なのにズルい」と返ってきた。お土産を買って帰ることにする。

高速道路のサービスエリアはちょっとしたパラレルワールドだなと思う。上りと下りでほとんど同じ施設が2つあるわけで。そんなパラレルワールドでトイレに寄ったり、ベンチに座ったりしながら、行き交う人々を観察する。観察するつもりはなくても、なんとなく会話が聞こえたり、目に入ったりする。
実にいろいろなタイプの人が全国から集まっていて、日本が100人の村だったらそれはサービスエリアみたいなところではないかとすら思える。
そして何か懐かしいような、安心するような気持ちになる。「あー、自分も生きたいように生きれば良いのかな」みたいな、ちょっと大袈裟だけどそんな気持ち。

18で宮城の片隅から上京してきて、周りに染まろうと努力をしてきた。音楽もファッションも行動も「周りからどう思われたいか」を中心に選んできたように思う。今にして思えば、もう少し自分の好みを優先してもよかったのではないだろうか。洋楽ヒップホップより邦楽ロックが好みだし、好きな漫画の話が出来る友達を探しても良かったかもしれない。そんなことを考えたりした。

帰宅の途中、予約していたコワーキングスペースの個室に入り、リモート会議に参加する。頭の中が半分仕事モードに切り替わる。明日からまた仕事か。「もう少し旅していたいなぁ」と思うけれど、そう思えることが旅を楽しめた証なんだろうなと思う。

地元まで戻ってきてレンタカーを返す。歩いて家に向かう途中で、虫の鳴く声が聞こえた。


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