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翻訳古典小説無料版

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2017年5月の記事一覧

The Lost King~失われし王ルイ=シャルル第一部(2)男爵ジャン・ド・バッツ

Ⅱ. 男爵ジャン・ド・バッツ 十月同日の夜、アルマンチュー男爵ジャン・ド・バッツは、ショワズール公爵邸 【註1】の裏、メナール通り某所にある、豪奢だが落ち着いた部屋で書きものにいそしんでいた。彼はカーテンを引いて蝋燭の明かりで作業しており、室内では暖炉に赤々と火が燃え盛り、丸太に混じった松毬の発する芳香が漂っていた。  この驚嘆すべき人物、当時のヨーロッパにおいて、最も果敢に王党派を利する為の活動をしていた男は、秘密工作員としては類を見ぬ豪胆を備えていた。彼はまるで、危険に

The Lost King~失われし王ルイ=シャルル 第一部(1)ルイ十七世陛下

Ⅰ. ルイ十七世陛下 コミューン【註1】の代理官アナクサゴラス・ショーメット【註2】は、自分に任せれば国王をひとりの人間に作り変えて見せると自信満々に断言していた。  長椅子に座って短い脚をぶらぶらさせながら、時に支離滅裂になりつつも、下賎な表現を用いて雄弁に陳述している亜麻色の髪をした器量良しな八歳の少年。市民ショーメットは、己の崇高なる錬金術の成果をじっくりと眺めた。それは彼の心からの信念を裏付けるものだった。すなわち、例え王族のように堕落した救いようのない素材であろう

海賊ブラッド外伝~枢機卿の身代金(1)

 ローマ・カトリックの信仰で生まれ育ったキャプテン・ブラッドは、己が法の埒外で生きる身となってからも自らを旧教徒と見なす事をやめなかった。そのような彼がプロテスタントの闘士を助けた罪によりイングランドを追放された事、そしてスペイン軍からは火刑に処してしかるべき異端者と見なされている事はなんとも痛ましい皮肉であるのだが。  ある日の事、個人的な良心の呵責を理由にして、少しばかりの涜聖行為に目を瞑れば実現可能な容易かつ莫大な略奪計画に背を向けたキャプテン・ブラッドは、フランス人

海賊ブラッド外伝~枢機卿の身代金(2)

 全ての顛末を語り終えたウォーカーが口を閉じても、聞き手達は興奮と感慨によってしばし言葉もなかった。  ようやく吠えるような声で沈黙を破ったのはウォルヴァーストンだった。「カスティリャ野郎の悪どいやり口なんざ慣れっこのつもりだったが、こりゃガチで胸糞の悪い話だな。そのキャプテン・ジェネラル(司令官)にゃ船底くぐり[^1]をやらせたらいいんだ」 「なるたけじっくりと火炙りにしてやりたいね」イブレビルが言った。「そうでもしなきゃ、新キリスト教徒[^2]の豚は喰えないだろう」

海賊ブラッド外伝~枢機卿の身代金(3)

 彼等は結局、キャプテン・ブラッドが提案したようにスペインのカラック船を沈める事はしなかった。小さな北国から来た船乗りのけちな性分としては、そのような無駄遣いは考えただけで胸が悪くなったのだ。それと同時に、自分と手下達がイングランドに戻る足を確保しておきたかったという用心もある。結局の処、例え一部であれブラッドの作戦が不首尾に終わった場合には、提供を約束された大型船も空手形に終わるかもしれない。  とはいえ、それ以外の事柄はキャプテン・ブラッドが定めた通りに進んでいった。北

海賊ブラッド外伝~枢機卿の身代金(4)

 キャプテン・ブラッドの所業である、新スペインの大司教枢機卿に対する言語道断かつ罰当たりな狼藉についてのドン・ヒエロニモの報告によって、キャプテン・ジェネラル(司令官)ドン・ルイスは驚きと狼狽、そして恐れによる憤慨で一杯になったが、しかしその話の結びである己に対する召喚とその理由に駆り立てられて、今や閣下はほとんど超人的な活動に追われる事となった。彼がその召喚に応じるまでには四時間を要したのであるが、ようやくドン・ルイスがやって来た時には、既に普通のスペイン人が普通の状況で行

海賊ブラッド外伝~枢機卿の身代金(5)

 しかしアルカルデ(代官)と共にバージ(艦載艇)で陸へ戻る際、キャプテン・ジェネラル(司令官)は本音を漏らした。ドン・ルイスを真に駆り立てているもの、それは大司教枢機卿の救出よりも、彼のお株を奪って逆に打ちのめしてくれた厚かましい海賊めを叩き潰さんとする熱望だった。 「あの愚か者は金を受け取るだろう、それが奴にとって破滅の元になるだろうがな」  代官は悲観的に首を振った。「なんという法外な金額ですか!十万とは!」 「詮方ない事だ」ドン・ルイスの態度は、ブラッドを破滅させ