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231018

 ノートパソコンを支給され、その使い心地について20,000文字で説明する文章を配信しながら制限時間内に仕上げるという地獄のような企画に参加する夢をみた。そのノートパソコンはキーの打鍵しやすさも要素のひとつとして謳っており、わたしはそれについてとにかく文字を打った。よくわからない文章も打った。文字数をとにかく稼ぐためだ。なぜか隣ではバラエティ番組が大きなモニターで流れていて、そのせいで気が散る。大御所芸人さんのでかい笑い声が鼓膜に強烈なストレートをぶちかます。どうしようもないので作業を一時中断してイヤホンを取りに行き、すきな音楽をかけながら集中することにした。そこで目が覚めた。

 そんな夢をみたので、きょうはなんとなくnoteを書こうとおもったのだった。

 かといって特に書きたいこともない。特筆するようなことが日常にないからだ。
 朝一度起きて、ゴミの日であればゴミを出して、そうでなければアラームを止めた後にまた眠る。だいたいお昼ごろにまた目が覚めて、元気があれば洗濯をして、つかれて、またベッドに戻る。元気がない日は暗くなるまでベッドにいる。そんな刺激のない日々を送っている。
 前回の通院で薬がひとつ増え、それのおかげか動ける日が増えてきたような気はしてる。でもいったいどこがゴールなのか、どうなればじぶんは元気になったと言えるのか、まだなにもわからない。ずぅっと薄暗い場所で寝転がっているような状態だ。
 買い物に行くだけで疲れ果ててしまうほど体力が落ちてしまっているので散歩とかをしたほうがいいのだろうけれど、散歩ってなにをどうしたらいいのかわからず、「散歩 やりかた」で検索してしまう己の頭の固さにがっかりした日もあった。
 そういえばつい先日、仕事の面接の前に喉を開けようとひとりでカラオケに行った。2時間ほどこもったけれど声は当然出ないしすぐに歌いたい曲がおもいつかなくなってしまい、ほんとうにつまらないにんげんになったなとおもった。面接の結果はまだきていないけれどたぶんまただめだったのだろう。
 ひとり暮らしになると独り言が増えるという噂をよく耳にしていたけれど、いざじぶんがその状況になったとき、まったく声を発さない日が増えるだけだった。仕事をしていないとひと月のほとんどを無言で過ごしている。そのせいですこし話すだけでも喉がすぐ枯れる。

 日々、ひとりで家に閉じこもって生きている。
 きっとだれかに外に連れ出してもらったほうがいいのだろうけれど、家族と話すことすらきちんとできないのに、こんなめちゃくちゃな状態で友人に会いたくない。

 刺激を、日常に刺激を、脳に刺激を、なにか、じぶんの使命のようなものを見つけなければ、このまま生きていたって死んでいるようなものだ、

 焦燥と諦めと憧れと絶望と羨望に塗れて、じぶんの意味はどこにあるのかと問う日々をきょうも過ごすのだろう。
 またベランダでカメムシが死んでいた。
 はやくらくになりたい。