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順位放棄か順位変更か~分析会記述不登解説作成者の弁明

令和5年度司法書士試験を受験された皆様。

猛暑の中、1年の成果を賭けて闘いぬいてこられた皆様に敬意を表します。

今年の記述式不動産登記(午後の部第36問)では、事実関係9に基づく登記をめぐり、順位放棄なのか順位変更かで見解が分かれ、いまだモヤモヤしている受験生がおられるようです。

受験指導校の中ではおそらく唯一、順位放棄の解答例・解説を書いた私、筒井としては、分析会をみて「本試験問題解説冊子」も読んだけど、何だか納得できないよとお考えの受験生に、もう少し詳しく説明する必要があると考え、この場をお借りする次第です。


■ 結論

まず最初に、結論というか、私の立場を明らかにしておきましょう。

事実関係9に基づいては、順位放棄の登記も、順位変更の登記も、どちらも申請可能です。
その上で、本問(令和5年度午後の部第36問)の指示に従う限りにおいては、順位放棄を選択すべきというのが私の見解です。

なぜそうなるのか、根拠をご説明します。
なお、以下はあくまで私見であり、他の伊藤塾講師の見解とは必ずしも一致しない旨ご了承ください。

■ 事実関係9をどう解釈するか

事実関係に基づき司法書士鈴木一郎が申請した登記が題材なので、
まず問題となるのは事実関係9の評価です。

事実関係9は「乙土地のYの2番抵当権とZの3番根抵当権の順位を同順位とする契約を締結した。」となっています。

ここでいう「順位」とは、民法373条で定まる「優先弁済権の順位」を指すものと解されますから、(不登法4条により定まる一般的な権利の順位でも、まして順位番号(不登規則1条1号)でもない。)担保権の優先弁済権の順位を同順位とする契約としては、順位変更、順位放棄の、2つの法律関係を想定できます。

順位変更派からは「“順位を放棄する”契約とはいっていない以上、順位変更だ。」と反論がありそうですが、「同順位に“順位変更する合意”」ともいっていないのですから、この反論は決め手に欠きます。

そもそも、順位変更の制度は、特に3人以上の担保権者間で優先弁済順位を変更したい場合に、順位の譲渡・放棄を繰り返さなければならなかった状況を簡略化、合理化すべく、後から創設された制度で、分析会で蛭町講師が述べたとおり、順位の譲渡・放棄とは兄弟のような関係にあり、全く異なる制度というわけではありません。

特に、本問のように、中間順位者がなく連続する2担保権者間においては、
順位放棄契約をした場合でも、同順位とする順位変更契約をした場合でも、
その効果はほとんど同じです。

■ 平成10年度出題の例

現に、平成10年度の記述式では、後順位担保権者が先順位担保権者に
同順位とするように求めたところ、(先順位担保権者)は即日同意した。」との表現で、順位放棄の登記を申請させる出題がされています。

平成10年度記述式は、先順位抵当権の債権額の一部について同順位とする契約であったところから、順位の一部の放棄契約を選択せざるを得ない事案
(債権額の一部についての順位変更はできない)だったのですが、順位変更、順位放棄のどちらも想定可能という意味では、本問と同じです。

作問を担当した試験委員が平成10年度の出題を知らなかったとは考えにくいですから、事実関係9は、平成10年度の出題を意識した表現、つまりは、順位変更、順位放棄の双方を等価で想定可能な表現と考えるのが妥当でしょう。

以上を前提に、事実関係9を順位変更、順位放棄それぞれの要件を当てはめると、いずれの要件をも満たすので、いずれの法律関係も判断できることになります(分析会解説p49~50)。

ここが、本問が平成10年度の出題とは大きく異なるところで、いずれも申請可能な順位変更、順位放棄のどちらを選択すべきなのか、が次の問題になります。

■ 添付情報一覧のカ「順位変更契約書」をどう評価するか

本問の添付情報一覧には、わざわざ他の登記原因証明情報と分けて「順位変更契約書(事実関係9に基づき関係当事者全員が作成記名押印したもの)」が示されています。

ここから、当事者の意思は、順位変更にあるのではないか。
又は、出題意図は順位変更で、添付情報一覧カはそのヒントなのではないか。
と考えた方も多いでしょう。

実際、私自身も、試験直後は同様に考え、一度は順位変更に傾きました。

しかし、この判断は決め手に欠きます。
当事者が作成する事実証明書面のタイトル(標題)は、その内容を示唆するものではありますが、必ずしも、その内容となる事実や法律行為、さらにはその解釈を限定するものではないからです。

さらに詳しく説明します。

■ 書面のタイトルと、内容と、登記原因の関係

「解除証書」の内容が、被担保債務の弁済である場合、当該書面に基づいては、「弁済」による抹消登記を申請すべきとの実例があります(登研424質疑応答)。
これは令和4年度、平成31年度、平成26年度の記述式と、近年頻出しているのでご存知の方も多いでしょう。
つまり、書面はタイトルではなく、その本文に示された事実や法律行為に着目すべき、さらには、書面のタイトルと本文が異なるからといって登記原因証明情報適格性は否定されないということです。

また、本問の第3欄(3)の登記とも関連しますが、及ぼす変更登記の登記原因証明情報は、「追加設定契約書」「抵当権変更契約書」のいずれでも差し支えなく、変更登記の旨の記載がないものも差し支えないとの実例もあります(登研577、同528質疑応答)。

当該実例は、平成22年度の記述式で既出です。
平成22年の出題は、別紙として「抵当権変更契約書」が示され、その内容は、追加取得持分に対して「抵当権の変更をする」とあるのみで、「設定契約」の文言はどこにもないというもの。
しかし、文言の有無に関わらず、新規取得持分についての追加設定契約と解釈できる内容であったため、「設定契約」を原因として、及ぼす変更登記をすることができ、当該契約書の登記原因証明情報適格性も問題なく認められるという事案でした。

つまりは、書面の内容である事実や意思表示が、ある法律関係(登記原因)の要件を満たす合理的な解釈が可能である限りにおいては、字面で形式的に、その法律関係が特定されていなくても、その法律関係に基づく登記が可能ということです。

以上を踏まえて本問の添付情報一覧カをみると、書面のタイトルだけではその内容まで確定することはできません。
かっこ書きで「事実関係9に基づき」とされているので、書面の内容は、事実関係9のそのままと見るのが妥当でしょう。
つまり、「Yの2番抵当権とZの3番根抵当権の順位を同順位とする契約」の旨が記載されていることになります。
そうすると、順位変更、順位放棄のいずれの解釈も可能なのは既にみたとおりで、順位変更の登記を申請する場合はもちろん、順位放棄の登記をする場合でも、当該「順位変更契約書」は、そのタイトルがゆえに、登記原因証明情報適格性が否定されることにはならないということになります。

本問では、第3欄(3)で及ぼす変更登記を取り上げているので、作問者は当然に、平成22年度出題の手口もチェックした上で、問題を作っているはずです。
そうすると、上記の論理も当然わかっているはずで、ヒントに見せかけたトラップとして、敢えて「順位変更契約書」のタイトルのみを、添付情報一覧に載せたのでは?
といううがった見方も、考え過ぎとばかりに一蹴できないのではないでしょうか。

■ 問題指示

「順位変更契約書」のタイトルだけでは申請する登記を絞り込めないとなると、ここまで、順位変更か順位放棄かは五分五分です。
あとは〔事実関係に関する補足〕の指示に従うしかありません。
すると、補足3(3)に、司法書士鈴木一郎は登録免許税の額が最少となるように申請すると指示があります。
本問の場合登録免許税は、順位変更を選べば2000円、順位放棄ならば1000円で、他に差がつく指示はありません(分析会解説p50)。
その結果、第3欄(4)に解答すべき登記は順位放棄と判断せざるをえないことになります。

■ 申請人により有利な事情

2個以上の登記手続が選択可能で、仮に問題指示でも差がつかない場合であれば、司法書士が申請人の代理人となることの特性上、少しでも申請人の利益となる手続を選択すべき、といったかたちで登記手続が決まることはあります。

例えば、本問の別紙5に基づく第3欄(3)は、新規取得持分についての追加設定なので、当該持分を目的とする追加設定登記をすることも可能です。
しかし、及ぼす変更登記ならば、これを既登記持分抵当権の付記登記とすることができ、既登記抵当権の順位で優先権主張が可能となるため、申請人の利益を考慮して、及ぼす変更登記を選択すべきことになります(分析会解説p49)。
他方、本問の順位変更と順位放棄の間では、順位変更のほうが申請人にとって有利といった事情はちょっと思いつきません。

■ 出題者の意図は問題指示に優先するか

もちろん、本問の状況では、順位変更の登記も却下されるわけではありませんから、採点上、一定の配慮があってしかるべきと思います。

しかし、本問では「順位変更、順位放棄の両方とも正解。」
と結論づけるわけにはいきません。
受験生に「〔事実関係に関する補足〕3(3)の登録免許税最少の指示は無視してよいのですか?」
と突っ込まれれば、答えに詰まってしまう
からです。

他方、添付情報一覧カを根拠に
「出題者の意図は順位変更にあるから、順位変更が正解。」
ということもできません。
受験生に「順位放棄はなぜ成り立たないんですか。それとも、出題意図は問題指示を超えるんですか?
と突っ込まれれば、やはり答えに窮するからです。

記述式問題において作問者は事案や問題指示を自由に設定できますが、いったん設定した事案や指示には、作問者自身も拘束され、意図しない解答が正解となってしまうこともママあります。
まさに「法の支配」です。
これは記述式作問者あるあるで、その結果、訂正を出す始末となり、私自身、受講生に頭を下げた経験も一度や二度ではありません。

仮に、出題者の意図が順位変更にあったとしても、順位放棄の解釈が可能である以上、登録免許税最少の指示には逆らえず、厳しいですが、順位放棄を正解とせざるを得ない、というのが私の結論です。

「順位変更契約書」の記載にひっぱられ、順位変更に飛びついた受験生も多いと思いますので、順位変更こそが正解となる論理(つまりは、順位変更のみを構成すべき、又は順位放棄構成が不適切な理由)をあれこれ考えましたが、思い当たりません。

■ 事実関係9の出題意図に関する私見

事実関係9を、あえて法律行為の名称をぼかした表現にした出題者の真意は、司法書士法3条1項5号の相談業務との関係で、受験者が事実を法的に整序した上で、適切な助言をする能力を有するかを試すことにあった、と考えることもできます。

つまり、問題文では省かれていますが、本問の6月18日の午後、司法書士鈴木一郎とYZの間で次のようなやりとりがあったということです。

鈴木:「2番と3番を同順位にする契約をなさったんですね。書面のタイトルは順位変更契約書になってますが、内容を見る限り順位放棄で登記することも可能と思いますがどうなさいます?」

YZ:「順位放棄ってなんですか?我々は抵当権の優先弁済順位を変えるのは、てっきり順位変更しかないと思ってその書面を作ったんです。」

鈴木:「順位放棄はこれこれの契約で、順位変更はこうこうで、こういう違いがあります。今回、2番と3番の優先弁済権を同順位にする点ではほぼ同じです。あー、ただー。登録免許税は順位放棄のほうが1000円安くなりますね。」

YZ:「それならば、登録免許税が安い方がいいです。順位放棄でお願いします。でも、順位変更契約書では、順位放棄の登記は通らないんじゃないですか?書面を作り直すのは面倒ですよ。」

鈴木:「その点は、問題ないと思います。ご心配なら、事前に法務局へ確認して、かけあってみますよ。」

当事者が「順位変更契約書」を持ってきたからといって、唯々諾々、順位変更の登記を申請するのがあるべき登記業務だ、というのならば、何も司法書士の資格がない人でもできる仕事ということになってしまいます。

■ 指導校の責任と試験委員に対する要望

本問は、試験翌日から、過去の出題実績となります。
そうすると、今年の受験生だけでなく、来年以降の受験生に対しても、影響は及びます。
来年以降の受験生は、今年の出題を含めた出題実績から試験で何が問われるのかを把握して勉強に励むからです。
したがって、私ども指導校や、試験委員には、他の過去問との整合性を含めて、なぜそうなるかを合理的に説明する責任があります。
さらには、法律家の端くれとして、あるべき司法書士は何をどう判断すべきなのかを、社会に対して示す使命もあります。

試験委員の先生方には、法律家として相応しい能力者を選ぶ、公正な採点をお願いしたいと思います。
同時に、本問においては、何をどう判断すべきであったのか、の詳細な説明をすることも、試験委員・法律家としての、受験生及び社会に対する責務であると考えます。

(文責 伊藤塾司法書士試験科 筒井一光)


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