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「アーサー王伝説:ラファエル前派のラブストーリー」展について—ヴィクトリア朝の女流画家エリザベス・シダルを中心に

はじめに 
 2022年10月14日から2023年1月22日にかけてロンドンにあるウィリアム・モリス・ギャラリーで「アーサー王伝説:ラファエル前派のラブストーリー」展(The Legend of King Arthur: A Pre-Raphaelite Love Story)が開催された。ファルマス美術館やタリーハウス博物館にも巡回したが、監修を務めるファルマス美術館のナタリー・リグビー(Natalie Rigby)は近現代の英国美術史が専門のキュレーターで、2023年5月に発売された遊びながらアーサー王伝説が学べるカードゲーム‘Legends of King Arthur: A Quest Card Game’の作者の一人でもある。本展が画期的なのは、ダンテ・ガブリエル・ロセッティやアーサー・ヒューズ、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス、ウィリアム・モリスなど、ラファエル前派の芸術家達とアーサー王伝説の関係に焦点を当てるだけでなく、エリザベス・シダルやエレノア・フォーテスク・ブリックデールのような本国でもあまり知られていない女流画家達を取り上げた点にあるだろう。

ヴィクトリア朝の女流画家エリザベス・シダル

 2022年はダンテ・ガブリエル・ロセッティの没後140周年とその妻エリザベス・シダルの没後160周年に当たるが、その名は知らずとも、彼女の顔に見覚えのある方は多いはずである。というのも、夏目漱石が『草枕』で取り上げたジョン・エヴァレット・ミレイ作「オフィーリア」のモデルだからである。シダルは本作に限らず、ウォルター・デヴェレルやウィリアム・ホルマン・ハント、そして、ダンテ・ガブリエル・ロセッティのモデルとして数多の作品に描かれたことから、「ラファエル前派のミューズ」というイメージが定着しているが、実は彼女自身も絵画や詩の創作を行っていた。ロセッティに見初められ、専属モデルとなる前は、婦人用の帽子店で働きながら、モデルの仕事を続けていたが、ロセッティから絵の手ほどきを受けて以降、アイルランドの妖精詩人ウィリアム・アリンガムのために挿絵を描き、美術評論家のジョン・ラスキンは「神憑りの天才の持ち主」であるとその才能を認め、全ての素描と引き換えに年間150ポンド(約200万円)を支給するとの破格の条件を提示し、在世時からラファエル前派の展覧会に作品が展示されるほどであった。

オフィーリアを越えて

 ラファエル前派研究の第一人者で、“Pre-Raphaelite Sisterhood”や“The Legend of Elizabeth Siddal”などの先駆的著作で知られるジャン・マーシュ(Jan Marsh)が企画したシダルの最初の個展は、一九九一年にシェフィールドのラスキン・ギャラリーにおいて開催されたが、2018年にはシダルの実像に迫った展覧会「オフィーリアを越えて」(Beyond Ophelia)がワイトウィック・マナー(ウィリアム・モリスが内装を手掛けたことで知られる)で開催され、本展でもシダルの作品にスポットライトが当たるなど、近年、再評価が進んでいる。シダルの作品もラファエル前派のご多分に洩れず、トマス・マロリーの『アーサー王の死』やクレティアン・ド・トロワの『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』、そして、アルフレッド・テニスンの『国王牧歌』から絶大な影響を受けており、‘The Lady of Shalott’(1853)や‘The Passing of Arthur’(1855)などの素描が現存し、夫と共同制作した‘The Quest of the Holy Grail’(1855)はシダルが発案したとされる。彼女は‘Sir Patrick Spens’(1856)を描いたように、スコットランドのバラッドにも関心があり、ウォルター・スコットの『スコットランド国境地方古謡集』(1802~1803)の挿絵を描く計画もあったといわれている。

宿命の女(ファム・ファタール)バイアス

 マーシュは『ラファエル前派画集「女」』(河村錠一郎訳、1990年、リブロポート)において、「ヴィクトリア朝文化では、死と愛と性が、目には見えなくとも、強烈に結びついている」と記しているが、シダルはこの言葉を体現するかのような悲運の生涯を送った。後述するが、死後に夫が出版したソネット集『生命の家』において、性的に描写されたり、墓を暴かれたりしたことから、後世の作家達からは、ヴィクトリア朝の女幽霊、或いは神聖なセックス・シンボルと看做されてきた。英国に限らず、世紀末の芸術家達とその研究者達は「世紀末の女=ファム・ファタール」と思い込む傾向があり、筆者はこの現象を「宿命の女バイアス」と呼んでいるが、そうした妖しいイメージとは対照的に、シダルの作風はラファエル前派の画家達が彼女に仮託した世紀末的で理想化された女性像とは大きく異なり、官能的な要素は含まれず、中世の女性達を健康的かつ素朴に描いた点にその特徴がある。

多情多恨なロセッティ

 シダルは病弱かつ労働者階級の出身だったため、ロセッティの家族から結婚に反対され、まるで「オフィーリア」のように一度は婚約を破棄されるだけでなく、多情多恨なロセッティは、結婚してからも、彼がstunners(見る者を気絶させるほどの美女の意)と呼んだモデル達と浮き名を流しており、彼女の詩が失われた愛を主題としたように、夫の女性関係に終生悩まされることになる。その中には後にウィリアム・モリスの夫人となるジェーン・バーデンや、元娼婦で家政婦のファニー・コーンフォースも含まれるが、二人はシダル同様、ロセッティが描いたアーサー王伝説を題材とする作品のモデルとなっている。ロセッティはシダルという婚約者がいるにも拘わらず、ジェーンに夢中になるが、二人が出会ったのも、ラファエル前派の仲間達と共にオックスフォード大学学生会館の討論室に『アーサー王の死』を題材とする一連の壁画を制作するために当地を訪れたのがきっかけだった。この時期にロセッティはジェーンをモデルにした王妃ギネヴィアの絵を構想するも実現せず、マンチェスター市立美術館に‘Study of Guinevere’(1857)という習作が伝わるのみである。

ラファエル前派のラブストーリー

 ほぼ同時期に、ウィリアム・モリスもジェーンに惚れ込み、彼女をモデルに‘La Belle Iseult’(1858)という『トリスタンとイゾルデ』のイゾルデの絵を制作しており、本展にも出品されているが、かつては王妃ギネヴィアを描いた作品だと思われていた。シダルの死後、ロセッティとジェーンの仲は急速に深まり、モリスと共同で借りていたケルムスコット・マナーで逢瀬を重ねたが、モリスは二人の関係を黙認するなど、ジェーンはロセッティにとって私生活においても王妃ギネヴィアのような存在だったのである。本展にはロセッティに師事した後期ラファエル前派の代表的な存在であるバーン=ジョーンズがデザインし、モリスが制作した‘Holy Grail The Arming and Departure of the Knights’(1890)も出品されているが、バーン=ジョーンズもまた駆け落ち寸前だった不倫相手のマリア・ザンバコが公衆の面前でアヘンチンキによる自殺未遂事件を起こし、新聞でも叩かれるほどの大スキャンダルとなり、関係が終わった後も‘The Beguiling of Merlin’(1872~1877)のニミュエなど、マリアを誘惑者として描き続けた。

新婚生活とドッペルゲンガー

 話をシダルに戻すと、十年の長きに亘る波乱に富んだ婚約期間を経て、夫妻はパリへ新婚旅行に出かけるが、まるで不幸な結末を暗示するかのように、当時のロセッティはシダルをモデルに‘How They Met Themselves’(1860)というドッペルゲンガーを題材にした不気味な絵を制作している。ロセッティはE・A・ポーの愛読者でもあったが、結婚に踏み切ったのも、彼女の体調が悪化して死期が近いと思われていたからで、こうした新婚生活には相応しくない死を連想させる主題を選んだ理由は、死に行く妻を描いたからだといわれている。ちなみに2022年にNetflixで配信がスタートしたテレビドラマ『サンドマン』はニール・ゲイマンの人気コミックが原作であるが、本シリーズの‛How They Met Themselves‘はこの作品から着想を得ており、ロセッティ夫妻も実名で登場している。

非業の死を遂げたシダル

 シダルは結婚後も心身共に不安定な時期が続き、娘の死産を期に鬱病を発症し、医師から処方されていたアヘンチンキを過剰摂取して非業の死を遂げてしまう。ロセッティは妻の死に衝撃を受け、彼女をモデルにした‘Beata Beatrix’(1864~1870)を描くが、「あれが病気で苦しんでいるとき、私は看病もせず、しばしばこれらの詩篇を書いていた。いまその詩があれのあとを追うのだ」と深く後悔し、シダルへの愛を詠った詩稿を棺に納めている。この詩もソネット集『生命の家』(1870)に収録すべきであると主張したラスキンの秘書でロセッティの代理人でもあった悪名高い美術商チャールズ・オーガスタス・ハウエル(コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの帰還』の「恐喝王ミルヴァートン」のモデルでもある)から何度も説得され、当初は反対していたロセッティであったが、シダルと死別してからは、不眠症になり、酒と薬物に溺れ、自殺を図るなど、ボロボロの状態であったため、最終的には彼女の墓を掘り起こすことに同意している。

エリザベス・シダルはブラム・ストーカーに影響を与えたか?

 死後七年を経てもシダルの髪は成長し続け、棺を満たし、遺体は完全な状態を保っていたという有名な逸話はハウエルの証言に基づいているが、シダルに関するウェブサイトLizzieSiddal.comを運営するステファニー・E・チャットフィールド(Stephanie E. Chatfield)は「エリザベス・シダルはブラム・ストーカーに影響を与えたか?」(Did Elizabeth Siddal inspire Bram Stoker?)と題した刺激的な記事の中で、ロセッティの母フランシスの兄がバイロン卿の主治医を務め、『吸血鬼』を著して当該ジャンルを創始した作家のジョン・ポリドリであり、ブラム・ストーカーも代表作『吸血鬼』を献じた友人のホール・ケインがロセッティの秘書であったことから、シダルが『吸血鬼』においてドラキュラ伯爵の犠牲者となるルーシー・ウェステンラのモデルになった可能性を指摘している。つまり、シダルの死は伝説化され、間接的な形とはいえ、ラファエル前派に留まらず、後世の作家達にまで強いインスピレーションを与えていたのである。

ゴブリン・マーケット

 これは筆者の仮説に過ぎないが、詩人のクリスティナ・ロセッティはラファエル前派において最初に文学的成功を収めた処女詩集『ゴブリン・マーケット』(井村君江監修、濱田さち訳、2015年、レベル)の主人公を「リジー」と命名しているが、奇しくも兄のダンテがシダルに付けた愛称と同じである。ゴブリンの市場で禁断の果物を食べた姉のローラが次第に衰弱していく描写は、アヘンチンキ中毒に陥っていた最晩年の義姉のイメージが多少なりとも重なっているのかもしれない。

おわりに

 以上述べてきたように、本展ではそこまで踏み込んだ解説をしていないと思われるが、ラファエル前派の芸術家達とそのモデル達の「ラブストーリー」は、狂おしいまでにスキャンダラスで、彼らが範としたアーサー王伝説顔負けの昼メロドラマのような不倫劇を繰り広げており、作品世界にまで色濃く反映されていたわけである。

 ウィリアム・モリス・ギャラリーは公式HPやSNSなど、オンラインでの情報発信にも力を入れているので、詳細はそちらをご確認いただきたいが、公式図録”The Legend of King Arthur: Pilgrimage, Place and the Pre-Raphaelites”やシダルの詩集”My Ladys Soul”はAmazonでも購入可能である。

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